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102.決行

 クアラルブルの指摘はもっともなものだ。セリアの言葉を思い出せば、死体の加工・操作を並行して行うのは彫像を動かすのと比べ物にならないほどの高難度であるらしい……少なくとも既存の魔法体系では実現が難しく、しかも複数体を同時に操るとなれば一般的な魔法使いには不可能と言ってもいいくらいにまず『成し得ない』ことなのだろう。


 いくら受けている教育の水準が高く最新機能を備えた杖を携えていると言っても、ステイラバート生とて他の魔法使いを置き去りにするほど特別ではない。この学術院の指導は確かに優れているが、だがそれは上限の突破よりも成長の速度に重きを置いたもの。三回生という低学年時点で既に魔法戦を意識してそれなりに経験を積んでいることからも明らかなように、成長を早める、早熟させるのが主な狙いであって、それはつまり全体平均の向上を目指す方策である。


 私塾レベルの至極小規模な学校であればこそ可能となる、個人のパーソナリティに寄り添った教育というのがまったくできていない。科を分けることで必要最低限の措置としているものの、俺からすると一律的な指導で魔法使いを量産するやり方自体が魔法使いの本質に寄り添っていないものだと思う……別にステイラバートの方針を否定するわけではなく、あくまで量産に拘るのならこれ以外にないのもまた事実だ。理想を言えば生徒一人に付き専任の師が一人は欲しい。が、学校の形態でそうするとなると例えば千人の生徒に対し千人超の教員が必要となってしまって、それが如何に現実的でないかは論をまたない。


 しかしここで肝心のイーディスはどうなのかと立ち返れば、彼女には専任の指導者がついているではないか──そう、俺のことだ。同調の間、授業を通して俺は彼女に魔力の使い方や魔法式の組み方について効果的な手法をいくつか教えている。それだけでも他生徒より一歩抜きんでていることは確かで、そして何より同調の行為自体に大きな意味がある。何せ日中は常に操作されている彼女だ。上手に操られる術を心得ているイーディスならば、少し学べば上手に操る術も難なく身に着けてくれることだろう。操作している側の俺の感覚だって得ているのだからこれは希望論以上に蓋然性の高い推測である、と。


 懸念を示したクアラルブルにそういった考えを伝えれば公算があるならよしと納得してくれたし、それでも納得しなかったミルコットについては問答無用で頷かせた。それからイーディス本人にも話を持ち掛けたところ、予想通りに彼女は即答でOKを返してきた……だけでなく、決行に当たってもしも足手纏いになるようなら捨て置いてくれて構わないとまで言ってのけた。そう語る彼女の瞳は俺の足を引っ張るくらいなら切り捨てられたほうがマシだと本心から思っているのがよくわかるほどに据わっており、それと同時に決してヘマなどしないという決意も強く感じさせるものであった。


 そんなこんなで計画立案から瞬く間に実行当日を迎えたのである。やると決めたからにはとっととやりたいからね。のんびりと体験入学していたのを思えば我ながら信じられないくらいのスピード感ではあるが、まあ良い契機だったのだと思おう。イーディスやクアラルブルの言葉を聞いていなければ本当に会談直前までずるずると学生生活を満喫してしまっていたかもしれないし。俺は基本、必要に迫られなければ何もしない自堕落なタイプなものだから。


 で、だ。それぞれの配置に別れて一斉に動き出すのが今作戦の肝であるのだけど、そのための下準備で俺は校舎内を走り回っているところだ──十五体の動死体を最大限の効率で運用するにはどうするのがベストか? それを考慮したとき、勿論この学術院を陥落させるのが目的であれば一塊にして重要拠点へと進軍させるべきなのだろうが、今回彼らに期待するのは目晦まし。つまりはできるだけ広く浅く混乱を招いてほしいわけで、だとするなら一体ずつ異なる場所に置いて適度に暴れさせたほうがよかろう。という考えに則って仕込みを行っているところなのである。


 動くそのときまでバレないように隠密の魔法をかけて、十五体目の設置をたった今終えた。そこで俺はすぐ傍の建物の天辺にまで昇り、眼下の景色を確かめながらイーディスへ──正確にはその体内の黒樹アンテナに──意識を繋げた。


「準備完了。そっちはどう?」


『はい……感覚の同期は全個体とつつがなく行なえているようです、イデア様』


「ん、それはいいけど……緊張しているようだねイーディス」


 イーディスが子供らしからぬ口調で話すのはいつものことだが。しかし聞こえてきたいつにも増して固い声音にそう指摘すれば、図星だったのだろう。息を呑む気配が伝わってきた。


『……申し訳ありません。いざその時になって弱気になるなんて、論外ですよね』


「いいや? 大事の前に程よい緊張感はあって然るべきだろう。リラックスできているに越したことはないけれど、それが過ぎて遊び半分でやられるほうが困るしさ。ただ、イーディス。君が何をそんなに恐れることがあるのか聞いても?」


