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100.お師匠様お師匠様

100話記念カキコ

「最初はお師匠様に見放されたんだと思ったんです……私のことなんてどうでもよくなったから追い出すんだろうって。でも、それは誤解だと気付きました。私を見送るお師匠様が『強くなれ』って言ってくれたから、じゃあ強くなれたならいつか迎えにきてくれるんだって……きっと常にどこかから私のことを見守ってくれているんだって、そう信じてたんです。だから、一人きりでも頑張れた。辛いのも寂しいのもお師匠様が見てると思ったから耐えられたんです。……うぅ。なのに、なのにお師匠様は、私がどこで何をしてるかなんて知らなかった。ちっとも興味なんてなかったんですね……やっぱり私は見放されたんですか、お師匠様?!」


「それは──」


 誤解だと言おうとしたのだが、ミルコットが勢いよく腰に抱き付いてきたことで遮られる。ぬぐ、すごいパワーだ。強化なしの俺じゃ強化なしのミルコットにまったく太刀打ちできないな。


「言わないでお師匠様! そして私を拾い直してください……! 悪いところは全部直しますから、言うこともなんだって聞きますから! ……だから見捨てないでお師匠様。お願いです、お願いです……どうかまた私を可愛がってくださいお師匠様ぁ」


「わ、わかったわかった。わかったからそう興奮するなミルコット。あと顔で俺の腹をぐりぐりしないでくれ」


 呆れつつも、ちょっと心配になる。以前に増してミルコットの甘え方が激しい気がする。やはり言っているように、ありもしない俺の視線を感じていたからこそ耐えられたものの、彼女にとって一人旅の孤独は相当にこたえるものだったということか。どうも心が限界にきているようだ……まあ、トドメになったのは俺に放ったらかしにされていたことを知ってしまったせいだとは思うが。そうでなければこうも泣き喚くこともなかったろう、さすがに。


 ミルコットが人並み以上に得意とするのが何かと言えば、それこそ前述した戦闘か大食いぐらいしかない。メギスティンを訪れる以前、どこの地でも路銀稼ぎにやれることと言えば今やっているような仕事と大差ないものばかりだったろう。適性はともかく、本人の性格から切った張ったの緊張感を味わうのが大きな負担であることは間違いなく、そりゃあ精神的な損耗を避けられるはずもない。


 彼女の弟弟子であり先に森を出たノヴァが一人でも立派にやっていることを思えば、ミルコットは姉弟子としてなんとも不甲斐なく、その姿を嘆かわしいと思わないでもないが。とはいえ言ったように人には向き不向きがある。彼女に向かないことをさせて追い詰めたのは俺なのだからここで非道にも詰ったりはすまい。


 旅に出させたことを後悔したりはしないが、しかしミルコットに限っては監視の目をつけてやったほうが本人のためにもよかったかもしれない、とその点については俺も大いに反省しておこう。


「それでお前はどうしたいんだ?」


 なるべく優しくそう訊ねてみれば、ミルコットは俺の腹に顔をうずめたままでぼそぼそと喋る。くすぐったい。


「私たちの森に……帰りたい。またお師匠様と暮らしたい、です。お師匠様に修行をつけてもらって、お師匠様のご飯を食べて、お師匠様と洗いっこして、お師匠様のベッドで一緒に眠って……あの頃に戻りたいよう」


「そうか。でもミルコット、お前の知っている我が家はとっくになくなっていてだな」


「え!?」


「別の場所に新しく黒い森は作ったけどさ。でも俺たちが過ごしたあのログハウスはもうどこにもない。完全に解体してしまって、俺も今は新居に移っているんだ」


 実はその新居にもほとんど寄り付いていないんだけども。建てた当初こそ毎日のように転移で帰っていたが──その理由の大半は地下室の様子を見ることにあったのは言うまでもない──最近はごたごたしていて、新たな実験対象(フラン君)が王城のほうにいることもあって俺も城に籠り切りになる日が少なくない。マニも傍に置いているので結局のところ、気合いを入れて建てたせっかくの新居は現在ゴーストハウスも同然の有り様となっている。……そんな持て余し気味の物件が眠る森を『魔女の棲み処』としてリーナが商魂逞しく観光客を呼び寄せているのかと思うと、なんだか妙な気分である。


 思い出の自宅が自身不在の間に消失したと知ったミルコットはようやく腹から顔を上げて、多大なショックを受けていることがよく伝わる呆然とした表情でしばし俺のことを見つめていたが。


「た──たとえあのお家じゃなくなって、いいです。どこでもいい。お師匠様さえ居てくれるならそれでいいんです。だからお師匠様、お願いですからミルをもう捨てないで……」


 捨ててないんだよなぁ。そんな勿体ないことを俺がするはずもない。とはいえそう告げたところで、一人称が幼児期のそれに退行するほどに強く思い込んでしまったミルコットの誤認を解くのは甚だ難しい。言葉だけではまず叶わないだろうな──いつだって行動が伴うのだ、人に向き合うという行為には。


「だけどミルコット、覚えていないのか? 一本だ。たった一本でも俺から取れたならお前の命令をひとつだけ、なんだってどんなことだって聞いてやると約束したはずだ。その権利さえ得てしまえばそう必死になって頼み込まなくたっていいんだぞ。勝って俺に命じればいいんだ……『一生傍にいろ』ってさ」


