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136.争点

「そうね。ええ、本当に……メサイスが無事で良かったわ」


 自身の賢者が惨たらしく処分されていた場合を思ってだろう。トーンが一段下がった声で同調するクラエルの注意はルナリスへと向けられているようでその実、俺に対してこそ注がれている。ははーん、なるほど。


 俺はアーデラが何を仕出かしたか、完全に初耳として今聞かされているわけだが。どうもクラエルはそれを信用してくれていないようだな。アーデラのふざけた釈明を詭弁と切って捨てている以上は、俺との共謀を疑わないほうがどうかしているからそこはいいんだけど……問題になるのはここでの無罪証明が著しく難しいということ。何せ下手人のアーデラがとんずらをこいているせいで証言させられないし、仮にこの場に残っていたとしても、俺とあいつが共同犯的に行動を起こしていないと周囲に納得させるのは至難の業となるだろう──事前にそう主張しようと口裏を合わせていたようにしか見えないからね。参ったものだ、ますます俺の心証が悪くなってしまっている。


 さて、では会談の争点はどこになるのか?


「前提の共有とやらは終わりね? じゃあ言わせてもらうけど、結局のところ全て事もなしよね。オラールの被害を除けば私もルナリスもディータもこの通りピンピンしていることだし。もしもこれら全てがイデアとアーデラの策謀で行われた会談への侵略行為だったとしても、成果は何も上がっていないわ。つまり私たちの『勝ち』よ」


 本調子には程遠かろうに、ふふんと例の勝ち気な笑みで円卓を見回すティアラ。その背後ではルーインが酸っぱい物をいきなり口に放られたような顔をしている。すごく何か言いたげなのが伝わってくるが、彼は無言のまま声を出そうとはしない。その代わりに、こちらもティアラに負けず劣らず具合の悪そうなルナリスがやれやれと首を振って応じた。


「どこから訂正すればいいのやら……まず『ピンピンしている』という表現に異議を申したいところですがそこには目を瞑るとして。確かに私たちは骸を晒すことこそ避けられましたが、しかしたった一人の魔女に会談の約半数が落とされているのですよ。私もあなたも現状は力を存分に振るえず、ディータもまたそれに同じ。彼女の場合はアーデラに操作されていたのをクラエルが止む無く戦闘を介して解除した故ですが、そうなった原因はイデアにありますからね。つまるところティアラ、あなたらしく言うのであれば私たちは『負けている』のです。一魔女としてだけでなく、会談の構成員としても。クラエルがより重く見ているのは私闘の禁を破ったこと以上にこちらでしょう」


「そうね。そもそも魔女同士が戦うことを禁じているのは被害の大きさを懸念する以上に、会談の価値を貶めないためが主要。国の境なく人々を導く最高意思決定機関としての存在価値を守ろうとすれば口が裂けてもイデアの行いを喧伝するわけにはいかないわ。虚偽や隠蔽は好まないけれどそうとも言っていられないもの……ティアラとの決闘はなかったことにして、オラールの一件は非魔法使いの過激派が集った大規模テロとして片付けるしかない。モーデウスはそのために手筈を整えているところよ」


 その言葉に訳知り顔でルナリスとスクリットが頷いたので、クラエルは北方へ足を運ぶよりも前に既に彼女らと話しを付けていたのだとわかった。対応についてはもう悩む段階にない、か。ならここで論じられるべきはやはり、俺の罪の重さとそれに相応しい罰の決定になるのかな? と、そのように思ったのは俺だけではなかったらしい。


「待ってほしい」


 気怠げな顔付きながら、しかし瞳にだけはやけに爛々と力を宿したディータがなんの予兆も見せずにそう発言した。注目を集めた彼女はクラエルに対してだけでなく、場の全員に向けてゆったりとした喋り方で続けた。


「私は自らの意思でイデアに挑んだ。生死を賭して。場合によっては殺すことも殺されることも覚悟の上で。……話を聞く限り、それはルナリスもティアラも一緒。特にルナリスは望んでステイラバートを戦いの場に選んでいる……リスクを犯したのは自分。その結果の全てをイデアの責とするのは、納得がいかない」


「ま、道理よね。私はイデアを殺すつもりなんてサラサラなかったけど、でも手加減なんてものも一切しなかったし。だからイデアが私を始末しなかった点には感謝しているくらいよ。イデアがペナルティを負うなら当然、私たちも同条件ってことになるわ──ああ言うまでもなく、この『私たち』の中にはルナリス。あんたも入ってるから」


 思わぬ形での擁護意見……と言っていいのかどうかは微妙なところだが、とにかく俺にとっての追い風もないではないようだ。そう、意外に思われるかもしれないが三人の魔女との戦いにおいて俺から勝負を吹っ掛けたことは一度だってない。ディータは問答無用で城に攻め入ってきて、ルナリスは清風庵に俺を閉じ込めて、ティアラは会話よりも拳を交えることを選んだ。全て相手からの提案ないしは強制を俺が受け入れたことで戦闘が始まっている。そうなった発端はまた別として、少なくとも火蓋を切ったのは俺ではない。


