表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/277

155.領域と領域

「領域と領域が重なった場合……ですか? それはつまり魔女同士が交戦し、互いに領域を広げたシチュエーションのことを訊ねているのですね? そうなったとき、そこにどんな現象が起こるのかを」


 こくりと相手が首肯したのを受けて、ルナリスもまた頷き。


「学びに熱心なのは良いことです。しかしあまり参考にはならないでしょう──あなたたち賢者が使う準領域ではまず見られないものですからね。領域による鬩ぎ合い、という光景は。それでも後学のためにどうしてもと言うのであればお聞かせしますが。……いいでしょう」


 あえて彼我の差が浮き彫りとなる言葉をかけても賢者の意思が変わりないことを確認し、ルナリスは「そうですね……」とどう話したものか少しばかり考え込んだ。


「ひとつ所にふたつの異なる性質を持った魔力が満たされるわけですから。そこには当然、魔力同士の衝突が起こります。けれど攻撃系の呪文等の衝突と領域の衝突とでは決定的に違う点があるのです。攻撃呪文であれば、その優劣は込められた魔力量の多寡、起動された魔法式の巧拙によって決まりますね? 単純な激突、後、どちらの呪文が蹴散らされるかが勝敗の目途となる……ですが領域はそうじゃない。そこに生じる激突は魔力の鬩ぎ合いではなくあくまでも、領域の鬩ぎ合いなのです。──ふふ、理解に苦しいですか? そうでしょう、これは体験者にしか知り得ない感覚。言葉だけで想像するのはとても難しいことです」


 せめてもう少しわかりやすく言うのなら、とルナリスはステイラバートで教鞭を執っているときと同じような調子で続けた。


「領域にあるのは破壊力ではありません。干渉力・・・なのです。あるいは影響力、支配力と言い換えてもいい。求められるのはその場一帯を自身の領地フィールドとする極めて自己中心的な力……ですのでその干渉力がふたつ干渉し合う。という状況こそが領域が重なった場合に起こること。──はい? 干渉力の優劣はどうやって決定されるのか、ですか?」


 通常の呪文戦のように魔力量や魔法式に左右されるものなのか、と質問する賢者に、ルナリスは「いいえ」と首を横に振った。


「勿論、領域の完成度。魔力を広げる技術を高精度に習得していることは前提として、しかし重複時の趨勢を決定付ける何より重大な要素が──相性となります。……ええ、はい。身も蓋もない言い方となってしまって申し訳なく思いますが、純然たる事実なのですよ? 領域には、正確に言えばそれを形作る私たち魔女の魔力にはそれぞれ異なった性質があり、そしてそこに相性の良し悪しが存在している以上は。鬩ぎ合う際にもそこから生じる有利不利の概念は必ず付いて回る。それは避けようのないことなのです」


 仮に賢者あなたが魔法使いとして更なる高みに至り、領域を使えるようになったとしても。そこに辿り着くまでに魔力へ特別な性質ものが宿り、領域にもそれが色濃く反映されることは間違いない。その結果、他者の領域に食うか食われるか。易しく・・・評しても食いやすいか食われやすいかの関係が決まってしまうのだとルナリスは説明し、それから魔女じぶんたちを実例として挙げた。


「例えば、あなたたちも存じているでしょうティアラと私の定期的な魔法戦に関しても、魔女としての格に差がないながらに私が無敗である理由はただひとつ。彼女の性質と私の性質との相性が、著しく私に有利であるからです。特に性質を際立たせる領域であればそれはより顕著なものとして現れます──至宝領域を広げられたとて、月光領域を重ねてしまえばそこには何も残らないのです。結果としてティアラは膨大な魔力を無駄に費やしただけに終わる」


 魔力を散らし、魔法を霧散させる。ルナリスが得意とするその技法を、自身中心に範囲全体に付与して必中常時の阻害効果を発揮するのが月光領域。範囲を絞ることで堅固な異空間すら形成する彼女と異なり、それを苦手とするためとにかく雑多かつ広範囲に魔力を広げるのがティアラのやり方だ。その点も相性の悪さを助長し、先出しにしろ後出しにしろ基本的にティアラの領域はルナリスの領域に打ち勝つことができない。


「まあ、ティアラのやたらめったらに広範囲の領域。私はアレをあなたたちの準領域とはまた別の意味で領域未満のものだと考えているので、比較対象に相応しくはなかったかもしれませんね。仮にも魔法使い封じの魔女と呼ばれる私ですからそんなものは蹴散らせて当然といったところでしょう。……反対に、私の領域に好相性なのがディータの黒鉄領域ですね」


