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145.目指すところ

 イデアが去った天空議場、円卓の間にて。すっかりと休憩時間中の学生のように気を張らない態度で取り留めもないお喋りに興じるティアラとディータを尻目に、ルナリスは深く思い悩んでいた。


 言うべきか、言わざるべきか。清風庵で知ってしまったイデアの最終目標、理想領域エイドスとの一体化……否、より正確には『理想領域エイドスの内包化』。それをこの場で自分の口から伝えるか否かで彼女の心は会談の開始からこっち、常に揺れ動いている状態である。


 黙っているわけにはいかない、と思う。ルナリスはいつか必ずイデアが目標を果たすと信じている。それは負の信頼であり、だからこそ疑いようもないものだ。口振りからして実現の目途が立っているようではなかったけれど、いずれ間違いなく。イデア曰くのこの世界──実存世界イグジスにおける魔法の根幹とも呼べるエイドスは、イデアにその全てを掌握されることとなるだろう。そうなればどうなるか? 彼女と問答した通り答えは『わからない』だ。


 イデアに取り込まれたことでエイドスが機能停止に陥るのなら、イグジスに魔素は降らず、世界から魔法使いが消え去ることになる。だがエイドスを内包したイデアという一個人が魔素を生み出すようになれば、今となんら変わりなく。最悪でも土地ごとに多少魔素のバラつきが見られるようになる程度でそこまで重大な事態にはならない──少なくとも魔法使いの全滅に比べれば些事もいいところだ。


 だが結果がどうになるにしろ。いや、どうなるかまったく見通せないからこそ。イデアの目指すところを会談に周知しないわけにはいかない……と、それがひとつの考え。そう思いながらも何故ルナリスが悩んでいるかというと、彼女の胸にはもうひとつ別の考えが浮かんでいるからだ。


 考えというより危機感か。イデアの正体と、自分たちとの関係性を聞かされたことで『魔女会談マレフィキウム』の空気感はかつてなく奇妙なものとなっている。何気ない様子で会話をしているティアラもディータも、同席している賢者たちも、そして他ならぬルナリス自身も。内心に言葉で言い表せられない、小さいとも大きいとも言えない微妙なわだかまりを抱えているのが明らかであるからして──この状況、良くも悪くもそれぞれがよく考えるための時間を、事実を自分なりに受け入れるための時間を持とうとしている中で新たな火種を放り込むことが、会談にとっての吉となるかは果てしなく微妙なところだった。


 イデアの暴挙を止める、という意味ではその備えのために打ち明けるのは早ければ早いほどいい。けれど。ただでさえ動揺のあるところにイデアと対立する旨の発言をしてしまえば、それに同調するにしろ反発するにしろ、冷静な思考力に欠けたまま各々がスタンスを決めてしまいかねない。特に、露骨なまでにイデアへとアビスの対処が押し付けられた直後だ。誰も言葉にこそしないがそれをイデアに頼るしかない現状を──そうした張本人であるクラエルはどうか知らないが──歯痒く、不甲斐なく思っていることは確実なのだから。


 いやそもそも、とルナリスはハッと気付く。イデアの最終目標を知っているのは本当に自分だけなのだろうか? 彼女の周辺ならともかく、会談の構成員でそれを承知しているのは他にいないだろう、と。いるのならとっくに騒ぎ立てられているはずだとその可能性を排していたが、これは少々安易な物の見方ではなかろうか。


 例えばアーデラが、弟子として共に過ごしていた頃からそのことを知っていたとして。とても自らの特別な才能を失うことに賛成するようなたちとは思えないが、しかし彼女の内なる本性を知り得ているとは言えない以上、その隠そうともしない自己愛を超えてイデアの命題に身捧ぐ覚悟でいるのかもしれない。


 例えばクラエルが、竜王の一体から引き継いだという記憶によってとうに存じていたとして。イデアの暴走ないしは絶対王政を強く忌避する彼女のこと、彼女がエイドスを独占する事態など歓迎しないのは至極当然であり、ならばこの場でそれを黙っていたのも何かしら考えあってのものだと見ることができる。阻止するための算段がある、ということだ。


 例えばディータが、癇癪で実行した城攻めの際にイデア本人の口から──ルナリスの経緯と同じように──その目標を聞かされていたとして。それを黙したままイデアを庇うような言動を取っていたのだとすれば、ディータは公平を大きく欠き、強くイデア側へ傾いていることになる。もはや信奉者シンパも同然だ。協力するかどうかは別にしても、少なくとも彼女の邪魔をしようとはしないだろう。


 ……誰が秘密を抱えているにしても。それを全員の共通認識とするのはやはり、今このタイミングではないのかもしれない。イデアを今後どう扱っていくかの答えが出る前に本人が中座してしまった上、急ぐべきはそちらよりも離反者であるアーデラとアビスをどうするか。イデアも同席する会談でそれを話し合わない限りはこの魔女会談が先に進めることはない──ならばイデアの壮大にして尊大な野望を詳らかとするのはしばらく待ったほうがいいだろう。


