158.魔化魔力加速砲
力押し。それは普段イデアが好んでは選びたがらない手法であり、それでいて最も得意とするところの戦い方であった。
「高次魔力の運用はどこまで行っても──『暴力装置』だもんなアビス。俺もお前もそうさ」
魔力箱×100、を固めて作り出した鎧をふたつ。魔力成型で整えて、それぞれ魔力龍と魔力鳥に装着させる。その上から魔化をかける。物々しい外見となった漆黒の鎧龍の背に立ったイデアは鎧鳥を横に追従させながら飛翔。大した距離もない深淵領域の一部屋だ、直後には目標であるアビスの眼前にまで迫っていたが──そのときには彼女も作業を終えていた。
まるで嵐、しかして本物の嵐よりも余程に強く厚く硬く速く恐ろしく。万や億では足りないだけの破片群を集積させて武具兼防具としたアビスの暴威が、真正面から龍の吶喊を迎え撃った。
二重魔化に加え超質量超硬度の外郭を纏った龍の全速力は果てがないはずの深淵領域の淵にまで届き得るだけの貫通力を有していたが。それも破片のひとつひとつが音速以上の速度で巡ることで一切の隙間や撓みなく構築された殺傷性の鉄壁を突き破るには至らなかった。ただし破片も龍の体を傷付けるには至らず、特に防御面へ性能を割り振った魔化の施しによって前に進まんとする力と受け止め削り切らんとする力は丁度の釣り合いを見せ、そこに一瞬の拮抗を生んだ。
「!」
魔力龍が停止した均衡の刹那、まるで当然の如くそれを予想していたようにイデアがそっと、緩やかに。傍らの鎧鳥の脚を己が手の甲に着かせて真っ直ぐに腕を伸ばす様をアビスは嵐越しに確かめた。鳥が堅牢な外皮に覆われた両翼を広げる。色味の無い瞳がギラリと光ったように思えた、その途端にアビスは身を翻した。
「魔化魔力加速砲」
発射と加圧と加速。完孔によってその全てを極限まで高めた状態で撃ち出すイデア最強の遠距離魔法。魔力そのものを弾丸としないからこそ実践できるほぼほぼ無限に等しい加速度で空間を蹂躙するそれ最大の問題点は、言うまでもなく弾そのものの耐久力。生半な物質では射出準備の段階で圧し潰れて跡形もなく消滅してしまう。理論だけは出来ていても完孔を用いてなお実現させられなかった攻撃法を、魔力魔化の習得によって初めて実戦に耐え得るレベルで使用できた──完成へと達した。そのことを喜び頬を綻ばせるイデアとは正反対に、加速砲がもたらす破壊は凄絶の一言だった。
「ッぐ、うぅ……!?」
躱した。という確信を嘲笑われ、半身と頭の一部を抉られたアビス。彼女の肉体も破片の嵐も容易く貫いた死の化身は尚も勢いを失わず、背後の壁へと突き立ってもまだ飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ──そうして世界の部屋を五十ほど越えたところでようやく加速の圧に耐えられなくなり、自壊して消えた。肉体と同時に損傷を受けた領域。どちらも軽傷ではないが致命傷でもない。絶大な威力ながらに、だからこそ飛距離に限界のある加速砲では果てに到達できず、またアビス自身の欠損もすぐに修復される。破片だけを大量に増やした結果だけが残り、攻めたことでイデアはむしろ不利になったのだ……と。そう言い切れたならよかったのだが、今のアビスにそのような強がりは言えそうになかった。
瞬きの間に幾度となく循環と構築を繰り返した領域。閃光の速度で惑星の如き負荷が発生した。その負担を払うのは当然に術者であるアビスだ。破片の操作に全意識を傾けるために部屋を閉じたというのに、これではその意味がない。アビスはイデアと同胞、同質のスペックを誇る。リソース切れなどまず起こらず、仮にそうなったとしても余剰分を取り戻すのに数瞬とはかからない。際限なくそして常に最善の状態で魔力を使えるのだから処理能力にも際限などない。
だが。通常なら起こり得ないリソース切れに陥らせ、しかもたった一瞬でしかない生じた彼女の隙を決して逃さないのが──このイデアである。
「……ッッ、」
思考なき思考を追い越し再生途中のアビスに、弱まった嵐を突破した龍が噛み付いてきた。全身に深々と刺さる牙。特に頭蓋内へ食い込んだそれのせいで回復が更にコンマ数秒遅れたのは痛いが、それでもアビスの腕は動き、破片の一部を使って龍を鎧に守られていない内部から破壊せんとした──しかしてその行動はイデアの読みを上回るものではなかった。
「極大奔流・龍吹き」
