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165.神の創造物

 素早い動き、というわけではなかった。むしろ緩やか。優雅さすら漂わせて流れたオレクテムの手と手が、それぞれクラエルとフォビイの胸から突き出た。障子紙でも破くようにごく簡単に。そして、貫通して露出したその手で何かを掴むような仕草を見せた──かと思えば映像の逆再生のようにするりと腕が引き抜かれた。逆再生、というのはオレクテムの動作に限ったことではない。確かに貫かれたはずの二人の魔女の胸部に、その衣服にすらも一切の傷がないからこそ俺はそう連想したのだ。


 むむ、何をしたんだ? 一連の行動をしっかりと見ていてもそれがまるでわからなかったこと。そこに俺の関心はいっぱいだったが、メサイスとアルクラッドにとっては「何かをした」というだけで充分だったのだろう。おそらく──というか確実に──突然のオレクテムの凶行の意味も理由もわかってはいなかっただろうが、自らの主人が膝をついたその瞬間に彼らは怒髪天となっていた。


「何を──してんだ!? オレクテムッ!!」


「血迷ったのか貴様!」


 不安定な氷上ながら一瞬で間を詰める両者。アルクラッドの体には電光が、メサイスの両腕には結晶のようなものが浮かび上がっている。咄嗟に息を合わせたのか完璧なタイミングで左右からオレクテムを挟み込んで一撃を叩きこもうとした彼らは──。


「うるさいよ」


 オレクテムが掲げた掌を向けた途端、パヅンと。まるで見えない怪物に食べられでもしたかのように二人まとめて消え去った。転移じゃない──領域や裂け目のような異空間送りでもない。あの地点、あの時点で本当に彼らの反応が消失した。あれだけ魔力を漲らせている相手を(それはつまり魔法的防御が最低限以上に保証されているということだ)、問答無用に。それも発動の前後になんのロスもなく消し飛ばす魔法だと……?


「申し訳ないが君たちはいらない・・・・。黙って退場していてください。おっと──当然『君たち』というのに精霊諸君は含まれませんとも。……クラエル様の価値のためにもここで殺してしまうわけにはいきませんからね」


「!」


 凍った海を覆い尽くす数え切れないだけの精霊が姿を現わす。剥き出しなのは外見だけでなくその感情もだ。アクアメナティス然り精霊というのは人間に比べて感情表現に希薄なところがあるが、今の彼らはそうじゃない。はっきりと。その魔力で構成された肉体をぶるぶると震わせるだけの激しい怒りを見せている。賢者たち同様に契約者たるクラエルが傷付けられた(?)ことでオレクテムを敵と認識したのだろう。……彼らと彼女とはもっとビジネスライクな関係性が結ばれていると思っていたのだが、この様子を見るにどうもそういう感じではなさそうだな。というかクラエル、俺と話しながらこんな数で包囲していたのか。つくづく抜け目のない子である。


 ふうむ。ざっと覗った感じだとこの足場を作り出した氷精だけでなく火や土や風や雷、アクアメナティス系列とはまた別の水精など一通りは揃えられているようだ──出せるだけ出した、といったところか。そしてそんな精霊使いの事前にして次善の仕込みが今、本来の対象である俺ではなくオレクテムへと作動しているわけだ。氷の下の海中からも感じられる多くの気配からこれより行われるのは確実に、多種多様な属性の精霊たちによる全方位からの圧倒的な物量攻め。さあこれにどう対応してみせる、と距離を取る準備をしながら俺は楽しみにしたのだが。


「さ、クラエル様。彼らを鎮めるのはあなたの仕事でしょう」


「──」


 膝をついて項垂れたままのクラエルだが、しかしオレクテムの言葉に反応して彼女の片手がすっと上がる。すると今にも襲い掛からんとしていた精霊たちはぴたりとその動きを静止させ、まるで飼い主の反応を窺う飼い犬のようにじっとクラエルを見つめるだけに留まった。


「これだけでは足りないでしょう? こうも雁首を並べられては目障りですよ、全員帰してしまってください。必要になれば頼らせてもらいますから」


 意識も定かではないクラエルの肩に手を置きながらそんな指示を出すオレクテムの態度は俺の目からも相当に横柄である──間違っても賢者が魔女に取るような言動ではない。それでもクラエルは唯々諾々とその言葉に従ったのだろう、辺りを埋め尽くしていた精霊は一体残らず立ちどころに存在を消した。おそらくクラエルの内部、あるいは普段の各々の棲み処へと戻ったのだと思われる。……ふむ。


「──ふう。待たせてしまって申し訳ありませんね。だがこれでひとまずは邪魔も入らない」


 質も色味も柔らかい乳白色の髪をするりとかき上げながらオレクテムが微笑んだ。俺に向けて、だ。瞼に覆われたままの瞳がはっきりとこちらを見据えているのを感じる。なんだろうな、この男。見た目の上は女性的で線が細く、清涼でとても爽やかながらに。端的に言って少々『気味が悪い』な……この鳥肌が立つような寒気・・は俺がイデアになって以降あまりにも久しいことである。


