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119.魔女あるところに

 クアラルブルへ持たせたトーテムの下へぴょんと跳べば、そこには彼女だけでなくイーディスも揃っていた。あと、ついでに灰色の死体人形もどっさりと。ちょっとしたズレはあったものの、作戦の終了を感じ取っていち早く待機していてくれたようだ。その判断を下したクアラルブルの目敏さは非常に助かるね……明かりの点いていない寮室で息を潜める時間は非常に退屈だったことだろう。


「いえいえー、集合したのはついさっきですから。その直前まではすごく大変でしたがー」


「クアラルブル先生は危うくモーデウス先生に捕まるところだったようですよ、イデア様」


「モーデウスね……そりゃそうなるか。彼も俺がどうにかするべきだったかな? でも、賢者を相手に逃げきれたんだから大したものじゃないか」


「とーっても手加減されてましたけどねー……イデア様があのタイミングで管理塔を破壊してくれなかったら完全にアウトでしたー」


 んー……管理塔をぶっ壊したのはルナリスなのだがな。とはいえそれに使われた魔力には俺の高次魔力も多分に含まれているし、何よりルナリスがそうした原因はあそこへ俺が訪れたことにあるので、まあ。責任は半々ってところかな。待ち構える選択をしたのは向こうなのだから割合としてはそんなものだろう。


 背負っているミルコットは動かないが無事なのか、そして肝心の目的は達せたのかと問うてくる彼女たちに、ちゃんと生きているしちゃんと達成できたよと答える。実際、知りたいことは知れたからね。あの清風庵でのやり取りで得られたものは多い……それと同時に新たな謎もまたいくつか抱えることになってしまったわけだが、それはここで言わずとも良いことだろう。


「清風庵? 管理塔の地下にはそんなものがあったのですか。ええ勿論、その名に関してもまったく初耳のことですねー」


「私もです。そもそもイデア様が管理塔でなくその地下を目指されていたというのも今初めて知ったのですけど」


 詳しく聞かされていなかったことに不満を覗かせるイーディスは一旦スルーさせてもらうとして、だ。


 地下空間の存在すら存じていなかったクアラルブルのこと、そこに学院島全体に張り巡らされた巨大魔法陣の基礎となるもうひとつの魔法陣があり、更にその下部にはそれのエネルギー源たる魔力の貯蔵室があったこともまた当然に知らなかった。そして教師である彼女がそんな有様なのだから、イーディスもそれに同じくだ。


 どこの学校にもありがちな七不思議の如く生徒の間で多様な──それが真実に基づいたものにしろ根も葉もないホラ話にしろ──噂の行き交いに絶えないステイラバートではあるが、俺が確かめた限りその中に地下室の話題はなかった。いつだったか「管理塔のどこかにはこの学院島を空に浮かべて移動させるためのコックピットがある」という魔法陣の真相と若干掠っていなくもない妙にエキセントリックな噂を耳にしたこともあるが、これは偶然だと思う。


 おそらく清風庵について存じていたのは名誉理事長ルナリスと院長モーデウス、それから一応の可能性があるのは副院長くらいか。学校側ではこの三名で最大といったところだろう。日々ステイラバートという施設の利用・維持のために関わっている人数の多さを思えば物凄く厳重な秘密であったと言える。しかし当たり前だ、何せ清風庵は『月光の魔女』の秘部にして恥部のようなもの。彼女自身が大規模な意識操作や動力源に定期供給される人間(それも俺と同じく『誘い込まれた』連中)を用いていることに深い、それでいて自覚のない負い目を抱いている以上は、間違っても身近な信の置ける数名以外には知られてはならない事実である。


 そんな重要な場所に俺を自ら呼びつけたも同然の彼女の行動は、運が良ければ真月球の存在だけは隠し通せる見込みもあると考えてのものだったのだろうが……まあそうした時点で俺をそのまま帰すつもりはなかったってことっすな。最初こそまるで対話だけで終わらせてもいいような口振りであったけれど、本当のところそんな気などさらさらなく、本心としてはこちらの矯正だけを端からの目的にしていたのだろう。つまり俺のほうは物騒な発言をしつつも彼女の出方次第では本当に対話のみに終わり帰るつもりでいたのに対し、ルナリスのほうこそ一見それを望んでいるようでいて内心は戦る気満々だった──言うこととやっていることがまるきりあべこべであったのだ。なんだかおかしな話だけれど。


 ディータの例もあるし、ひょっとすると魔女というのはとても好戦的な生き物なのではないか? クラエルとフォビイは頭数の有利があっても襲い掛かってくるような真似はしなかったのだが、それだってあくまで瀕死のディータの回収を第一とする狙いあってのものであり、そうでなければ──つまり俺がディータを死なせていれば──あの場で連戦になっていた可能性も決して低くはないのだ。


 まあ、力があるとどうしてもそれを振るう方向に引っ張られてしまうものだからね。使わずに済む場面でもついついやっちゃう、というのは俺もそうなので共感はできる。これは何も魔女に限った話ではなく、かつての支配者である竜がまさしくそういった振る舞いをする……というかそういった振る舞いしかしない暴君たちであったために、もはやこれは絶対の法則と言っていい。