魔力龍の体内で発生し、その口腔から吐き出される大威力の奔流。口を閉じてアビスを捕えたまま撃たれたそれによって龍自身も大きく傷付いたが、勿論のことアビスの被害はそれどころではない。煙を上げて消えていく龍の口からぽろりと零れたその姿はもはや人型をしておらず、しかして粉微塵になっていないことからイデアの加減の絶妙さが窺える。復活点を作らせず、なおかつリソース不足と死亡を同時に達成すること。開幕からの目標としていたそれが今ようやく成った。足場にしていた龍が完全に消え去る直前に労うようにその背を叩いた彼女は、落ちていくアビスの真横へと転移。そしてその肉塊を優しく抱きかかえた。
「魔力棘」
何度かフランフランフィーに対して使っているその魔法。魔力で構成された茨にも薄刃にもよく似た棘を触れた箇所からアビスの肉体へと差し込む。──そこから全てが終わるまでは、イデアの宣言通りにきっかりと一秒の時間がかかった。
◇◇◇
意識がなくとも感じられる何かが分け入ってくる感覚。それが強く自分と結びつき、強制的に己の一部と化していくこと。ともすれば快感すら伴うそれに、だからこそ恐怖を覚える。何も見えず、思えず、抗えず。けれどもアビスには確かに拒絶せんとする意思があった。
「……!?」
ようやく彼女が意識を取り戻した瞬間、神の創造物としてあるまじきことではあるが。現状の認識が遅れ、何が何やらわからずに呆けた。己が横たわっていることと、ひどく体も頭も重たいこと。それぐらいしかすぐには把握できず眠っていたらしい自分がその直前に何をしていたのか記憶を探ろうとして──フラッシュバック。瞬時に全てを思い出し、弾かれたようにアビスは臥せた体勢から立ち上がった。
「起きたか、アビス」
「てめえ……!」
今の今まで死闘を繰り広げていた宿敵。に、目覚めを見守られていた。こちらが跳ね起きても警戒する様子を見せず、またズタボロになっていた衣服も新品になっているイデアは、どこからどう見ても戦いが終わった体でいる。アビスは同時に周囲にも視線を走らせた──ここはどこか。青空と海原のコントラストに深淵領域がとうに解けていることを知り、そして自分たちの足場になっているのが真っ黒な樹木の根っこ、その集合体であることを知る。領域の構築後、栄養分として魔力を吸いつくしたイデアの黒樹が海に落下して形成した樹海島。それを切り拓いてこうも平坦なものとしたのは間違いなくイデアであろう。そこまで気付いたことでアビスは愕然とする。
自分はどれだけ気を失っていた? 最後に覚えているのは龍に咥えられたまま魔力の放射を浴びた断片的な光景のみ。おそらくそこから更なる追撃を食らったことは間違いないだろうが、だとしても。領域が自動解除され、樹海島に落ちて、そこをイデアが整頓して、服装まで整えて。少なくともこれらが行われるだけの間、彼女はぐっすりと眠りについていたことになる。全てが迅速果断の内に終えられたとして、どんなに短く見繕っても十秒以上は経っている。……ほんの十秒、されど十秒だ。イデアやアビスのような存在がそれだけ長く意識を飛ばしたままでいるというのは本来ならあり得ないことである。
たとえどれほど壮絶な死に方をしようとも──。
「お目覚めの気分はどうだい。そんなに良くはないだろうけれど」
「けっ、偉そうにしやがって。まさかダウンさせた程度で勝ったつもりなのかよ?」
「勝敗ならハッキリしているさ。お前はもう戦えない。つまり俺の勝ちだろう?」
「馬鹿を言うんじゃねえ、見ての通りだ! オレぁピンピンしてるぜ!」
「さて、本当にそうかな──」
気もなく佇むだけのイデアへ、ならば今度は自分が目の覚める一撃をくれてやろうと。高次魔力を引き出すための穴を開こうとしてそれが叶わないことにアビスは言葉にならない衝撃を受けた。しかもどうしたことか開けないだけならまだしも、その上で全身から力が抜けていく。急速な虚脱。立っていられないほどのそれに思わず膝をついたアビスの頭の上から、朗々と語る声がした。
「差し込ませてもらったよ。今のお前は俺の手の内ってわけさ、アビス」
「差し込んだ、だと……オレに何をした?」
「言ったじゃないか、戦闘面以外で研鑽を積んできたと……それはそもそも俺たちの間に『決着』というものがつかないからだ。戦ったってキリがない。だからお前も領域への封印を案としたんだろう。──さすが姉妹だ、発想が一緒だね。俺もどうすれば俺を封じられるか。それに頭を悩ませてきたよ」
「……、」
「だけど、もうひとつのほうの課題とは違ってそちらは一応の目途も立っていた。師は弟子を育て、弟子は師を育てだ。人にエイドスの恩恵を与える都合上、逆説的に、エイドスの住人を人の身に追い落とす方法も見つけることができたんだ。もうわかったね、アビス。今の君は俺の許可なくしては穴を開くこともできなければ帰還することもできない。ただの『無力な少女』と化しているんだよ」




