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143.五分と五分

 案の定、円卓は魔女の捕捉装置でもあった。その起動役がクラエルではなくオレクテムだったことには少々意表を突かれたが、そこは別にどちらでもいい。アビスの現在地さえ知れたならそれを暴いたのが誰の手柄であっても同じことだ。


 俺の、というよりはクラエルの要望によって静かに魔力を練ったオレクテムはどういった技によるものか正確にアビスの居場所を割り出した。円卓に浮かび上がった大陸の地図の端、海と陸地の境界線の一箇所にビーコンのような印がぽつんと表示された。


「ここです。西方圏の海岸にアビス様はいらっしゃるようです……より詳細に確認いたしますので少々お待ちを」


「アーデラも一緒かな」


「判りかねます。円卓はあくまで魔女様方の特殊な魔力を追うための物ですので」


「賢者の記録は取っていないか」


 ふるふるとオレクテムは首を横に振った。これは、記録したとて賢者の魔力では薄くて・・・追えないといったところかな。世界最高レベルの魔法使い集団を捕まえてそんな言い草をしては世の一般的魔法使いの立つ瀬がない、が、魔女のそれと比べれば賢者であってもその他大勢とほぼ変わらないのが現実であるからして。


 故にアーデラの安否が気になるのだ。三弟子のうち最優秀者の評価を与えるになんの不足もない彼女のこと、賢者同士であればあいつが後れを取るなどとは考えられないし心配だってしない──けれど魔女、それもアビスと一対一となってはな。さしものアーデラも飢えた獣を前にした子ヤギに同じで、とてもではないが太刀打ちできやしない。碌な抵抗も許されず命を落とすことになるだろう……アビスがそのつもりであれば。


「意外ね。いくら弟子とはいえあなたが一人の人間の安否をそんなにも憂うなんて」


「そうかな? 博愛精神に溢れているとまでは言わないけれど、これでも人並み程度には善良であるつもりだよ」


 そして人並み程度に悪辣でもある。別に、どうでもいい人間ならどうなろうと本当にどうでもいいからね。これはおよそ大多数に共感してもらえる感覚だと思う。アーデラは俺にとってどうでもいい相手ではないというだけのことであって……酷薄なばかりでなく、かと言って篤実なばかりでもない。それがきっと人というもので、そして俺というものであろう。だから──。


「手遅れでない限りは絶対に助けるつもりだ。魔女と魔女は戦うことを禁止されているらしいが、今回ばかりは大目に見てくれるだろう?」


「どうしてもその必要に迫られたなら、という条件付きで交戦許可を出しましょう。けれどあなたは戦闘が起こると疑っていないようね」


「それは違うよ。『わからない』んだ、アビスが何を考えているのか。何せ最低でも五、六世紀以上は顔を合わせていないからね……昔のままのあいつでも、そうでなくても。ひょっとすればそういうことになるかもしれないし、ならないかもしれない。どちらとも言い切れないなら当然に備えておくべきじゃないかな」


「道理ね。あなたへの切り札として頼りたい気持ちもあって他の魔女よりも随分と贔屓して、他の魔女よりも随分と距離を開けて付き合ってきた。そのせいで私もアビスについては何も知らないも同然だわ。その点に関してはアーデラも似たようなものだけれど、今危険に晒されているのは彼女のほう。それを救えるとしたらアビスと唯一互角であるあなたしかいないでしょう」


「逆に言うなら、俺を窮地に陥らせられるのもアビスしかいないわけだ」


「……ええ、そうね」


 少しだけ目を細めて首肯したクラエルは、オレクテムの完了の声を聞いて自身も魔力を練った。そうして虚空に視線を彷徨わせること数秒、「見つけた」と彼女は呟いた。


「アビスと……良かったわね、傍にはアーデラもいるわ。見た限りでは無事のようよ。けれどこれ以上近づくとおそらく勘付かれるわ」


「そこにいるとわかっただけでも充分だよ。開いてくれるか?」


「ええ」


 つい、と軽やかに動かされたクラエルの指の軌跡に沿って円卓の間の一角に裂け目が開いた。オレクテムと協力するとかなりスムーズになるんだな、この魔法。先ほどは一長一短と言ったが総合的に見ると俺の転移より余程便利かもしれない。


「ちょっと待ちなさいよイデア──あんた、勝算はあるの?」


「勝算?」


 いきなりのティアラからの問いに思わずきょとんとすれば、もどかしいように彼女は身じろぎして。


「互角と言っても今のあんたとあいつじゃ五分じゃあないでしょう。ルナリスと私との二連戦。その明けの三戦目よ? 消耗を計算に入れたらどう考えてもあんたのほうが不利ってことになるじゃないの」


「ああ、そういう……君もお人好しだなティアラ。自分を負かした相手をそうやって心配するのか」


「何よ、つれない物言いしちゃって。私はこれでもあんたと仲良くなれたつもりなんだけど? この『至宝』の友人に認められたんだからもっと素直になって損はないわよ」


「ふふ──ありがとう、友よ。でも心配ご無用だ。確かに多少なりとも精神的な疲労はあるがこれぐらいなら戦うになんら支障はない。条件は五分と五分。それから、あえて当たり前のことを言わせてもらうが。俺に負けるつもりなんて毛頭ないよ」


