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162.気持ちを量にするなら

「おやおやおやクラエル。聞き間違いかと思ったよ──『止む無し』だなんてとても君の口から出た言葉だとは思えないな。知見に浅くとも高次魔力の質が魔素から生まれる通常的な魔力とは一線を画すものであることくらい理解しているだろう。そんな代物が無際限に流れ込めばどうなるか……それは実際にそうなってみなければわからないことではあるが、確実に世界はその在り方を大きく変える。君が守りたがっているこの大陸の平穏だって大いに脅かされるだろう。そうと承知していながら、止む無し? そんなのは『魔女会談マレフィキウム』の創設者が言うべき台詞じゃあないよ」


「避けられない事態であるのなら許容するしかない。いいえ、より正しくは『許容の仕方』を考えるしかない、ね。そもそも私が使命の下に守り導くこの大陸、人間たちの文明だって、始まりは変化にあった。あなた・・・という不可避の天災がそれまでの文明を終わらせて現存の構造へと仕立てたのでしょう。……今あなたが口にしたように私が守るべきはあくまで『平穏』。大陸に描かれる繁栄、それこそがシースグラムより受け継いだたったひとつの絶対。そこに文化と平和があるのなら何も人の世に拘る必要なんてないのよ」


「ほう。そうかそうか、そうだったのか。会談の席で君のスタンスについては概ね承知できたものだと思っていたけれど、どうもまだ誤解があったようだね。これだけ理知的・・・に発展の進捗を意のままとしているくらいだ、きっと相当以上の拘泥がそこにはあるだろうと。人間への思い入れみたいな感情があるのだろうと誤解していた──いやとんでもなかったね、クラエル。君はどこまでもシステマチックなんだな。管理者の鏡じゃないか」


「随分と嫌味な物言いをするじゃない。あなたこそ、人の繁栄に恣意的に携わったわけではないと言いながら。その実とても拘泥しているのではないの? だからステイラバートの仕組みに気付き、すぐにも行動を起こした。ルナリスとの対話ないしは交戦を望んだ……会談を待つ身でそんな真似をすればどうなるか、重々に理解しつつもあなたはそうすることを躊躇わなかったのでしょう。そこには克明なまでの怒りが見えるように私には思えるのだけど」


「うん? ──うん、そうだな。ルナリスに否定はしないと言ったが、明確に否定的立場を取らせてもらっているからね。何せ目的が異なる。君たちと俺では人に期待することの中身が違い過ぎるし……それに君とルナリスにだって齟齬がある。恣意はあっても彼女はまだしも教育熱心だったよ。それに比べて君はドライだね。だからこそ魔法使いにも非魔法使いにも平等な社会を目指すことができたんだろうと今なら腑に落ちる。そして、だからこそ君はいざとなれば人を簡単に切り捨てられると。ふふ。その速度に果たしてルナリスは、他の魔女たちはついてこられるのかな」


「逆に訊くけれど。ルナリスはともかく他の魔女があなたや私のように『あるべき世界』を想って行動していると思う? ここにいるフォビイや、ディータやティアラが。なんならそこにアビスを加えたっていいわ──彼女たちに自発的な志があるように思えるの?」


「……うーん」


「悩むふりなんかしなくたっていい。その答えは言うまでもないし聞くまでもないことでしょう。無垢の雛鳥なのよ、あの子たちは。まだしも自我に厚くなろうとも本質が変わるものではない。指針が置かれるか否か、それがどこを示すのか。彼女たちの本質を決める全ては『指揮者』にかかっている。そして、指揮棒を振れる資格を持つのは私とあなただけ」


「ふんふむ。組織の長、というわけではないけれど限りなくそれに近い責任者である君と。今日まで長く不参加でこそあったが、君を含めた五人の魔女の生みの親である俺。確かに会談へタクトを振って示せる有資格者はこれだけだろうね──だけ、とは言っても指針がふたつもあるのはどうかと思うが」


「そうでしょうね、ええ。故にこそ。ここで私たちがひとつとなれば、真に志を一個とすれば。会談は頗る堅牢よ。綻びの無い美しい統治機構になれる。あなたという不確定要素が不確定でなくなり、不確定を抑え込むための不確定であるアビスを封じ。歪も瑕疵もない完全なる円卓! まさしく『完璧』が世を導くときが今。最後に残された不確定であるあなたの姉二人の襲来、その危機さえ乗り越えられたのなら。たとえ天地が引っ繰り返ろうとも、返ったその世界で私は新たな繁栄を望むわ」


「引っ繰り返った世界、ねえ」


 かつて竜王の世が終わったように、竜魔大戦ならぬ魔女大戦によって人の世が終わってしまうとなると。せっかく軌道に乗り始めている新王国が水の泡になってしまうか。これまでの努力──俺の、ではなくモロウを始めとした政務室の、だ──が全部無駄となる、どころか守護を約束した国民たちが一人でも生き残れるかすら怪しくなる。会談を味方につけて姉たちと戦うというのはそういう惨劇ことであるし、エイドスの魔力がイグジスに溢れるというのはそういう事態ことになるはずだ。


