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122.共同たるべし

 黒鉄の剣によって断裁されたいくつもの柱の間を抜けて無人の通路を進めば──やがて円卓の間に辿り着く。扉や壁の置かれていないその開放的な部屋に一歩踏み入ったアーデラは、頭上の一方から強大な魔力のうねりを感じ取ったことでちらりとそちらへ視線をやった。発生地は天空議場の外だ。堅牢かつ魔力を通さないように造られているはずのこの建物の内部にまで余波を届かせるとは、つくづく魔女とは馬鹿らしいまでに強力な存在である。


「ふふ、やってるやってる。これはきっとクラエル様の魔力だな……議場の柱を容易く斬ってしまえるディータ様もそうだが、やはり円卓に名を連ねる方々は一人の例外もなく恐ろしいものだ。──なあ、オレクテム殿? 君も同意してくれるだろうね?」


「…………」


 会議の進行者の如くに円卓を見渡せる、ひとつだけぽつんと離れた席に腰を下ろしている一人の男。特定の魔女に仕えることなくただ会談の補助にのみ係る例外的な賢者──中央賢者ことオレクテムは、アーデラからの問いかけに対して目を向けることをしなかった。……というより彼は常に、いついかなるときでも瞼を下ろしたまま決してその瞳を誰にも見せようとしないのだ。それを存じているアーデラは、無言のまま頑に円卓だけに正対せんとする彼の姿を見て笑みを深めた。


「何やらクラエル様が大変なご様子だが、君は助力しなくていいのかな」


「私はクラエル様の賢者ではありませんから……アーデラ殿こそ、そうすべきなのでは? ディータ様をお連れになられた責を最後まで果たすつもりがおありなら……」


「やはり聞いていたか。ここで君に隠し事はできないね。けれど、あの会話を盗み聞いておきながら見当違いをするのは如何なものか。私はあくまで会談中にディータ様が爆発・・するという誰にとっても良からぬ事態を未然に防ぐために、純粋なる善意のもとに行動したのだ。それを責などと詰られる謂れはないね。そして仮に力添えするにしても、だ。私ではきっとクラエル様の邪魔になってしまうだろう──いやいや、卑下をしているのではないよ。私とでは気も合わなければ息も合わないだろうと言っているんだ。その点、君は実質的に会談の設立者にして最高責任者であられるクラエル様のパートナーのようなもの……彼女の賢者であるメサイス殿よりも余程にね。戦闘においても呼吸はばっちりなんじゃないか? だとするなら、ディータ様を可及的速やかに! 黒樹の影響からお救いするためにも、今すぐにここを出てクラエル様へ加勢すべきなのではないかと。私はそう言っているんだがね」


「もう一度お答えしましょう。その役目はメサイス殿のもの。……私では戦力としてあなたとそう変わりありませんよ、アーデラ殿。クラエル様と息を合わせるなど──いえ、彼女に限らず魔女の皆様方とそのような行為が自分に可能であるなどと自惚れてはおりません。それ以前に、私にはクラエル様より指令が下っているのです。『オラールの探知を持続せよ』という指令が……魔女のお言葉には絶対遵守が原則。たとえ何があろうと、クラエル様ご自身からの撤回がない限りはそれに逆らうことは致しません」


「ふうん? 私はまたてっきりと、君に何か『戦うわけにはいかない理由』でもあるのかと思ったのだけれど。だってほら、私や他の賢者は君のそういう様を……戦闘や、それに準じる行いをしている場面を一度だって目にしたことがないからね。賢者には武力も求められる。いくら特殊な立ち位置だからとて、実力がまったく未知数の賢者なんておかしな話だろう? だから今も妙に勘ぐってしまったんだが。だけどそうか、先にクラエル様から命令が下っていたのなら仕方ない。当然その席から離れられるはずもないな──うん、納得だ。でも、オレクテム殿」


 こつこつと。まくしたてながらもわざとらしく響かせた足音をオレクテムの背後で止めたアーデラは、その肩を右腕で抱くようにして、そっと耳元へ顔を寄せてから囁いた。


「どうしても私は疑ってしまうんだよ。君のやっていることは本当に、クラエル様のためになるのかとね」


「…………、」


 再度の無言。表情を変えず、また至近距離のアーデラにもやはり視線を向けようとはせず。じっくりと彼女の言葉を飲み込み、反芻させるような間の後に彼はおもむろに口を開いた。


「何故そのようなことを仰るのかはわかりかねますが。しかしもしもあなたが、私がクラエル様の命に従うことを良しとしないのであれば……この場からあなたを退けることも辞さないつもりです。どんな意図があろうとも、魔女に背くことは絶対に許されない。とりわけ、中央賢者である私は会談を維持せんとするクラエル様の要望には、それがどれだけの無理難題であろうとも必ずお応えせねばならないのですから。その使命を全うさせて頂きます」


