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146.そろそろ退場してくれや

「おせーよコラ。どんだけ人を待たせば気がすむんだてめーは」


「…………」


 普通の人間なら十回は生まれ変わらなければ実現できないほどに長い長い時間をかけての再会。の、開口一番がこれだ。俺自身センチメンタルな感情とは無縁のつもりであるが、しかし割と簡単に心動かされるほうだという自覚もあるからな。できれば少しくらいは場面に沿った言動をしてもらいたい、というこの思いもきっとそこからくるものなのだろう。だから思わず顔をしかめてしまった。当然アビスはそれに反応する。


「あ? んだよその顔。大遅刻かましといて逆切れとはフテー奴だな、相変わらずよ」


「そっちが勝手に待っていたんじゃないか」


「どうせ『黒鉄』越しに状況は把握できてたんだろうが。だったらすぐに駆け付けるだろ、フツー。手塩にかけた弟子がどうなってるか気にならねーってタイプでもねーんだろ?」


「把握と言ってもな。勝手に動き出したことと誰かに壊されたことくらいしか俺にはわからなかったよ。いっそ自律戦闘より中継機能に振っとくべきだったな……まあそれでも黒樹を動かしたのがアーデラだっていうのは気付いていたし、ディータが動かなくなったからにはちょっとしたピンチかもしれない、とは思っていたんだけど」


 あくまで『ちょっとした』程度だとね。彼女のことだから会談相手に何をしたところできちっと逃げる算段まで込みの計画を立てているだろうと。つまりは自分の安全を念入りに確保した上での行動のはずだと、そう思っていたのだ。ところがそうではなかった──いやアーデラとしてはそのつもりだったのかもしれないが、ともかく彼女はクラエル&オレクテムのコンビを前に捕縛されかけて、そこにアビスが飛び込んで場を荒らし、アーデラを攫ってここまで運んできたわけだ。


 わざわさこの西方の果ての地まで。


「お前が出しゃばってきているとは思いもしない。ましてやアーデラを土産にこんな絶好のロケーションで俺を待っているだなんて尚更に。クラエルが教えてくれなかったら今でも円卓の席に座って話を聞いていただろうさ」


「かははっ。裂け目を通って現れたくらいだ、そうだろうとは思っちゃいたが。お前クラエルの言いなりか? オレぁ会談なんざぶっちぎってここにやってくると予想してたんだぜ。それを見事に外してくれやがってよ……おかげで待ちぼうけじゃねーか」


「だからそれはそっちが勝手に……いやいい、ここは俺が謝ろう。待たせてすまなかった。なんだったらお前が実存世界こちらに来てからずっと。会いに行かずに寂しい思いをさせていたことも含めて謝罪しておこうか」


「誰が寂しがるかアホ。……やっぱ知ってやがったんだな、オレがこっちにいることを」


理想領域あちらとこちらの繋がりには常に気を配っていてね。どこかで歪めば否応なしに気付く──ふふ、こっちだって待ちぼうけだったんだぜ。お前のほうから会いに来てくれるとばかり思っていた。だけどそんな必要はなかったんだな? 会談に所属していれば俺がいつ動き出そうと即時逐一に情報が入ってくるんだものな」


「オレがお前の見張りのためにこっちに来たとでも言いてえか?」


「クラエルからはそう聞いたけど。実際そうでもなければアビス、お前は落ちてこないだろ」


「ハッ──知ったようなことを言うんじゃねえよ、イデア」


 牙を剥くような笑み。ああ、変わらないなこいつは。長すぎて邪魔そうな白い髪も、ギラギラとした黄金色の瞳も。物言いも態度も何もかも別れた日のまま。アーデラとは違う、本当の意味での変化なし。──それはそうだ、俺たちが変わるはずもない。変化とは概ね終焉に近づくことであり、死という概念のない俺たちは変わる必要性がないのだ。不変必定不死、不死必定不変。変わらないとは即ち永遠だ。


 ……そう信じたあいつはあっさりと死んでしまったけれど。


理想領域エイドス、なんて呼び方してやがんのか。オレらの世界を」


「理想郷と称した誰かさんを参考にさせてもらってね。そう言えば、向こうに残っているらしい姉上様方は元気かな。帰ってはいなくても連絡くらいは取り合っているだろう?」


「取ってねーから知らねーよ。オレはお前を追いかけてきたんじゃねえ、あっちがつまらなくなったから移ってきただけだ。まるで家出娘みてーにな……くっく。そんなわけだから実家・・とは気まずくってな、めっきり話もしてねーんだわ」


「気まずさなんてものを覚えるほど殊勝な性格してないだろうに。それにしても、つまらないっていうのはどういうことだ?」


「そもそもオルトーがいないんじゃやることもねーだろ。上の姉さまも真ん中の姉さまも律義にあっちの守護者を気取ってやがるが、元々ンなもんは必要ねーんだからな。理想郷は──エイドスは。独りでに循環し続けるし魔素を降らせ続ける。オルトーがそう作ってんだからオレらの管理するところじゃねーよ」