 まあ、意趣返しのようにこちらの人に対する拘りを指摘しつつもクラエルは、自分同様に俺がそこまで感情的・・・でないことを見抜いているのだろう。今あるものを守ろうとはしても、壊れてしまったならもう興味を示さない。新しいものへ意識を切り替えるはずだ──と、言葉なくとも確信している。だからこうして明け透けなまでに本意を明らかとして誘っているのだ。


 実に正しい。実際、俺が俺自身を予想するに高確率でそうするだろう……手早く興味を移す。今だってもう既に、もしも人の世が終わりまた大陸に変動があるのならそこにどんな世界が広がるのかと若干の関心を引かれているところでもある。今あるものが壊れて、新しいものが生まれたら。俺はきっと旧きを惜しみつつも新しきへ飛びつくに違いない──だが。


「だからと言ってだ、クラエル。それは積極的に今を壊す理由にはならないよ」


「……! どういうことかしら。あなたは竜王とだって最初は協力的で、友好関係を築けていた。それでも斃し放逐することになんの躊躇もしなかったじゃないの。──竜と人とで何が違う?」


「思い入れってことになるかな。気持ちを量にするならほんのちっぽけなものではあるけれど。だって俺は魔女イデアだが、『俺』は『人』でもあるからね」


「……訳が分からない。前世の記憶の話? あなたがエイドスより以前にどんな存在であったにせよ──どんな記憶を引き継いでいようといなかろうと。今のあなたはイデアあなたでしょう。竜を終わらせた魔女、魔女を生んだ魔女、会談を左右する魔女──『始原の魔女』があなたじゃないの……! それがどうして新世界に二の足を踏むことがある!?」


「はは。訊くなよ、何を言おうと納得なんてしないくせに」


「……っ」


 形相を険しくさせるクラエルを見つめ返しつつ、息を吐く。


 別に複雑な理屈じゃない。要は愛着の話だ。クラエルの言う新世界とやらがどんなものになるにせよ、しかし今の世に引き続き彼女が導く世界であるのなら。どんなにガワが変わろうとその本質は折しもその口から語られた通り、『何も変わらない』。地方線が敷かれ、情報網が張られ、可能性が弑され。ゾッとしないほど支配的な統治が続くことになる──それなら特に変える意義が見いだせない、というのが俺の素直な感想である。


 使い心地が大して変わらないなら今のままでいい。愛着があるほうを見守りたい、と思うのが人情というものだろう。ふふん、それが欠片もないクラエルと違って俺はもう少し人の気持ちがわかる魔女であることだからね。


「まずもって君も横着が過ぎるな。物言いが尊大だし誇大だ」


「なんのことかしら?」


「指揮者の資格。今の君が振るタクトに魔女たちは本当に応えているかい? だとしたら何故ここに姿を見せないのかが疑問なんだけど」


「──ぞろぞろと押しかけてはあなたに要らぬ警戒をさせてしまう。私とこの子という必要最低限に絞ったのは交渉の難度を上げないための措置よ」


「用意した答えって感じだねぇ。俺の警戒なんていう交渉の場とするつもりならあってもなくても同じものを気にするよりも、目に見えて団結している様子を見せつけるほうが遥かに効果的だと思うよ……こんなこと言われなくたって君ならわかっているはずだね。だとしたらフォビイしか連れてこられない理由があるのだと考えるのが自然だが」


 僅かに眉根を寄せたクラエルを見て、俺は笑みを零す。やはり。誘いに乗った際に受けられる一応のメリットである『五対一の回避』──は、誘いに乗らずとも叶っているようだ。俺とアビスの戦闘中に行われていたであろう円卓の間での話し合いがどういった結論に至ったかは判然としないが、少なくともフォビイ以外の三人の魔女は全面的賛成の立場にはない。賛成しているのならこの場に同行しない理由なんてないのだから、各々の主義主張がどうであれ。俺が拒絶を選んだとて彼女たちも即参戦、とはならないだろう。


 さらに三つ目。考え得る最後のデメリットとして忘れてはならないのが──。


「アビスのこれまでの行動にね。どうにも違和感があるんだ……それもたっぷりと」


「違和感……?」


「ああ。アビスにはたぶん仲間がいる。それもあいつの賢者やアーデラみたいな一時凌ぎの手駒なんかじゃない、それこそ真の仲間ってやつがね」


 ──クラエルが下したこの決断すらも、アビスと協力しているその何某の思い通りである可能性が否定しきれないという点だ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今まで出てきた中で仲間と言えそうな登場人物っていったら・・・フォビィくらいしかいなさそう? あとはアーデラもありそうかと思ったけど真の仲間ってキャラかじゃなさそうだし・・・
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