151.再生原則
「せせこましいなオイ! 人の魔力ですくすく育ちやがって!」
「共有しようじゃないかアビス。ひとつのパイなんだから、仲良し姉妹みたいにさ」
「気持ちの悪いことを言うんじゃねよ、糞イデア!」
横溢する魔力とそれを塞き止め逆に呑み込まんとする木々の濁流で荒れる樹海の中を、ぶんぶんと飛び周りながら激突を繰り返す。いやさアビスには不評だが──それはまあ彼女からすれば然もありなんである──俺にとっては冴えたアイデアだ。アビスの魔力を利用する、という手法は彼女の攻撃の勢いを弱めると同時に俺が使う魔力の節約にも繋がるもので。つまりはアビスが取り過ぎたパイを正当に奪い返しているに等しい。一石二鳥とはまさにこのことだろう。
ただし──と足元に気を向けて思う。空の上で成長を続けるこの森は、奪われる以上の魔力を注がんとするアビスの無謀のせいというかおかげというか、とにかく栄養となり土壌となる高次魔力が尽きないどころか過剰に供給され、結果海に落下することもなくこうして戦いの舞台となっている。傍から見れば海原に蓋するかの如くに樹木で出来た島が上空に鎮座している不可思議なビジュアルとなっているであろうこの状況は、エイドスから注がれる魔力を節制するという意味ではあまり効果的とは言えない。俺は先以上に使用魔力を減らしているがアビスはそれ以上に増やしているからね。いい加減になんとかしないとな、とそろそろ一帯に満ちる魔素が濃くなりすぎていることに危機感を抱きつつも。
それよりずっと興が乗ってしまっているのを自覚しており、しかしどうにも抑えられそうにない。
「おぉら!」
殺到する樹木を薙ぎ払う螺旋奔流。それが俺の降り立った木にまで届いたので、「おっと」と魔力チェーンソーを展開して斬り払う。さすがの分解力で難なく防げはしたけれど、俺は油断せず追加で刃を振るった。先ほどは不覚を取ったが奔流に乗って接近してきていたアビスを今度は見逃していない。
「チッ!」
腕を切り落とされたアビスは舌打ちひとつを残して別の枝へと下がった。存外素直に引くんだな、なんて考えが浮かぶと同時に塗り潰される。直感に従ってチェーンソーを振り上げつつ頭を仰け反らせた。途端、斬ったアビスの腕から真っ黒な棘が伸びて刃先と額を掠っていった──おお、危ない危ない。危うくまた脳天を削られるところだった。
欠けた部位はもはや肉体とは見做されず、すぐに消滅する。本当の意味でどこにも存在しなくなる。それが俺たちの再生のルールだ。なので本体から切り離したからには脅威ではない、と思い込んでいたのが今の危機を招いた。反省しなくてはな。腕に込めていた魔力を操ってこんなことができる、ということは、アビスは考えなしに攻め立ててきているようでいてその実、反撃を食らうこともそこからのリカバリー案も──まああいつなりに──考慮の上で行っている、ということになる。その思わぬ注意深さと用心深さは俺が知るアビスにはなかったものだ。
つまり彼女はそれだけ巧者になっている。もしくはそれだけ、どうしても俺に勝ちたいわけだ。どちらにせよ弟子の成長と同じくらいに感慨と興味に深いものではあるが、さすがにこの攻防においてはじっくりと感傷に浸っている暇もないな。
「っ──、あいたた」
異変を察知して飛び退いたが、少し遅かった。足場にしていた枝から……否、木全体からアビスの腕から飛び出したのと同じような棘が勢いよく生えてきて、俺の全身をズタズタに傷付けたのだ。おかげでまたしても手首ごとチェーンソーまで落としてしまった。
魔化、ではないな。無理矢理に魔力を流して樹木内部で変形させたのか。その影響でそこの一本だけ立ち枯れたように瞬く間に萎れていっている。根から吸い上げるのと幹に直接ぶち込まれるのとでは当然勝手も違うだろうが、それよりもアビス本人の悪意による部分が強いのだろうな、この結果の要因は。
「! わっ、と──」
氾濫した川のように木々の間を流れる黒い魔力の流れに浚われないようささっと別の木の上に避難したのだが、どうせ逃げるならもっと距離を取るべきだった。動きを見越していたかのように一部せり上がった魔力によって俺は樹木ごと丸飲みにされてしまった。黒く染まった外見上はまったく同じながらに、俺のそれとは違って澄んだ水のような感触であるアビスの高次魔力。それに全身を圧され身動きを封じられたたままちょっと悩む。
……仕方ない、力業で脱出しようとすれば俺を包み込むこれよりも多量の魔力が必要になるし。スマートとは言えない方法なので躊躇しないわけではないが、安直な選択をした自分が悪いのだから受け入れる他ない。
「あーむ……んぐ」
アビスの魔力を飲む。比喩表現ではなく本当に口を開けて嚥下し、胃の中に収めたのだ。粘度の高い俺のそれとは違って喉越し爽やかな魔力で良かったよ。おかげで大した苦も無く腹を満たせた──もちろん冗談である、人の魔力を物理的に腹へ入れることが苦しくないはずもない。ただ真の苦しみはこの先にあるので、相対的にこんなのはまだ序の口でしかないというだけでね。……さて、やるか。