「神様だったものな、あいつは。そして俺たちは四姉妹の守護天使か。その役割を失った、あるいは解放されたからにはもうエイドスの管理にも関わらないと?」


「そういうこったな。オレはもう好きに生きることにしたのさ。イデア、お前と同じようにだ」


「ふうん、そう」


 ……まあ、嘘だな。と、もっともらしく頷くアビスを見ながらそう思う。俺と同じ背丈をしているので彼女の目はよく見える。そこに虚偽の色は浮かんでいない──が、どんなに巧妙に隠しても。俺はこういうところに鼻が利くほうだ。特に、どうでもいい嘘であればともかく明確にこちらを騙さんとしている嘘には敏感になる。


 エデンやウテナと連絡を取っていない、という辺りはどうとも取れないが。しかし『好きに生きることにした』の部分には明確な虚偽の香りを感じた。とするとアビスは、自由意思でこちらに留まっているわけでもなければ考えなしに会談を裏切っているわけでもない。彼女は彼女で、アーデラと同じく明確な理由を持ってこんなことをしているのだろう。一見して無軌道に思える行為にも意味がある、のならば、それはいったいなんなのか。


「急に俺と接触を持つ気になった理由も聞きたいところだけど。まずは自由を得たお前がどうして『魔女会談マレフィキウム』に加わっていたのかが知りたいな」


「んなの暇潰しに決まってんだろ? こっちに来たはいいがオレみてーなのが好き勝手してたらあっという間に人の社会を終わらせちまうからな。自重してんのさ。どうせなら長く遊びてーってんでこっちでも管理側に回らせてもらったんだよ」


「西方は国も少なくて大陸一荒れているって話だけども」


「そりゃ仕方ねー、お前と一緒でオレに統治の腕はねーよ。それでも責任者さまのクラエルは目を瞑ってるんだからいいだろ? ま、そこそこ自由でそこそこ不自由で。まあまあに今を楽しんでるって感じか」


「だったら今回はどういう風の吹き回しなんだ? 満足しているなら会談の席を蹴ることもなかったろう」


「おいおいお前がそれを言うか? ええ、『始原の魔女』さまよ」


「うん?」


 意味がわからず首を傾げれば、けっと唾を吐くようにしてアビスは続けた。


「お前が動き出せば会談が滅茶苦茶になるってのはわかり切ってたことだろうが……クラエルもてんで対応しきれてねーしよ。だったら当初の契約通りにお前への対抗札として切られてやろうと行動を起こしたのさ。そうでもなければあいつはまだ迷いに迷って決断できてなかっただろうぜ」


「ははあ。クラエルがそうせざるを得ない状況に持ち込んだってことか。会談を守るために?」


「別にペナルティを食らおうが追放されようがそこはどーだっていい。とにかくこっちの管理者連中をオルトーの二の舞に……いや、竜王共と合わせて三の舞にさせるわけにゃいかねーからな。お前さえいなけりゃ会談の統治に目立った粗はねーんだ。。本来の支配者である竜がいなくなってもせっかく奇跡的に存続しているんだぜ? それを台無しにされちゃ引っ越したオレの立つ瀬もねーだろ──だからよ、イデア」


「なんだいアビス」


「いい加減にそろそろ退場してくれや。なに、ほんの千年ばかしでいいからよ」


「はは、千年はさすがに長いな。その頃には弟子も新王国も残っていないだろうし、ご免被りたい」


「笑うか。冗談で言ってるとでも? 下の姉さまよ」


「冗談じゃなさそうだから笑っているんだよ、可愛い末っ子」


「…………」


「…………」


 魔力が弾けた。瞬間的にエイドスから引き出された多量の高次魔力が俺とアビスの立っていた崖を大きく削り、あたかも巨大生物がそこを齧ったかのような破壊痕を生じさせる。ふう、もう少しで餌食になるところだった。


「やる気なんだなアビス。久々の姉妹喧嘩を」


「てめーもそのつもりで来たんだろうが、イデアッ!」


「おっと……!」


 海のほうへ大きく跳び上がって魔力の膨張を躱した俺へ、瞬間移動めいた速さでアビスが突っ込んでくる。逆さまになったまま魔力を纏った拳を受け止めたが、こちらは両手でも抑えきれなかった。ティアラ戦を経て俺も少しは身体強化に物を言わせられるようになってはいるが、まあ、どんな技術にも向き不向きはあるものだからな。技量というよりも精神的に俺はこういうのが向いていないんだろう。


ぅ……手の早さも変わっていないな、お前は」


 吹っ飛ばされて海に着地。水面の上に立ちながらひしゃげた両腕を元に戻せば、真上から甚大な魔力のうねり。


「そう言うてめーは弱弱しくなったな──そのままくたばってろ!」


「!」


 巨大な二重螺旋を描いて振り落ちてくる魔力。その渦中へ、周囲一帯の海ごと俺は丸呑みにされた。



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[一言] 俺(オレ)っ娘の時代がきたー
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