 今日という日が組織にとっての節目である。そう認識しているルナリスがひとまず自分の迷いに一応の答えを出したところで、円卓の間に目が開いた。広がる空間の亀裂。『裂け目』の出現を見てクラエルが戻ってきたのだと誰しもが誤解なく理解する。


「…………、」


 過たず姿を見せたクラエルは、無言のままに裂け目を消して自分の席へと腰を下ろし。それからイデアだけがいなくなった円卓の一同をゆっくりと視線で辿る。彼女の所作や表情が妙に重々しくあるものだから、俯いて机の上をじっと見つめていたフォビイも、まだお喋りを続けていたティアラとディータも、訝しむように会談の責任者を見やった。そうして沈黙と共に場を支配したクラエルが、


「イデアとアビスの激突は避けられない」


 そう唐突に言っても、誰からも反応は上がらなかった。やはり、とおかしなまでに一致した思いを全員が抱くだけだった。別世界エイドスの魔女同士が対峙しては穏便に済むはずもないと、多かれ少なかれ皆が予想していたのだ。イデアがどれだけ異端の存在かは今し方語られたばかりであるし、アビスについては普段からよくよくその言動に悩まされている者も多くいるからして。こんな二人が同郷で、しかも互いに『敵足り得る』相手として見做しているのであれば……そこに闘争が起こらないわけがないのだと。


 しかし、そんなため息混じりの納得の次にやってきたのは驚愕だった。その原因は続けざまに放たれたクラエルの言葉にある。


「今こそ前提の共有・・・・・は済んだ。それを踏まえた上で改めて臨時会を開始したい──まずは私のプランをお話しするわ。各員口を挟みたいことも出てくるでしょうけれど、どうか最後まで静聴してもらえるとありがたい」


 目顔から覚悟を匂わせて、元女王は久方ぶりに自分のみで下したとある決定を皆へと聞かせた。



◇◇◇



「何がしたいか、ですか」


「うん」


「ふふ、師匠。あなたともあろう方がそんなことを気にされるのですか?」


 嬉しそうな……というか小馬鹿にしたような笑みを向けてくるアーデラ。それに取り合うのも馬鹿らしいので俺は「もちろん」と頷く。


「知らぬ間に賢者なんてものに立候補していたことといい、ずっと俺の周囲に網を張っていたことといい。極めつけはセリア来訪からの一連の流れだ。俺がどうするかまでは読めていなかっただろうが、たとえどうなろうとも。国単位で事が起こるのをお前は確信していただろうし、そうなれば会談が動くことも想定した上で俺を黒い森から出したんだろう。しめしめってところか? 今のお前の心境は」


「まさかでしょう。ここまでとんとん拍子に会談の場に誘われるとは思ってもみませんでした。それをあなたが快諾したのもまた私にとっては予想外。あまりに上手くいきすぎたせいで逆に立ち行かなくなったくらいです。おかげで、ご覧の通り。協定関係にあった『深淵』様とも急遽として道を違えることとなりました──とまれ、同行が一時的なものだとは互いに承知の上のこと。遅かれ早かれの結末ではあったのでしょうがね」


「ほお。じゃあ、お前とアビスが裏で共謀していたってのはあながち間違いではなかったのか。そしてクラエルの懸念通り、決してお前たちが一枚岩じゃないっていうのもまさしくだと……なんとも面倒な立ち回りをしているんだな、アーデラ」


「私の思うままにするためにはそれ以外になかったものですから。あなたほど正直・・になるにはまだまだかかりそうだ──くふふ。まあ、今はこの弱さを楽しむ所存ですよ。追いかける背中は遠ければ遠いほどに良い。と、これは私の持論ですがね」


「達成困難な目標は常に持っておくべきだと俺も思うよ。ただ聞きたいのは信条じゃなく心情のほうでな。お前の目指すところ、具体的にそれがなんなのかをそろそろ教えてくれないか?」


「ああ師匠。ここでぶちまけたい・・・・・・のは山々なのですが。しかしどうでしょう、彼女はそれを待ってくれそうにもなく」


「……そのようだね」


 肩越しに後ろを見たアーデラの視線を辿れば。そこには崖際で一人腕を組み、歯を剥き出しにしながらこちらを睨むアビスの姿がある。うん、あからさまに苛立っているなあれは。


「そろそろ我慢の限界のようですよ──どうにかして差し上げてください、師匠。話の続きはそれからがよいでしょう」


「仕方ないな。弟子の不始末は師匠の不始末、なんてことは自立させた以上ないと思うけど。今日ばかりは俺が後始末してやろう……その代わり、後々覚悟しておけよアーデラ」


「ええ心得てますよ。さ、急がれたほうが」


 なんとも良い笑顔で応じる小生意気な弟子に息を吐きながら、竹馬の友の如く怒りと一緒になって待ち構えている懐かしきの下へと俺は向かった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 『理想領域エイドスの内包化』もしこれが達成されたらエイドスのルールが恐らくイデアの思い道理になる そしてルールがイデアの思い道理になるのなら、アビスも他の姉妹も恐らくイデア達の親ですらエイド…
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