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164.致し方なし

 しばしの無言を挟んでから。クラエルは諦観混じりの不敵さで口を曲げ、そして言った。


「そうね、その通り。どんな関係であったにせよあのアビスと向こうを張れるだけの人物がいて、それを私がまったく把握できていないというのは。不測の事態が予見されて、故にあなたが私たちの手を取ることに対して懐疑的になるのも仕方ないことよね……そんな奴が本当にいるのなら、の話だけれど」


「そう仮定するのが無難じゃないかなぁ。不確定を嫌う君なら尚更にさ」


「だからあくまで協力はしない……それが答え?」


 まあ、色々と考えた末の最終的な結論としてはそうなるか。彼女たちと一丸となって会談を完成させ、来たる(と目される)姉たちとの戦いにも会談全体で備え、立ち向かう。これ自体はなんら忌避すべきところのない素敵な未来だと思うけれど……今のままでは気掛かりな点が多すぎる。


 前述したデメリットのひとつ目とふたつ目もそうだが、何より『顔の見えない誰か』の存在がネックだ。この一点のみでクラエルの提案を受けた場合のメリット全てを帳消しにできるほど──それだけ俺はアビスを、同胞たる妹を捨て駒も同然に使ったそいつへ用心するべきだと考えている。


 強調しておくが、捨て駒扱いそのものにではなく。そんな扱いをアビス本人に良しとさせたことにこそ俺は警戒を抱いているのだ。


「うん、お断りするよ。協力はしない……というか現状できないね」


「どうして? あなたの仮定が真だとして、けれどだからと言ってその何某が即ちあなたの敵とは限らないでしょう。会談に所属して、一時はアビスを利用してあなたの介入を封じようとした。そこだけを見れば私ともやっていることはなんら変わりないわ──取った手段に違いがあれど、目指すところは同じ。そうとも考えられるでしょう」


「まさにそこだよ。やり口のちょっとした差が良くないんだな。せめてその正体と思惑が判明しないことには、なあなあの内に俺までそいつの支配下に収まってしまいかねない」


 これでも人からの押しに弱い自覚はあるのでね。一度腰を落ち着けてしまえば会談の決定に粛々と従ってしまいそうな予感がひしひしとする。そうなったとしても国王の座について政務室の指示を素直に聞いている現状と何も変わらないと言えば変わらないんだけど、言ったように気になるのは何某の思惑であるからして。


「知らずそいつの言いなりになることは避けたい。アビスと違って俺は駒として扱われるのに我慢がならないものだから──悪いが不服従とさせてもらおう。それが了承できないのであれば戦うしかないね」


「戦う?」


 すっと。クラエルの目が冷ややかに細められた。空気が張り詰めてピリピリとした緊張感が俺と彼女の間に生まれる。黙って俺たちのやり取りを見守っていたフォビイもまたぞろおどおどし始め、しかしクラエルはあくまで俺から視線を外そうとせずに。


「今、この場で私たちと交戦するつもり?」


「それは君たち次第だろう。俺は君の提案を蹴った。そしてアビスの解放を要求する。これらに我慢がならないと言うなら、どちらが我を通すかもっとわかりやすく決めなくちゃならないからね」


「あら、お優しいのね。そうと決めたのならすぐにもアビス奪還のために行動を起こしそうなものなのに。まるで私たちの自由意思に期待するようなその言い草は、おおよそイデアらしくもない……」


「何が言いたいんだい、クラエル?」


疲れている・・・・・のでしょう、イデア。ステイラバートで騒動が起きてから現時点で七時間と少し。たったそれだけの間に魔女と三度も戦り合った。ティアラには支障なしと答えていたあなただけど、アビスとの戦闘を終えたばかりの今も同じことが言えるかしら?」


「そりゃあ、バトル続きで多少の気疲れくらいあるとも。特にアビスとのそれは苦戦しただけじゃなく考えさせられることも多かったものだしね……だけどそれでも体調面はばっちりさ、何せ俺には肉体的な疲労なんて溜まらないようになっているんだから。便利だろう?」


肉体うつわ精神なかみに作用されるものよ。精神的な疲労は肉体的な疲労に等しい。いくらあなたたちの生態・・に明るくないからと言ってそんな程度の低い誤魔化しが利くとは思わないでほしいわね──」


 それに、と眼差しを硬く冷たくさせたままでクラエルは続けた。


「──あなたも完璧ではない証拠。気付いていないのね、この空間を満たす多くの目に」


「……!」


「精霊の目が私には見えないものを映し出し、明らかとする。彼らはあなたが万全の状態にないことを確かに教えてくれているわ。どうして嘘なんてつくのかしら、イデア? あなたの弟子曰く『始原』はこの世の誰よりも正直者のはずなのだけれど」


「精霊の目……」


 うーむ、なるほど。彼女たちの出現からこっち、直感が訴えてくるなんだか変な感じはあったのだが。だがそれは根拠に乏しいもので、いくら探知を繰り返してもその原因となる何かは見つけられなかった。なのでひとまず捨て置いたわけだが、どうやらこのむず痒いような妙な肌感覚は隠匿された精霊に包囲されていたが故のものだったらしい。……これでひとつの疑問にひとつの答えが出た。