「……あっそ。それならいいわ。次に私がリベンジするまで誰かに負けてもらっちゃ困るところだったけど、そうはならないって言うのなら。ちゃちゃっと勝って弟子を取り戻してきなさいよ」


「私からもひとつ言いたい」


 ティアラの言い終わりにすっくと席を立って、わざわざこちらに歩み寄ってくるディータ。その後ろから見るからにハラハラした様子の賢者ミモザもついてきたが、ディータはあくまで俺だけを見つめていた。


「なんだい? 君もリベンジの約束かな」


「違う。……イデアの知らないであろう、アビスの話」


「ほう」


 思わぬ切り口に興味を引かれれば。なんでもディータはその昔、俺に対してそうしたようにアビスにも喧嘩を売ったことがあるらしい。そんな真似をした切っ掛けまでは教えてくれなかったが──そも、聞かずともそちらは大方の想像がつくものでもある──拳を交えた感想については教えてくれた。


「勝敗はつかなかった。でも、あしらわれた・・・・・・という感覚がある。形だけで見れば痛み分けだったけれど、私はあれを自身の敗北と捉えている。そして忘れもしない、あのときアビスは……『お前で試しておくのも悪くない』と。確かにそう言った」


「試しておく。何をかな」


「まったく未知の領域。アレは私の城とも、ルナリスの異空間とも、ティアラの星空とも違う。きっとアビスにしか──あるいは、アビスとイデアにしか実現できない『領域の到達点』。私はそう考えている」


「……ふむ」


 領域の到達点、とは。なるほどなるほど。それはまた、とても気になるワードだね。


 あのアビスが技らしい技を開発したのか、と思うとそれだけでちょっと面白くすらある。だけどそれを言えば、実存世界こちらで魔力レーザーやら何やら、つい先刻にも魔力箱や魔力鎧なんてものを得意気に使用した俺も大概なのだが。と言っても理想領域あちらでの戦いというのがこういう技術的な工夫とは無縁のものだからなぁ。そもそも論で言うならエイドスそのものが、そしてその一部である俺やアビスという存在がまず、『争う』という行為にひどく向かないものであるので。


 闘争らしい闘争を行えるこちらに降りてきたなら、それは当然、戦うに適した己へと調整して然るべきというものだ。


「私たちの世界への影響。是非とも考慮して頂きたいものですね」


「ルナリス……ああ、わかっているさ。俺はいつだってそれに気を配っているし、アビスだって無茶はしたがらないだろうから」


「同意しかねます。あなたについても、アビスについても」


「ありゃ」


 信用がない。割と(何故か)好意的なディータやティアラとは違って、ルナリスの俺への嫌悪とも忌避ともつかない悪感情に変化はないようだ──ま、それが普通か。むしろステイラバートでの事態を思えばそれが悪化していないだけ、彼女もまたかなりの度量の広さを見せていると言っていい。とまれルナリスは信じてくれていないが、俺もアビスもいたずらに世界の境い目に罅を入れるような真似はしたくないというのは純然たる本音(のはず)なのでその点に関しても心配は無用である。


 まあ、少なくとも『いたずらには』ね。


「あ、あの」


「ん?」


「あっ、えっと……フォビイといいますっ」


 いや知っているが。と胡乱な目を向けてしまったことでフォビイはわたわたと慌てる。そろそろアビスの下へ向かいたいんだけどな、と思いながらも辛抱して言葉を必死に探している様子の彼女が落ち着くのを待てば。


「アビスさんとは、その……私も色々あって。私はいつも、怖くて何もできないんですけど……だから、イデアさん! が、頑張ってください! 応援してます……!」


「あ、うん……ありがとう?」


 謎のエールを貰ってしまった。ティアラたちが順繰りに俺へ声をかけたことで自分も何か言わなくてはいけない気分にでもなったのだろうか? それが果たせてむふー、と満足そうにしているフォビイの背後では、彼女の賢者であろう例の活発そうな印象の青年が申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。気にしないでくれ、と苦笑気味にはなったが笑顔で返しておいたところで。


「各々もういいかしら? なら行きましょう、イデア」


「おや、クラエル。君も来るつもりなのか」


「出口までは案内するわ。一応は術者もいたほうが安定するのよ」


「そうかい、それは助かるね」


 裂け目を潜る直前、振り返って円卓の間を再度見回す。魔女と賢者の面々はそれぞれの面持ちでこちらを見つめている。中でも一人、閉ざしたままの瞳でじっとこちらを見つめているオレクテムを俺からも見返して。しかし特に言うべき言葉も見つからなかったので、結局全員に向けて片手を上げて謝罪の意とした。


「すまないけど先にお暇させてもらおう。アーデラを取り返してもすぐに戻ってはこられないだろうから、後のことはお任せしたい。でも必ずまた会談に顔を出すつもりだから……まあ、そのときはどうか諸々ご容赦いただけるとありがたいかな」


 我ながら気楽かつ一方的な退席の言葉に、各員が一人一人違った表情を見せたところで裂け目へイン。こうして俺は初めて訪れたばかりの天空議場をいの一番に去ったのだった。



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