 これに関しては反論もないようで、ティアラに名指しされながらもルナリスは口を開かなかった。返答したのはクラエルのほうだ。


「それは言われるまでもないことよ、イデアだけでなくディータだって元から審議対象だったのだから。……けれど、加えてルナリスとティアラも事を構えたからには審議者に相応しい資格を失っていることになる。私とフォビイだけで会談を開いたところで内議は行えないわ──何かしら、イデア? 別に挙手せずとも魔女であれば会談中の発言は自由よ」


「ああいや、発言じゃなくて質問なんだ。ただ内議の定義と条件が知りたいだけ」


「内議とは言葉通り、構成員に関する事柄を内々で評議することよ。それが罰則にかかわるのであれば審議になる。甚だ悪質な行為に対しては直ちに厳罰を与えるため内議を経ずに拘束する規則もあるけれど、これが実用された前例はないわ。あなたが本来の予定通り会談中にディータを操って暴れさせでもしたら、初めての適用例となったでしょうね。ちなみに内議を行う条件は審議対象者が証言可能であることと、審議者が三名以上いることよ」


「ふんふむ。よくわかったよ、どうもありがとう」


 思った以上にオーソドックスな会談規則に感心する。なんというか、魔女が誰も彼も一癖も二癖もある突飛な人物であるために、必然として『魔女会談マレフィキウム』もまた常識の通用しない一種の治外法権の場であると想像していたのだが。しかし意外にも彼女たちを縛るルールに関してはごくごく常識的な中身になっているではないか……よくぞ成り立たせたものだ、と会談発足当時に背負ったであろうクラエルの苦労がこの厳密さから偲ばれる。


「話を戻させてもらうわよ。現状は審議を一旦見送るのが妥当……というかそれ以外に手がない。だから、ディータ。何もこの場でイデアを一方的に裁くつもりはないと宣言しておきましょう。これで納得してもらえる?」


「わかった。それならいい」


「ちょっと待ちなさいよクラエル」


「今度は何かしら、ティアラ」


「オラールの件の処理の仕方も、審議についても。既にあんたの中で決定が成っているのならこの会談はなんのために開かれたものなのよ? 気持ちよく眠ってた私を叩き起こしてまで参加させているんだもの、事後報告で済むようなことだけじゃあないんでしょう?」


 うむ、そこは俺も気になっている。思いのほかルールが明確に定まっている上に、早急にやるべきことはクラエルが終わらせている。急ぎ話し合う必要のある事柄がもうないのだ。これでは臨時会などと銘打って開催されたこの会談の意義が不透明極まりない……それこそ組織としては、ここで腰を落ち着けるよりもアーデラを追いかけることを優先すべきなのではないか。


 だが先ほどクラエルはそれよりも優先順位の高いものがあると口にしたばかりだ。だからこそティアラも不可解そうにしてはいても聞く姿勢を保っているのだろう──そんな彼女に、クラエルは会談の第一人者に相応しい厳かさな態度で応じた。


「勿論のこと、この臨時会を開いたのには相応の理由がある。私は今日……、」


 言いかけた彼女が、急に明後日の方向を向いたので全員がそれに釣られてそちらを見れば。円卓の間の外苑にある柱の一本から姿を現わす影があった。


「オレクテム。体の具合はもういいの?」


「ええ、クラエル様。元よりそう大した傷でもありませんでしたから──どうか今からでも中央賢者としての責務を果たしたく。よろしいでしょうか」


「こちらこそお願いするわ。丁度いいタイミングでもあったことだし、すぐに始めましょう」


「畏まりました」


 ……ふむ。深く頭を下げて礼を執り、それから足早に件の浮島の如き一席へと急ぐ彼が中央賢者オレクテム。色素の薄い肌に、乳白色の髪色。一見すると女性のようにも思える中性的な顔立ちと何故か閉ざされた瞳が特徴的な、賢者の中でもキャラが立っている印象を受ける人物である。フラン君の背がもしも伸びるようなことがあればこういう雰囲気になりそうだ。


 だけど、なんだろうな。それだけではないのだ。俺が彼に感じているものは。しかしはっきりと言語化ができない。間違いなく初見であるはずなのに、こう……どことなく引っかかりのようなものを覚えるのは何が原因なのか。


 自分でも気付かぬうちにこめかみを指先で叩いていた俺の視線の先でオレクテムが着席するのと同時に、クラエルは改めて会談の参加者へ向けて言い放った。


「私は今日、あなたたちに黙っていたことを打ち明ける。それはそう、イデアが何者であるか。それからこの会談の設立と──私たち魔女の誕生にも関わるものよ」



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