 それは何故か、と疑問を顔に出す賢者へルナリスは優しく微笑みを見せた。


「ディータの極るところは魔力の物質化。黒鉄と称される武器を自在に操る彼女は、月光領域内にても阻害効果の影響を最小限に抑えられる。なかんずく、彼女が領域として創る城砦は私にとってはひどく攻略に悩ましい代物。物質化されては散らすことができませんからね」


 そうであっても単なる物質化であればルナリスもそこまで困ることもない、が。何せディータの黒鉄はその極致にあるものだ。それを領域として展開されてしまっては、ティアラを完封できるルナリスであってもおいそれと対抗することはできない。そう聞いて興味深そうにする賢者へ、次にルナリスは自分を省いた例を出した。


「しかしディータはティアラに苦戦する。黒鉄による攻防一体が持ち味の彼女ですから、それを突破するだけの火力を有するティアラの攻め一辺倒な戦い方には手を焼くことになるのです──実際、過去にあった彼女たちの喧嘩を諫めたのは私ですが、止めさせる直前の戦局で言えばティアラが些か優位であったと記憶しています」


 だからとてそのままディータが敗戦していたかは不明であるが、ルナリスが言及したいのはそこではなく。


「斯様に、領域とは『じゃんけん』のようなもの。完成度以上に相性で一から十までが左右されるのです。月光領域は至宝領域に勝り、至宝領域は黒鉄領域に勝り、黒鉄領域は月光領域に勝る。その優越が覆ることは、少なくとも領域の能力だけでは決して起こり得ないことです」


 無論、言うまでもなく。戦闘となれば領域だけが全てではない。それが機能するか否かが魔女同士の戦いにおいて軽視できないファクターとなるのは確かだが、仮に相性で決定的に上下関係が定まっているにしても、その状況でどう戦うか。重複した領域内でどう立ち回るかは術者本人の機転の利かせどころであり、センスが問われる場面だ。そしてこれも無論のこと、魔女は総じてプライドに高く諦めの悪い性分をしているものだ。


「──クラエルの領域について、ですか。ええ確かに、三すくみの例には加えませんでしたが……彼女の場合はその性質が扱う精霊によって大きく変わりますからね。領域もまた自分優位の空間というより、精霊が十全に力を振るえる空間に仕立てるのだと言ったほうが正しいでしょう。クラエルが全力となったとき、彼女が設けた領域内はまさしく世の終焉のような景色を描くこととなります」


 ティアラの星にもディータの城にも押し負けぬ暴威。珍しく明確な相性差こそないが、有利を取れるのはクラエルだろうとルナリスは予想しており、またそれが明確な根拠なくとも信じるに足るものであるとも思っている。しかし、そんなクラエルの晴嵐領域も精霊という名の魔力を要としているもの。自分の月光領域でならその強みの一割も発揮できなくなるが、とどこかいたずらな様子で彼女は付け加えた。


 それに対し賢者は「では」と再び質問を重ねた。


「フォビイ、ですか?」


 クラエルの晴嵐領域に続き、フォビイの死生領域にはどのような特徴があるのか。柄にもなく楽しむ思いで自身が仕える魔女へそう訊ねた若きモーデウス──まだ新米の賢者であった頃の彼はしかし、ここで意外な思いをすることになった。


「フォビイに領域というものはありませんよ。そんなものを使う意味も必要もありませんから。何故なら彼女は──」



◇◇◇



「……なるほどな。わかってきたぜ、段々とよぉ」


 小部屋と言われた世界を三つ跨いで。その破片の全てを殺到させ、しかしイデアの領域へと飲まれて消えて。そんなものを目の当たりとしたからには否が応でもアビスは理解と納得を同時に得る。


(ディータとやった領域での押し合いとは何もかもが違う。ここまでオレの領域が無力化されるんだ、初めは月光のが使う魔力封じみてーなものかと思ったが。この肩透かし感はそうじゃあない──)


 図らずも。まさにディータの口より『領域の到達点』とまで評価された深淵領域を完璧な精度で操りながら、しかしアビスは自身のそれと比してなお一層に異様な始原領域に対して苛立ちと……それ以上の戦慄を隠せずにいた。


「ふざけやがって。オレの領域を、魔力を──てめえ! 片っ端からエイドスへ吸い上げてやがんな!?」


「あは、バレたか。穴の開け方をまったく気にしていないようだからもうしばらくは気付かないだろうと思っていたのに。やっぱりアビス、お前も色々と俺の予想を超えてくれるな──凄く嬉しいよ。けど負けてはやらないぞ」


「ッ……!」


 ギリィ、と今一度強く鳴らされる歯の根。威嚇よりも怒りよりも激しい感情の込められたその表情に、イデアもまた歯を見せて笑った。


「さあ。お前の全てを俺に味わわせてくれ、数少ない同胞の一人よ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 吸引力の変わらないただひとつの… というフレーズが勝手に浮かんできた
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