「ほほう。ご立派な忠誠心を披露してくれるじゃないか、オレクテム殿。お見事だと言いたいが……『退ける』とは。つまり君はそれができると確信しているわけだね。この私を相手に、戦うことを辞さず、また勝利を必ず掴めるものだと?」


「どう受け取るかはあなたの自由です」


「ならば、今ここで仕掛けてこようとも一向に構わない──君がそう言っているのだと解釈してしまっても?」


「ええ──それこそ一向に構わない。アーデラ殿。あなたが引き金を引くのであれば、私はそれに対応するのみ」


「そうかい。なら選択権は私にあるということだね」


「そうなりますね。しかしこれだけは言わせて頂きたく……どうぞお選びには重々の覚悟の上で」


「…………」


 段々と声音を硬質なものに変化させていくオレクテムの、最後の警告とも取れるその言葉にアーデラもしばし黙った。唐突にキンと張り詰めた沈黙が円卓の間へと訪れ──そして唐突に去っていく。どこか痛々しいまでの静寂を破ったのは、その雰囲気に似つかわしくない「あっはっは」という明るい笑い声だった。


「これ以上ふざけるのはやめておこうかな」


「……」


 ぱっと腕と身を離して、それから自身の正面に回り込んできたアーデラに対してオレクテムは眉根を寄せ、はっきりと怪訝の感情を示した。その反応に彼女は両手を広げた少しばかり大袈裟な所作で応じる。


「からかってしまってすまないオレクテム殿。クラエル様がディータ様を無力化させて戻ってくるまでの間、私が少しでも君の退屈を埋めてあげられればと思ってね……心にもないことを言わせてもらった。勿論、君とクラエル様の信頼関係を疑ってなどいないし、任されたお仕事の邪魔をしようなどとも企んでいないから安心したまえ。ん、どうしてクラエル様が勝つと確信しているのか? それはそうだろう、ディータ様も能力に制限などないとはいえ、その身体を動かしているのはほぼほぼ黒樹なのだからね。あんな状態に負けてしまうようでは魔女の肩書きは即刻返上すべきだ。ああ、言うまでもなくこれはクラエル様の勝利を不安視していないからこその発言であって、妙な含意はないことを強調させてもらうよ」


「……クラエル様も仰っていたように。随分と、イデア様の御業である黒樹にお詳しいようですね」


「何か変かな? 一番弟子の私が、師の得意とする技術に関してよく知っていることが。むしろここで変に隠し立てするほうがおかしいだろう。会談の仲間を相手にまさかそんな、とても口に出せないような秘密なんて──持つはずがない」


 なあ、オレクテム殿?


 再びの問いかけ。アーデラが真っ直ぐに自分を見つめていることを──その目がこちらを覗き込むようにしていることを、視線を交わさずしてオレクテムは悟り。軽く息を吐きつつそれに答えた。


「無論です。個々人のスタンスに差異あれど、『会談は大志をひとつとする集いであり、その構成員は会談の運営理念の下すべからく共同たるべし』……十二箇条の一は主要構成員である魔女のみならず私たち賢者にも適用されるもの。即ち、嘘や偽りは円卓に持ち込んではいけないものだということです。アーデラ殿、あなたに言われるまでもなくこれを破る者はいないでしょう」


 あなた以外には、と。


 あえて省かれたそんな締め括りの言葉を、しかし行間を読むことでしっかりと聞いてしまったアーデラはやれやれと肩をすくめる。それもまた実に芝居がかった動きであったが、オレクテムも彼女の人を食ったような態度を指摘しようとはしなかった。代わりに彼は自分からも質問を行う。


「ディータ様へのイデア様の仕打ちは報復の域を超えています。不都合となった場合に会談を破綻させる狙いがあったことも発覚しました。これらは魔女と言えど審議対象に許された行為ではありません。しかし、イデア様の目論見通りであればこの事実に私たちが先んじて気付くことはなかったでしょう。それこそディータ様が黒樹に乗っ取られて暴れ出すそのときまでは。それほどまでに種は巧妙に隠されていた……発覚したのはあなたが原因です。結局のところ、どちらなのですか?」


「どちら、とは?」


「あなたが与するのは会談なのか、『始原』なのか。それとも──」



◇◇◇



「やあティアラ。少し待たせたかな」


「──あんたと別れてからもう四十五分。十五分の遅刻よ、イデア」


「悪いね、ちょっと思いのほか話し込んでしまって」


 それにしても、君は意外と細かいんだね。と黒い少女が言えば。ふん! と金と銀で彩られた少女が盛大に鼻を鳴らす。


 北方の地、日常のように二人の魔女が遊び場・・・として使う荒れ果てた大地の上空にて、始原の魔女と至宝の魔女は向かい合った。



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― 新着の感想 ―
15分の遅刻は魔女同志であるなら、理由があったとしても、格上である自覚がなければ出来ない遅刻だと思われますね。
[一言] 性格が悪すぎて笑う
[一言] もしかして気が合いそうな二人?
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