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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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04.リ・カーズ

「ちょっと順番が前後しちゃってるけど、預言の内容をもう少し詳しく話しとくね」


「【傾国の魔剣】だよな?」


「そう。滅びの条件は、傾国の魔剣が上層で管理され続けること。滅びっていうのは、具体的には魔神の復活によるものだよ」


 突拍子もなく現れたセンセーショナルな単語に、リュウは一瞬言葉を失う。

 不意打ちを喰らった気分だった。


「……魔神?」


「魔神。ルーセアノが倒した魔神」


「にわかにゃ信じられねえな」


 リュウは頭を掻くと、ワインを煽った。

 口いっぱいに独特の酸味と苦味が広がり、それらが鼻腔にまで達する。


「わたしだって、何が何だかわからないよ……」


 しゅんとしてルアノが答えた。


「わかった。一旦、それは素直に受け入れようぜ。信憑性についてやいのやいの言ってたら、話が散漫になっちまう」


「賛成」


「次は啓示の話だ。ルアノはアグリノ二十九に啓示を受けて、三十に上層を立った。さて、何を視た?」


「いつ起こる出来事かは知らないけど、上層で保管されていた傾国の魔剣を誰かが持ち去る未来。わたしは啓示の段階では実物を見たことなんてなかったけど、あれは“そう”なんだって直感的にわかった」


 それを聞き、リュウは頬を引きつらせる。


「それ、まさかお前自身ってオチはねえだろうな?」


「流石のわたしもそこまでバカじゃないよ!? 主観だったから視えたのは袖だけだったけど、アレは制服組だよ」


 ふうん。と再びグラスにちびりと口を付けるリュウ。


 啓示がどういう理由で起こるのか、リュウにはわからない。だが、≪赤の預言≫の用途から想像するに、ルアノに対して警告を発していると考えるのが自然だろう。


「まどろっこしいけどよ、『上層で魔剣が管理され続けていると、何者かがそれを持ち去ってしまうよ』って啓示が教えてくれてる感じか?」


「そういうことなんじゃないかと思う。だから、わたしはなるべく早く魔剣を持って逃げようと思ったってワケ」


「なるほどねえ……」


 だが、そこでリュウはもう一つ預言には重要なファクターが存在することを思い出す。それは、ルアノがこんなところまで一人で来ようとした、そもそもの理由。


「他にわかってることがねえなら、預言の制約について教えて欲しいんだが」


「ああ、その話もあった」


 とルアノは軽く両手を叩く。


「≪赤の預言≫は原則として、内容を教えてはいけない人が存在します。それを破ると、預言の未来が違う道筋で実現してしまいます。この滅びの預言に限っては、上層に属する人全員が対象になりました」


 ルネへ向かう海上警備隊のクジラで、その縛りについては教えて貰っていた。

 そして、ルアノのロイヤルガードであるヴォルガは、その縛りの外に出るために、王国騎士団を抜けようとしているらしい。


「縛りがそれだけ広範囲なのは、今回が初めてか?」


「うん。初めてだね」


 リュウの問いに即答するルアノ。


「これまで、どっかの組織まるまるってことさえもなかった。逆に名指しレベルで少人数ってこともないけどね」


「そもそも、回避するための預言なのに、何で誰かに教えちゃいけないって制約が発生するんだ?」


「そりゃ、制約だからでしょ。回避しづらい預言であるほど、縛りが強くなるんだよ」


 なるほど……。そういう考えもあるか。

 と納得させられてしまうリュウである。


 リュウの感覚からすれば、ハードな預言であればあるほど、周囲の協力を得やすい縛りになるのがバランスというものだと思うのだが。


「まあ制約に愚痴言っても仕方ねえな。つまり、ルアノは今んとこ、ハウネルでは誰にも預言を教えてねえわけだ?」


「リュウとシロノ以外にはね」


 ちょこっと肩をすくめるルアノである。


「何とかして教える方法はねえのか? これから、ロイヤルガードと合流するんだろ? 何も説明ナシで困らせねえのかよ?」


「わたしが上層の誰かに意図して伝えようとしたらアウト。例えば、リュウの口からヴァネッサに説明してもらうとか、誰かを挟んでもダメなんだよね」


「ルアノが意図しねえところで漏れちまう分にはセーフ?」


「それは流石にセーフだよ」


 つまり、リュウやシロノが彼女の知らないところで、預言の内容を吹聴してもセーフである可能性がある。が、それを考えてリュウは首を振る。そんな幼稚な方法で攻略出来るほど甘いわけがない。ペナルティを恐れるべきだ。