「あひょふあは」
魔力魔化。で、体内のアビスの魔力へ俺の魔力を注ぐ。
人の魔法に対し魔化を施す手法。というのを身に着けたばかりではあるが、今はそれを成功させようとはしてない。むしろその反対に俺は盛大な失敗こそを求めている。模擬戦でフラン君がそうやって俺の魔の手から逃れたように──要するに魔力暴発を意図的に引き起こすのが目的だ。アビスのそれを火薬代わりに、ほら。
ドカン! なんて、体内から爆ぜている最中なので無論のことそんな音が耳に届いたわけではないが、骨伝導によるものかその感触は味わった。周辺魔力ごと吹っ飛んだ俺はノイズのような空白を挟んで意識と肉体を取り戻す。さてアビスはどこかな、と魔力の河川から浮かび上がりつつ索敵に入り──かけたところで背後から組み付かれ、驚く間もなく頭を刺された。連続でこめかみ周辺から差し込まれた棘が前頭葉と側頭葉をまとめてぐじゃぐじゃにする。
「ッッ、……」
チカチカと明滅する視界と思考の中で沸き起こる賞賛の思い。
再生は基本、頭部を中心に行われる。だが意思次第で頭のほうを欠損部位として切り捨て、胴体部を再生の始点にすることもできる。より感覚的な表現をするならどちらに意識を宿すかによって結果が変わるといったところか。当然、俺もアビスも互いを傷付けながらそれを見極めて次の一手を決めているのだが。その見極めが利かない場合というのもあり、それがパーツも残らないほどに細かくバラバラになった場合。つまり今し方の俺みたいな死に方をした際には、定まる始点がない以上はどこから再生が始まるのかまるで読めないのだ。
一応、原則が頭部始点であるのと同じようにルールとして、なんの指定もなければ死んだその場所で頭から蘇る。だがこちらも当人の意思によってその半径十五メートル前後の範囲内であればどこにでも復活点を置くことができる。再生原則に関しては俺たちの不死という生態に紐付けられている以上お気付きのことと思うが、欠損部位の修復にしろ復活にしろ、これらに魔力や魔法は一切用いられない。なんの消費も消耗もなく俺たちは常に俺たちであり続ける──そうであるように作られている。
故に魔力の流れを読むことをそれなりに得意としている俺でも、アビスをバラバラにしてしまうと却ってピンチを招くことになる。死角で復活されて即反撃という落ちになることが目に見えているからだ。それを防ぐためにさっきは反転鎧という檻に閉じ込めた状態で追撃しようとしたのだが……しかしアビスのほうはそれとはまったく別のアプローチで再生原則が生む不利の打破に挑んだようだ。
なんのアクションも許さない速攻。復活からここまで短い間隔で再度殺される、というのは即ち、先のアビスよろしく自爆によって難を逃れた俺がどこで蘇るのか。直径三十メートルほどの球体状の空間において大まかにでもそれを予測していたからこそ可能な再殺である。でなければこんなアサシンめいた手口と素早さで仕掛けてこられるわけがない。
当てずっぽうか、俺の行動パターンを読んでの山張りか。あるいは俺が知らない復活点の見極め方でも見つけたのか──いずれにしろ天晴れだ。と、散り散りで纏まり切らない脳(これもまたなんの比喩でもない)がよくわからない汁と血の泡を広げられた傷口からドボドボと垂れ流し始めたところで、力任せに首を捩じ切られた。あ゛はっ、ブヅンと何かが焼き切れるような感覚があったぞ。眼球に頭の裏側が映っているような気がする。だがまだアビスの手は止まらない。棘が頸椎を綺麗に割断しながら縦に差し込まれ、脳幹に達したところでばらりと裂けて、伸び、樹木がそうされたように俺の首から頭頂部にかけて悪意を以て駆け、そしてなんとそのまま撹拌が始まった。
人は考える葦らしい。それからすると今の俺は考えない葦。つまりはただの草切れも同然、まともに物を考えられないからには魔法だって使えない……魔女でもなければ魔法使いでもなく、ただ死なないだけの血と肉と骨の塊である。恐るべき手際の良さで姉をここまで追い込んでくれたアビスが次に俺をどうするのか、そこも多分に気にはなるのだが──ああ、駄目だ、こうまでされるともう。
スイッチが入ってしまう。
「ああ?」
カチリ、と。音ではなく魔力が鳴ったことにアビスも気付いたようだが。けれどそれが何を意味するのかまでは察することができなかったらしい。種明かしをするならその正体は実になんということもない……俺が俺の中に仕込んだ罠が作動する合図だ。
「……!!」
魔力触腕、よりもずっと細くずっと多くの魔力食指。俺の頭部の隙間という隙間から隙間なく湧き出たそれによって、アビスは全身を丸ごとに絡め取られた。