 束縛されるのは嫌いだ。だがそれは俺の意思なくしての話。俺は相手が敵でもない限り交わした約束を破ることなど(なるべく)しない。なのでミルコットの命令権も、一度自分でそうすると決めたのだから、たとえ長く俺を縛り付けるような内容を言い渡されたとしても粛々と従うつもりだ。これはいまひとつハングリー精神に欠ける彼女から熱意を引き出すべくして俺から言い出したことではあるが(そしてそれなりに当時は効果も見られたが)、幸いと言うべきかどうか今のところ修行において彼女から一本取られた経験はない。


 なんてことを思いながら昔の約束を引っ張り出した俺に、ミルコットはむうと唇を尖らせた。


「無理。お師匠様から一本取るなんて絶対できないもん。子供の頃は騙されたけど、もうそんなの叶えられっこないってわかってるんですからね」


「そんなことはない。どんなに実力差があろうと油断ひとつで天秤が引っ繰り返ることなんてままあるだろ? 俺からすれば弟子を相手に本調子で気を張るなんてことできやしないんだし、ミルコットにだってチャンスは充分にあるさ」


 それになんのかのと言っても、弟子にはついつい甘くしてしまう俺だ。それはミルコットに限った話ではないが、彼女はこういう子だから余計にキツく当たれない。師としてあまりよろしくないことかもしれないが、まあ、俺には俺の教育方針がある。どのみち一般的な魔法使いの師弟と同じようにやれるはずもないので、好きに育てる以外にはないのだ。


「どうだいミルコット。場所を変えて久しぶりにひと勝負してみないか? そこで勝ってしまえば俺は言いなりだよ」


「絶対負けるからヤです! そんなの無しでもミルとずっと一緒にいましょうよぉ~、お師匠様ぁ~」


 むむ、聞く耳持たずか。もう少ししっかりと彼女の成長ぶりを確かめたかったのだが……そしてもしもこの提案に乗ってくるようならわざと一本取られてもいいかな、と思っていたんだけどね。けれどミルコットはあくまで勝負の土俵に上がらず、交渉もへったくれもなしに駄々をこねるだけで元の生活を取り戻さんとしている。ある意味見上げた根性だ。


 いやまあ。改めて可愛がるまでもなく可愛い可愛い弟子のこと、本人がそれを望むのならまた庇護下に置き直すくらいのことは全然構わないのだが。なんだったらボストンマリッジよろしくミルコットがその生涯を終えるまで寄り添ってやってもいいくらいだ……が、それには俺が彼女の保護者としての責任しか持っていなかった頃ならば、という注釈がつく。さすがに今の立場からするとそんな真似はしてやれない。なので本当の意味でなんでも聞いてやるわけにはいかないので、一番いいのは。


「ときにミルコット。お前ひょっとして何も知らないのか?」


「? 何をですか?」


「そうだな……まず『イデア新王国』に聞き覚えは?」


「いであしんおーこく? 聞いたことあるようなないような……」


 あってもなくても一緒だな、これでは。驚いたことに一応はメギスティンに腰を落ち着けながらも彼女は『始原の魔女』関連の最近のトピックをまったく掴めていなかった。それだけ昼夜問わずの激務に励んでいた、という好意的な受け取り方もできはするが──それもひたすらに食費を賄うためだと思うと少しばかり力が抜けてしまうものの──けれど彼女の場合は単に情勢をキャッチする感度が著しく低いせいだな。育てた俺が言うのだから間違いない。


「うーん、説明が面倒臭い……」


 それにそろそろこの場から離れておいたほうがいいだろうしな、と考えたところでふとあることを思い付いた俺は、トーテムに合図を送りつつミルコットの両脇から手を入れて立たせた。


「よしよし、備えていてくれたか。それじゃあ跳ぶぞミルコット」


「え、え? どこにですかお師匠様? 森に?」


「違うよ。クアラルブル──俺の協力者のところだ」


 彼女に丸投げてしまおう。



◇◇◇



「はあ、まあいいですけどー」


 ちょっと呆れたようにしながらもクアラルブルは新王国の設立から現在に至るまでの大まかな流れを教師らしい非常にまとまった話しぶりで、無知な生徒へと知識を授けてくれた。外から見える範囲での出来事なのでところどころ当事者である俺の補足も混ぜる必要はあったが、最も効率的な説明の仕方ができたんじゃないかと思う。その末に、ミルコットはふんふんと鼻息も荒く言った。


「お師匠様って『イデア』ってお名前だったんですか!?」


「これだけ聞かされて反応するところそこなんだ」


「だってお師匠様にも名前があるなんて今までも考えたこともなかったから……イデア、かぁ。とってもかわいいです!」


「そうかな。まあ、ありがと」


「ところでまさかですけどお師匠様。弟子の中で私にだけ名前を黙っていた、とか言いませんよね」


「いや。記憶が確かなら俺は人にこの名を名乗ったことがないからね。ノヴァだけじゃなくアーデラだって知らなかったはずだよ」


「そーですか……だったらいいんですけど」


 そうじゃなかったら何が良くなかったのだろう? と謎に思いながらも俺はさっさと話を進めることにする。ぐずぐずしていては夜が明けてしまうからね。


「そういうわけで今はこの島の地下に用があってだな……不法侵入がしたい。で、ミルコット。お前にもその手伝いをしてもらおうと思う。それさえできたら、共に新王国へ帰ろうじゃないか」



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― 新着の感想 ―
[一言] 100話オメ イデア弟子に名前教えてなかったんかい
[一言] そういえば、確かに出会ってからお師匠とばかり呼んでて名前は口にしてませんでしたね。
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