 一箇所に魔素が過剰に集まることで生まれた精霊という存在は、魔力と自然の申し子。意思を持った自然現象に近しい。その力は人が使う魔力とも竜が使う魔力とも風味が異なり、巨大ながらにとても静かなものだ。……しかして奇妙には思っていた。クラエルが空間精霊を使役して生じさせる『裂け目』は、彼女がその気になれば俺の魔法的感覚をまるで機能させずに発動が可能な、圧倒的なまでの静寂さを発揮する。


 これは精霊の特性を踏まえてもおかしなことである──何せ俺は精霊の魔力だってしっかりと探知できるのだ。彼らがどんなに上手く隠れようとしたって見つけ出すのはそう難しくない。そうでもなければ竜魔大戦時、逃げるという発想のなかった彼らを発見して保護・移送するという作業なんてできやしないんだから当然だ。


 では何故クラエルの魔法がこうも俺の感覚をすり抜けるのかと言うと、つまりはそれこそが彼女の持つ特性。精霊魔法というものの強味であるのだろう。超自然的で意や粗に薄い精霊の力が、クラエルというフィルターを通すことでより目立たなく、より読みにくくなる。自ずとそうなっているのか彼女の技量なのかは曖昧なところだが、とにかくその飛び抜けた静けさこそが『晴嵐の魔女』の持ち味ということだ。


 ──面白い。


「少々強がったのはその通りだ。どうせ見抜けやしないとテキトーなことを言ったのは謝ろう、だけど。そんなことでそう得意気にされては困ってしまうよ。念のために言わせてもらえばそこに騙す意図なんてなかったんだ──何故って、別に疲れていようがいなかろうが。ここで君たちを黙らせるのにそう大した労もかからないからね」


「そう。なら、もういいのね?」


「いいとも」


 と、言い終わるかどうかのタイミングで発生した冷気。凄まじい勢いで広がったそれが黒樹の根も海上の一面もまとめて凍り付かせてしまった。危うく俺もその中に混ぜられてしまうところだった……危ない危ない、と体に張り付く霜を振り払いながら氷の陸地となった島に着地。やはりこの規模の魔法を瞬時に、それも敵に悟らせることなく使用できるとなると油断ならないな。さすがにシースグラムの跡目にして会談責任者の称号は伊達ではないということか。


「交渉決裂、してしまったからには致し方なし。やるわよフォビイ。準備はいいわね?」


「は、はい。そういう約束でしたから……戦うのはヤですけど、イデアさんが私だけのものになるならそれはそれで……え、えへへ」


「──私が領域を広げて補助に徹するから、あなたはアビスの力でひたすらに攻め続けて。きっとそれが慣らしにもなるわ」


 こくり、と言葉なくフォビイが了解を示したのを受けて。結局はこうなったかと俺も致し方なしに一歩、戦うべく踏み出そうとしたところで。


「お待ちを!」


 などという制止の声とともに落ちてくる三人の人影があった。タン、と氷上にも軽やかに降り立ったのは──一人は中央賢者オレクテム。もう一人はフォビイの賢者アルクラッド。最後の一人は俺の知らない顔だったが、面子からしておそらくクラエルの賢者メサイスで間違いないだろう。まだ少年と称せるほど見た目に若く、そして相当に具合が悪そうである。確か彼はアーデラによって長く仮死状態にされていたとのことなので、きっとまだ本調子でないのだな。かわいそうに。


「オレクテム、それにあなたたちも……どうして出てきたの? 状況がわかっていないわけではないでしょう」


「今一度決断をお待ちいただきく。クラエル様にも、そしてイデア様にも」


「待つ……?」


 閉ざしたままの瞳で俺のほうにも気を配るオレクテムをクラエルが訝しめば、彼はしかと頷き。


「はい。おふた方が手を結ばれる是非にかかわらず、ここで対立へ踏み切るのは双方に不利益を強いるのではないかと」


「だから決断を先延ばしにすると? イデアは一度こうと決めればもう二度と動かないわ。今すぐの対立を避けたとしてもなんの意味もないでしょう」


「しかし最大の懸念はやはりエイドスに控える残る二人の魔女。互いにとって脅威が一致しているのですから、彼女らの動向を確かめた後に改めて方針を定めるのでは如何でしょう」


「──いいえ、イデアが共同を望まない以上いざというときにはもう遅い。ここで多少の無茶を押し通してでもフォビイに取り込ませたほうが後々にも良い選択となる。円卓の間でも私はそう言ったはずよ」


「クラエル様。どうしても、お考えは変わりませんか」


「くどい、オレクテム。メサイスやアルクラッドと一緒に下がっていなさい。この場に立つには賢者では力不足だから」


 立ち塞がるように目の前に立ったオレクテムの横を、クラエルが決意の顔で、フォビイが少し申し訳なさそうにしながらするりと抜けて──そして。


「そうですか……なら、致し方なし・・・・・


 オレクテムの両腕が魔女二人の背中へと突き刺さった。



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[気になる点] イデア以外が死亡フラグ持ちすぎ… [一言] やっぱりこいつか…
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