『勿論、イデア様の邪魔をしてしまうことです。それだけは決して、何があっても許されないことでしょう』


「はは、つくづく自信家だな」


『え……?』


「言わせてもらうと、その自惚れこそが枷だよ。君がどんな失敗をしたとてどうにかなる俺じゃあないし、それは成功においてもまた然りだ。改めて今宵何が起ころうと君を必ず城に連れ去ることを約束しよう。だから君は肩の力を抜いて、のびのびと動死体を操作してくれればそれでいいんだ──安心できたか?」


『──うふふ。ええ、ええイデア様。イーディスはとても安心できました……今ならなんだってできてしまいそうなほどに』


「ならよかった。まあイーディスなら実際なんの心配もいらないよ。俺と違って並列思考も得意なようだしさ」


 魔法使いが持つべき才能のひとつ、マルチタスク。同調によって感覚的な操作を可能としていると言っても、操るべき総数は十五。普段はひとつの肉体しか動かさない人間にとって──そりゃそうだとしか言えないが──これはなかなかの難関である。はずが。そういう才能が元からあったのか、それともこれも同調による浸透具合の影響なのか。イーディスはちょっとの練習であっさりとその技術をマスターしてしまった。要するに彼女は俺が思っていた以上の適性をまざまざと見せつけてくれたのだ……うむ、良き誤算の多いこと素晴らしき哉。


「動死体は硬くて強い。そうなるように魔化したからね。一発殴られたくらいじゃどうってことないし、一発殴ればそこらの壁ぐらい難なく壊せる……それ以上のことはできないが、それだけでも充分だ。拘束系の魔法に気を付けてできるだけ長く囮を務められるようにしてくれ」


『了解しております。管理塔含め特定の建物には近づかないこと、死傷者をなるべく出さないことがルールでしたよね』


「ああ、他の二人にも同じことを言ってある。できることならこの夜、島内に死者は出て欲しくない……ただそれだけにクアラルブルの罠がどの程度教員を引き付けられるかでタイムリミットも変わってくるだろうな」


 職員棟で騒ぎを起こしてくれ、と指示したのは俺なのだが。そこで具体的に何をどうするかはクアラルブルから聞き及んでいない。しかしイーディスと同じく彼女に関しても心配は無用のことだろう。本人ができると言ったからにはできるはずだ。


 なので強いて作戦における不安要素を挙げるとすれば、そこはやはり我が弟子ミルコットということになる。


『そういえば、ミルコットさんの担当はどちらなんですか?』


「応援を阻止するために市内のガーディアンズ本社を叩くよう頼んである。そっちでもできるだけ人死には避けろと言ったけど、どこまで聞いてくれるかな……そういう意味でもちょっと不安だ」


 ちらっと聞いた感じだと、ミルコットは所属している警備会社に対して結構な不満を持っているらしいのだ。下っ端にしたって待遇が悪すぎるとかなんとか……クアラルブルは余所者だとこの国ではどこも始めはそんなものだと言っていたので、特段彼女がイビられているとかそういうわけではないようだけれど、しかし食費に苦しむミルコットからすれば勤め始めて数年経っても新入り扱いで、未だ給与が低いまま一向に改善される見込みもないとなれば苛立ちも募ろうというもの。不審者(俺)の気配を感じた途端に殺意むんむんで襲いかかってきたのもそういった鬱憤の蓄積と無関係ではないかもしれない……まあ、それはともかくとして。


 俺からの命令であるのをいいことに退職金代わりの仕返しをついついやり過ぎてしまわないかがちと怖いのだ。泣き虫な癖して意外と気が強いからな、ミルコットのやつ。どうか暴走しないでもらいたいが、こればっかりは彼女の自制心を信じるしかない。


『もしそうなった場合……いえそうでなくても、騒動を仕組んだのがイデア様だと露呈してしまったとしたらどうなさるおつもりなんですか? イデア様は『魔女会談マレフィキウム』への出席を控えているのですよね』


「立場が悪くなってしまう、か? いや無問題だ。そっちも心配ご無用、俺にはちゃんとアイディアがあるからね」


 それは立場の悪化を防ぐためのアイディアとはまったくの別物なのだが、イーディスはそうと受け取ったようで『差し出がましいことを口にしました』と謝罪してそれ以上言及してこなかった。まあ、深掘りされたところで答えるつもりもなかったのだけれど。


「そろそろか。いつもなら君はぐっすりの時間だけど、眠気は大丈夫かな?」


『もう、イデア様。こんな時に子供扱いはおよしになってください』


「ふふ、ごめんごめん。それじゃあ始めようか──」


 AM二時半。休日明けの気怠い夜、約六時間後には授業が始まるというタイミングで俺たち『イデア一派』の作戦は開始された。



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