「賢者二人は、殺したのか?」


「それ以外に推測でも立ちますか?」


「確認だよ。大事なことだろ? そっちの二人はどうなっているのかな」


「自己認知的不協和、とでも呼ぶべきですかね。私の命令が下り初めて自身というものを認識できる。言われるがままに動くことが自らの意思である、とね。そういう状態になってもらいました。これ以上自由に動かれては迷惑でしたから」


「へえ……」


 なるほど。切り口は若干異なるが、大まかに言えば俺がアビスへ施した手法と同系だな。構造ではなくそれを機能させる大元を歪める。言うほど簡単な作業ではないが、常の制御を本人がやってくれるのだからこれほど安全な『洗脳』もそうない。見たところクラエルもフォビイも死んじゃいないだようだし、何かしら核となるようなもの──俺で言う魔力棘のような代物だ──を埋め込まれて意識が散らされているだけだろう。一賢者が二人の魔女へ、あの一瞬でそんなことをしたのだと思うと驚きではあるが。


「衝撃的だな。通常魔法とは明らかに一線を画す出力の魔法でありながら、それはエイドス魔法じゃない。クラエルが使う精霊魔法やルナリスの魔力を乱す魔力のような個々人の性質に基づくものでもない──」


 俺やアビスが使うエイドス魔法でも魔女が特異の能力を発揮する独自魔法でもなく、世の魔法使いたちが広く習う一般的魔法の体系からも外れている。それでいてオレクテムから香る魔力は高次魔力のそれに近い。同じ、ではなく『近い』……それも限りなく。むしろどこかだけ・・が『異なっている』のだと言ったほうが正しいか。


「エイドスに通じる穴は開いていない。魔素の吸収も見る限りないようだ。じゃあ、どこからそれだけの魔力を捻出している? あるいはそれが君の能力か何かなのか」


「能力というほどの大層なものではありませんよ。これは私の親族であれば誰もが可能とする標準技術。あなたが言うところの理想領域エイドスより魔力を引き出すのに私たちは穴を用いない、というだけのことです」


「親族。……だけのこと、とは言ってくれるね。エイドスの住人である俺よりも上手にそんなことができるのなら充分にご大層だよ。少なくとも俺にとってはね」


「単なる仕様の差ですよ、イデア様。エイドスとその主の守護者として生み出されたあなたたち四姉妹と『私』とでは、運用目的が大きく異なる。この実存世界イグジスでの活動において高次魔力を無理なく抽出できる──そういった構造的アドバンテージがあるのです。いついかなる際にも機能としてそれを行使する、言わば生態としての魔法といったところですか……おや、驚かれているご様子。私からすれば荒削りのまま直接にエイドスから魔力を持ってこられるあなた方のほうにこそ驚嘆させられるのですから、そこはお互い様なのですがね」


「はあ……参ったなこれは。嫌な予感がそのまま正解か」


「ええ、そうでしょうとも。イデア様のことですから当然に予想はされていたかと思いますが。しかし竜種との抗争を終えてしばらく、エイドス同様にイグジスにおいても見つからなかった。故に予断が発生した。そうですね?」


「ああ。元々は復活と同じくらいに懸念していたことでもある。四姉妹おれたち以外の神の創造物──別種類のオルトーのしもべの存在。が、まさかここに来て俺の前に立つとはな」


 ちゃんと探して、ちゃんと不在を断定したつもりだったのだが。しかしあいつがこの程度の用意を怠るだろうかと不審に思いつつもその疑念に蓋をしたのは確かだ。やはり甘かったということか……それもそうだな、オルトーのこと。俺以上にあいつを、そしてあいつ以上に俺を知る者は他にないのだから。疑念を解消した、などとなんの確証もなく思い込んでしまったのは甘え以外の何物でもないだろう。


 ややもすればそこに小さな期待があったのかもしれない──とまでは、言わないが。


「私の正式な起動はあなたが彼を殺したその瞬間。しかして実働はあなたがこの大陸を荒らし終えて以降ですから、見過ごすのも無理からぬこと。何よりこうして力を使わないことには私は正真正銘に『人間』ですからね。寿命という活動限界こそありませんが、根本からして四姉妹あなたたちや魔女とは遠くか弱い存在なのです」


「オルトーが死んで動き出した、か。こうなるとまさに最悪だな」


「──ふふ、流石はイデア様。我らが創造主を弑してみせたあなたを私は心より尊敬申し上げております。故にお気付きのこととは存じますが、ご挨拶と共に私という創造物ともがらの役目をお教えいたしましょう」


 ちかり、と光が瞬く。それはゆっくりと開けられていく奴の瞼、その内の瞳から漏れ出す斜陽のような温かくもどこか不遜な輝きによるもの。瞳孔に刻まれた逆さ十字の紋章が淡い紫色の逆光によってその存在感を強く放っている。これは、この感覚は──。


「久しぶり──そして初めまして、神の娘のドウターズイデア。命に与えられた名はオレクテム。死したる創造主オルトーのバックアップとして機能する、ただ生きているだけの人形がこの私だよ」



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