 そこで、はたと魔剣を盗んだ犯人を絞る方法に気が付いてしまうリュウである。


「なあ、傾国の魔剣ってどこに保管されてたんだ?」


「え? そりゃ外務局の保管庫だけど?」


 さも当然のようにルアノは言うが、それは実は啓示の盗人に繋がる重要な情報なのではないか。


「お前、どうやって魔剣をくすねてきたんだよ?」


 あー、とルアノは右手を首の後ろに回した。泥棒をしたことに後ろめたさでも感じているのだろうか。


「わたし、ある程度のエリアなら入れる権限持ってるんだよね。保管庫の扉と金庫はダイアル式のロックが掛かってるんだけど、その解き方は啓示で視たからさ」


「やっぱりそこも啓示で視てたがったか。なら、その解除方法を知ってるヤツが魔剣の盗人ってことになるんじゃね?」


 しばし沈黙。


「ほんとだ!?」


「気付けよ!?」


 目を縦楕円にして驚愕するルアノに、むしろ驚愕してしまうリュウである。


 もっとも、今の段階ではそんなことがわかっても仕方がないのだが。

 何せ、上層の人間には協力を求めることが出来ないのだから。


 それにしても、いまいち着地点がみえてこない話である。流石にリュウはそろそろ痺れを切らす頃合いだ。


「なあ、結構情報あるように思えるけどよ、今までの話から具体的に魔神の復活への道筋ってのは見当つかねえのか?」


「そんなこと言われてもな……」


 ルアノはソーダ水を怨めしそうに睨んでいる。そして、それをちびちびとやると、やがて顔を伏せながら重々しく口を開いた。


「リ・カーズ……」


「何?」


「魔神はリ・カーズから来るって預言だった」


「リ・カーズ?」


 聞き慣れぬ単語に、リュウは首を捻る。


 しかし、その直後にバチッと例の閃光が目前で弾けるのを感じた。


 その語感がどこか“ア・ケート”に似ていることに気が付いてしまったのだ。

 急かすように、リュウはルアノに尋ねた。


「何なんだ? リ・カーズってのは」


 そして、ルアノは観念したように答えた。


「リュウはビックリするかもしれないけど、リ・カーズっていうのはア・ケートじゃない世界のことだよ」


「何だと!?」


 ア・ケートではない世界。

 それはつまり、この世界からみた異世界であり、もしかしたら――。


「いや、待て待て待て。俺もその手の都市伝説くらい、養成学校の図書館で調べた。だが、あんなもんは信憑性の欠片もないトンデモ話だろ?」


「それ、リュウが言っちゃう? 自分のことはトンデモ話ではないとでも?」


 ルアノは半眼でリュウを見る。自分の存在を棚に上げたリュウを、若干非難するような色を携えた目だ。


「……マジでそんなもんが存在するのかよ?」


 こわごわと、声を落として確認する。

 仮に本物だとすれば、どうあっても元の世界との関連を疑わざるを得ない。

 もし、仮にそうだとすれば、リュウは大きく方針を転換する必要さえ出てくる。摩天楼など探している場合ではない。


 ――では、ルアノのことは?


 そんな葛藤が胸中で生まれかけたとき、ルアノが口を開く。


「一般的に信じられるようなことじゃないけど、一部の――特に“上”にはその存在を認識している人がたくさんいるよ。勿論、確かな証拠があるわけじゃないけどさ」


「そりゃ、つまり……、結局は信仰と同じレベルだってことか?」


「それもリ・カーズの存在の可能性を示す一つっていうか……」


 リュウの問いに、ルアノは歯切れの悪い返事をする。

 が、それはやはり正鵠を射た表現ではなかったようで、


「シロノ、わかる?」


 などと、隣で暢気にワインを飲んでいた異教徒に丸投げをした。


 パスを受けた当人は、グラスをテーブルの上に置くと、ゆっくりと語り出す。


「リ・カーズの存在を提唱しているのは、世界的功績を持つ研究チームが多く、第一人者としては約二百年ほど前にヴェノを発見した、レーミルテスにある研究機関のチームとされている」


 シロノは虚ろな瞳をリュウに向けた。

 流石にもう寒気を感じるようことはなくなったリュウではあるが、その眼は明らかに知識をひけらかす者の優越が宿されていない。


「女神の研究をするにあたり、彼ら研究者達は副産物的に歴史学、文化人類学、宗教学、民俗学、医学、数学、物理学、化学、政治学、経済学といった、様々な研究分野の見識を得ることとなった。つまるところ、普通の人が知らないことを彼らは知っていて、そんな彼らがリ・カーズの存在を肯定しているということ。ただし、それも逸事だけれど」


 大方の予想は出来ているが、それを証明することが出来ないでいる。そんな状態ということなのだろう。いわば、未解決問題というわけだ。

 そして、≪赤の預言≫さえもその存在を肯定しており、そこから魔神が現れるといっている。


 異世界というキーワードに肝を潰されたが、冷静に考えてリュウの知る世界とは無関係だと思った。向こうには魔神など棲んでいないからである。


「リ・カーズがどんなところなのかは、わかってるのか?」


 シロノはルアノの顔をちらりとみた。

 それを受け、再びルアノが説明を始める。


「いわく、リ・カーズは魔神との最終決戦のときに、ルーセアノが最後の魔神ダー・ベレイクを封印した次元の彼方。逸話では、その封印には瑕疵(キズ)があって、そこから魔物が現れるともいわれてるね」


 リュウの脳裏に殺伐と荒廃した大地、赤い空と黒い太陽といった、とんでもない魔境のイメージがよぎる。やはり、元の世界とは完璧に別物ではないだろうか。

 ただし、リ・カーズの存在の信憑性は、研究者達がそこまで主張するなら十分あるとみた。曰く、ルーセアノが魔神と戦ったというのは、まだ四百年前の話だ。現代の研究者達が無根拠な憶測を語るほど昔ではない。


 結局、リ・カーズの話自体は、素直に信じた方がよさそうだと結論づけるリュウだった。

 ただし、現状では、それは元の世界(・・・・)を指すものではないという判断になるが。


 ――しかし、そんな風に次元をまたぐことが可能ならば、神坐流の意識を呼び寄せることぐらい出来るのではないか?





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