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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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09.申し込み

 リュウの旅券が発行される当日。


 リュウはルアノとシロノを連れて、ルネの中心街まで移動していた。


「とりあえず、旅券が先でいいんだろ?」


「うん。ヴァネッサと合流するのは、午後の予定だから」


 リュウの問いに、ルアノがにこやかに返答した。随分と機嫌が良さそうである。

 すなわち、それはヴァネッサとの合流を内心では心待ちにしていたということだ。

 無理もないだろう。

 ルアノはまだ幼い、とリュウは思う。


 この異世界に来てから感じたことだが、ここの少年少女は随分と背伸びをしていると感じていた。


 例えば、アルフィ。

 大切な人が記憶を失ったにもかかわらず、彼女はその苦心を城下町へと遊びに行った日まで堪えたものだった。やや危うい面を持っていた彼女だったが、膝を折ってもまた立ち上がる、そんな強さを持っていた。

 少し脱線した疑問になるが、アルフィはその後、上手くやっているだろうか?

 もし許されるなら、もう一度だけ話がしてみたいとリュウは彼女を想う。


 比べてリュウが同じ年の頃は、殴って構わないと判断した相手には幾らでも暴力を振るっていた。老若男女関係なくだ。

 誰かのことを想ってやったわけではなく、自分の気を晴らすためだった。何度もやって、それが逆効果――むしろ溜まっていくものだと理解しておきながら。


 さておき、ルアノはアルフィとは異なる精神的な強さを持っている。リュウ達と居る数日間、彼女は少しでも寂しさを漏らすことなどなかった。

 正直、彼女のそういうところには素直に尊敬出来るし、逆に言えば愚痴の一つも零さないのは不自然だと捉えることさえできてしまう。

 もっとも、ここ数日の印象からして、ルアノがそのような繊細な神経の持ち主かと訊かれたら果てしなく微妙なのだが。何せ、わけのわからない男二人に、全く気兼ねする様子もなく接するのだから。


「どうやって合流するって?」


 とリュウはルアノに尋ねる。


「うん。十六時に掲示板で場所指定されるみたい。三人で来てくれって」


「『三人』ってのは、そう書かれてたのか?」


「わたしが事前に報告した、『ウィルク・アルバーニア』と『ヘルゼノスの密偵、シロノ』の二人だね」


「それでオーケイしてくれるんなら、文句はねえや」


「いざとなったら、わたしが説得するし。だいじょぶだいじょぶ」


 組んだ両手で枕のように頭を支えるルアノ。すっかり余裕な様子で歩みを進めている。

 そんな彼女に、リュウは茶化すように訊いた。


「なら、問題なくエグルルフに着いちまうな。ヴァン王子は婚約者なんだろ? やっぱり、逢えたら嬉しいもんか?」


 『んー』とルアノは一瞬の間唸り、


「うん。嬉しい」


 と屈託なく笑う。それはどこか、ひまわりを彷彿とさせた。


「でも、できるなら、こんな用事で会いに行きたくはなかったかな」


 あっさりしたルアノの態度にリュウは感心した。

 そして同時につまらなくも思う。おそらく、今の発言は本心に近いのだろうと察した。

 だが、ルアノが結婚してしまうと、ハウネルに問題が残ることにリュウは気付く。


「なあ、ルアノはいつ結婚する予定なんだ?」


「一応、わたしが十八になってからってことになってる。わたし、ハウネルで巫女としてしばらく働かないといけないし」


「今年でいくつだ?」


「十六になった」


 へへぇ、と頷くと同時に、リュウは“巫女”とやらの着任に制限がないのか気になった。


「なあ、そうなると、ルアノは輿入れ? ってことになるんだろ?」


「そうだね」


「次の巫女とか、誰にするか決まってんのか?」


 『うん』とルアノは思い出すように中空を見上げた。

 リュウも吊られて空を見るが、冷たい冷気のわりに陽が照った見事な青空だ。


「候補はいるよ。従姉妹が二人。それか義母上(ははうえ)