 即ち、魔女ちからあるところに戦いは起きるという法則。


「──というわけで、急遽としてティアラとの約束ができた。俺はすぐに北方に向かわなくちゃいけないわけだけど、その前に二人を新王国へ送っておこうと思う」


 ルナリスとの決着と、ティアラの闖入。そして彼女と行なった人質交換並びにそこでのやり取り。それを手短に話し終えれば、クアラルブルもイーディスも悩ましげに唸った。


「なるほどー、だからミルコットさんは半裸のまま眠ってるんですねー……街のほうで起きた爆発は『至宝の魔女』様のものでしたか」


「ああ。余程こっぴどくやられたんだろうな、このぐっすり具合を見るに。だけどモーデウスに粘った君と同じくミルコットも魔女を相手によく頑張ってくれたよ」


 増殖魔法のためにミルコットは普段から厚着せず、伸縮性重視で選ばれた衣服を身に着ているが、今の彼女はもはや薄着とかいうレベルではなくその男好きのする肢体を大胆過ぎるほどに曝け出している状態だ。とても嫁入り前の娘がやっていい恰好ではない。が、これは奮闘の証でもあるわけで。


 それを讃える意味も込めて肩からローブをかけてやってそれとなく隠しているわけだが、うん。俺の背丈に合わせた代物では覆うのに無理があるというか、気休めもいいところである。特に胸のあたりがまったく隠し切れていない……改めて見ると本当に胸囲がヤバいなぁこいつ。俺の魔力だけで育ってよくもまあこんなナイスバディになったものだ。同じ境遇ながらに発育で悩んでいるノヴァからすると納得いかないだろうな。


「それよりも『至宝』とのお約束のことですが……どうしても北方へイデア様が出向かなくてはならないのでしょうか?」


 ベッドに横たえたミルコットの起伏激しいボディを眺めてクアラルブルと二人でいたく感心していたところ、イーディスが至極冷静に話を戻してくれた。おっとと、いつの間にか魔性の肉体美にやられてしまっていたか。危ない危ない。


「イーディスの懸念はわかっているつもりだよ。それは俺も考えたことだ──けど、ティアラを見るに妙な罠の用意はないと判断した。そもそも一対一で話そうと提案したのは俺のほうだからね。場所の指定くらいは向こうにさせるさ」


「争いになる可能性はないのですかー?」


「さてね……問答無用で挑んでこなかっただけ、ああ見えて意外と話の通じる奴なんじゃないかとは思っているんだが」


 しかし断定はできない。クラエルがそうしたように──ティアラの場合その意義は不明だが──あの場で拳を握らなかったのはルナリスの安全な回収に拘ったが故の自制心だったかもしれないわけで、だとすればその枷がなくなった途端。要するに俺が彼女に預けたトーテムの下へ跳んだその瞬間、力の限りに殴りかかってくるのではないかと疑うこともできる。


「イデア様は管理塔地下にルナリス様がいることを想定しておられたのですよねー?」


「まあ、九割方の予想でね」


「その上で『なるべくなら戦闘を控えるようにするつもりだ』と仰っていましたよねー……ルナリス様にしろ誰にしろ、立ち塞がる人物がいたとしても、その人物だってこの島で争うことは望まないはずだと」


「あー……うん、言ったね」


「でも結果としてはこの通り、ですよね。本当にティアラ様と交戦せずに済むとお思いですかー? 私の知るところによれば、彼女はルナリス様と日常の如くに魔法戦を行っている魔女の中でもとびきりの──言うなれば『戦闘狂』です。ジャンキーですよ、ジャンキー。お言葉ですが話の通じる相手とはとても思えないですよー?」


「それとイデア様。北方へ向かうにしても王城にいらっしゃる配下の方々にも伝えてから、になりますよね? だとしたら流石に反対の声も上がるのではないかと」


「ううむ」


 今度は俺が唸る番だった。確かにセリア辺りはかなり怒りそうだ。何せルナリスと事を構えたのがまず事後承諾で決行されたものだからね……つまり今日のことをこれから話し、追加でそこに「今からティアラんとこ行ってくるから」と付け足さねばならないわけで。トーテムを通じての定期連絡ではちょっとだけ色を付けており、あくまでも平和裏の潜入に務めていることになっている以上少しばかり──いやだいぶバツの悪いところではある。


 ええい、こうなれば。


「もうすぐ四時か。最近じゃセリアも王城に泊まり込むようになったしまだ作業しているかもだね……ならこうしよう。まず君ら二人と、ついでにミルコットをみんなに紹介する。そして俺はすぐに出発する」


 え? という顔をするクアラルブルとイーディスに、俺は「だって時間もあまりないしさ」と自分でも言い訳がましいとしか思えない台詞を紡ぐ。


「セリアたちへの釈明、もとい説明は任せたよ。これが君らの王城入り最初の仕事だ」


 えー、という顔をするクアラルブルとイーディスにぐっとサムズアップを返して、それからいそいそと転移の準備に入った。と言っても持っていきたい荷物は二人ともまとめてここに置いてあるので、それを手に持たせるだけでいい。ミルコットに関しては着の身着のままだ。男の一人旅以上に身軽なのすごいね。


「さようならメギスティン」


 忘れずに人形も収納空間へ仕舞い、なんとなく別れの言葉を残して俺たちは新王国へと跳んだ。もっと感慨があるはずの二人は無言だったあたり、それを感じていたのはもしかすると俺だけだったのかもしれないが。ともあれ、思いのほか長くなったメギスティン旅行の最後であった。



◇◇◇



 イデアが長丁場となった潜入を終えて自らの名を冠する国へ帰還する前後、『魔女会談マレフィキウム』の会場たる天空議場にて。


「……アーデラ」


「ふふ──なんです? クラエル様」


 怒りに染まった険しい目付きを向ける晴嵐の魔女クラエルと、それに対し涼しい笑顔を返す賢者アーデラの姿がそこにはあった。


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