 あっけらかんと言い切るルアノ。

 その三人目の候補者に驚愕するリュウである。


「今、『母上』って言ったか? 歳とか立場とか関係なかったりすんのかよ?」


 そんなリュウに、ルアノは『ないよぉ』と笑い返す。


「わたしは多少の素質なら見極められるだろうけど、居る人から選ぶだけだから」


「指名制? なら、オメーは先代巫女に選ばれたんだな。ふぅん……スゲえ(・・・)な」


 スゲえ(・・・)のはルアノのような脳筋を選んだ先代が、である。


「――ん、まあね」


 今の流れからして、『ルアノは先代巫女に才能を見出された』という話であるはずだった。

 しかし、ルアノの返事には陰りがある様子だ。

 本来であれば、彼女の性格を鑑みるに、巫女である事実を誇らしげに答えるようなことに思える。

 そこで言葉を濁すようなこの態度から、何かしら話したくない事情があるのだとリュウは考えた。


 リュウがそれ以上の質問を遠慮すると、丁度その辺りのタイミングで役所の前に到着する。


「発券するまで待たされるだろうが、お前らは近くの喫茶店で見張っててくれよ」


 そう言い、ルアノとシロノの二人に手を軽く挙げた。



***



「オイ。何かの間違いだろ?」


「いえ、何度も確認しましたが」


 散々待たされた挙げ句、役所の窓口でようやく旅券が渡されるという段になって、信じられないことを言う役人がいた。

 高校を卒業してからというもの、やや落ち着いたリュウではあるが、流石に我慢の限界というものがある。


「もしかして、俺の耳がイカれてんのか? ワリィけど、もう一度ハッキリ言ってくれよ」


 そう言って、リュウは窓口の狼男の役人に、ずいっと顔を近づけた。

 しかし、彼は毅然とした態度で言う。




「ウィルク・アルバーニア様の旅券は、間違いなく御本人様にお渡ししました」


「ンなワケあるか! そりゃなりすまし(・・・・・)ってヤツだちくしょう!」


 リュウは叫びながら窓口に頭を打ち付けた。

 危うく、手に持ったペットボトルを握り潰すところだった。


 旅券を受け取るためには申請番号と暗証番号の二つが必要になる。リュウはそのいずれも漏らすようなポカはしていない。


 ――やられた。


 まさか、ウィルクを騙る不届き者がいようとは、想定外の不意打ちを喰らった気分のリュウである。ウィルクを演じるとは、世の中には信じられない輩がいるものだ。


 どういう趣旨でこんな嫌がらせを仕掛けてきたのか知らないが、これは明らかに強い権限を用いた妨害行為だ。

 頭を上げて顔を手で覆いながら、リュウは犯人が誰かを思案する。

 だが、二つの心当たりのうち、どちらによるものなのかを絞れない。


「どうかしましたか?」


 警備服を身に纏った役人が、リュウの絶叫を聞きつけてやって来た。


「……いや、もういい」


 なりすましの被害を報告しようかとも思ったが、それが通じてしまう役所に相談しても意味などない。時間の無駄だ。

 リュウは飲みかけの水の入ったペットボトルを、ジャンパーのポケットに入れた。


 周りを見回すと、他の客は興味を失ったようにリュウから視線を外す。



 ――ざわり。


 氷で背筋を撫で回されるような冷ややかな視線を感じる。

 一人だけ、リュウを見続ける者がいたのだ。


 青のリボンでアップにした金髪に、鋭い青の瞳。

 まだ幼さを残すその女は、どう見ても只者ではない。


 なぜなら、彼女が身に纏うのは、女性ものの黒ジャケットと黒パンツ。


 ――黒服組だ。



***



 リュウが役所を出ると、案の定、黒服少女はその後をついてきた。

 少女が追いつけるように歩を緩めてやる。


「何だ?」


 短く、リュウは黒服の彼女に訊く。


「ウィルク・アルバーニアだな?」


「俺の旅券、盗ったのテメエか?」


 リュウは少女を睨み付けるが、彼女は『挨拶も抜きかよ』と一笑する余裕な態度だ。


「盗ったのはアタシじゃねえ。だが、盗ったヤツなら知ってるぜ」


「勿体つけてんじゃねえぞ」


 リュウは立ち止まり、少女を見下ろす。


 少女は、ウィルクの身体の首当たりまでしか身長がない。ルアノといい勝負だ。

 だが、彼女の勝気な瞳は恐怖の色を一切見せはしなかった。華奢な身体だが、おそらく腕に覚えがあるのだろう。その一方で、リュウから手を出すことはないと理解している風にもみえる。


 一体何者なのか?

 見極めかねるが、少なくとも彼女がヴァネッサではないことは間違いないだろう。制服組が黒服を着て現れるわけもない。


「異教徒か?」


 率直に尋ねることにしたリュウである。

 だが、彼女は肩をすくめて首を傾げた。


「何者かまでは知らねー。だが、ソイツからアンタに≪決戦(デュエル)≫の申し込みがきてるぜ。会ってみろよ」


 その言葉に、リュウは目を見開いた。


「テメエ、十二連盟か?」


 ――≪決戦(デュエル)≫。


 それは、私闘が禁じられた国々で、十二連盟が提供する決闘の機会である。

 決闘の方式は様々であり、かつて養成学校にいた頃にリュウが経験したのは、人気投票の性格を持ったリーグ戦だった。


「自己紹介が遅れたな」


 と不敵に笑む少女。


「ご推察の通り、アタシは十二連盟の≪決戦(デュエル)≫監督官やってる、リア・ヴェンディだ」






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