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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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03.お茶会開催

 未だに頭がぼやける中、リュウは無意識のうちに、予約した宿屋の近辺に徒歩で戻ってきていたらしい。


 リュウは旅券の発行の申請を終えた後、停留所で馬車(ラクダ)の到着を待っていた。

 そこで訪れた突然の大雨。おそらく、それの影響で遅れてしまったラクダを待ちくたびれ、リュウは眠ってしまっていたようだった。


 何だか奇妙な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。


 どこか脱力感を残したまま、リュウはラクダを諦め、豪雨の中を徒歩で宿屋まで移動したというわけだ。


 傘を差したシロノに介助されながら、宿屋の中に到着したリュウを、タオルを持ったルアノが出迎える。


「リュウ!? なんか顔色死にそうだけど!?」

「ああ、なんかちょっと、疲れちまったわ」


 リュウの頭をルアノがタオルでゴシゴシと拭く。彼女の背に合わせ、若干屈むことさえ体力が奪われる。


「お客さん、とりあえずシャワー浴びた方がいいぜ」


 そう助言したのは、この宿の店主だ。


「ブーツ脱げ。服とかも。こっちで乾かすからよ。靴は貸してやるが、替えの服はあるか?」

「リュウの着替え、取ってくる」


 とシロノが言う。


「ワリィな。オヤジさん」

「いいってことよ。それより、お客さんら今朝予約しといて良かったな。この雨じゃ、今晩はどの宿も一杯になってたところだぞ」


 ラクダが足止め喰らっちまうからな、と店主は濃い髭面を撫でる。


「晩御飯どうしよ?」

「通り雨みてえだし、夜にゃ止んでるだろ」


 呟くルアノだが、リュウは時計の針を見ながら答えた。まだ十八時にならない頃合いなので、流石に夕食時には雨も止んでいるはずだった。


「適当にその辺の飯屋行こうぜ」


 言いながら、リュウはルアノに鋭い視線を向けた。


「約束だ。今日はお前の方の事情を、色々聞かせろよ」


 だが、ルアノは何故か楽しみにするように、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。


「うん。じゃあ、今晩はディナー兼“第二回”お茶会(・・・)だね」

「お茶会……? 何ぞ?」

「それはね。お茶会という名目の、情報共有の場だよ」


 フフフ、と得意気に謎の笑いを零しながらルアノは言う。

 そして、彼女は刮目。力強く右拳を握った。


「大事なことは、会議じゃなくてお茶会で決まるッ!」


 ――一昔前の喫煙所か。


「いや、今すぐその習慣やめさせろ」


 あまりの暴言にリュウは苦笑する。

 そして、ホガロの定食屋でのルアノとの邂逅は、どうやら記念すべき第一回にされてしまったようだった。



***



 そして夜。

 リュウの予想通り、雨雲はほどなくして過ぎ去った。


 リュウ、シロノ、そしてルアノの三人は宿近辺にある洋食屋で軽く腹ごしらえを済ませた後、二軒目の酒場へと入っていた。


「では、第二回お茶会を始めたいと思います」


 と幾分か気合いの入った表情のルアノである。

 その畏まり方に、まさか一本締めで終わりはしないだろうなと危惧しながら、リュウは口を挟む。


「あのよ。何か“お茶会”って上品な響きにどうも馴染みがねえんだな。どうにかなりませんかねえ、ルアノさん」

「リュウ、甘い。もしこれからお茶会に誘われて、その程度の認識でノコノコ参加したら大恥掻くよ?」


 大げさと思われるほど熱い主張をするルアノだが、リュウにはどうにも庭園でほんわかと紅茶を嗜む貴族のイメージしか湧かない。

 そしてここは場末の酒場であり、リュウとシロノの目前に用意されているのは、“お茶”ならぬ“お(ちゃけ)”である。


「マジなのか?」


 リュウは僅かに困惑を漏らし、シロノに自信なさげに尋ねてしまう。そのあたりの作法なり習慣なりの知識は、新参者であるリュウよりも上層で育ったルアノに一日の長があるだろう。


「ルアノの言うことは、決して大げさな話ではない」


 いつもは下らない問答はしないシロノだが、ここ最近は融通が利くようになったのか、ちゃんと会話をするようになった。それでも、まだ人見知りはするようで、例えば店員などとは口を利こうとしないが。


「この習慣は、今から四百年近く昔から続く。まだ魔神との戦争が終結する前、旧帝国であるレオルハンドの貴族や商会ギルド等の組織の大物が、密会の隠語として使っていたことを由緒としている」


 すらすらとその起源さえも述べてみせるシロノ。

 そして、その内容はルアノの言い分を肯定しているものである。


「信じられねえな。じゃあガチで本当のティーパーティーとかは何て言ってたんだよ? アフターヌーンティーとか……」

「アフターヌーンティーは要らない! わたし、絶対参加しないから!」


 トラウマでも発動させたのだろうか。何の脈絡もなく、目を逆三角にして警戒心を剥き出しにするルアノである。その姿は、どこか毛を逆立てる猫を彷彿とさせていた。


「アフターヌーンティーが何だってんだよ? 要は三時のおやつだろうが」


 笑い飛ばそうとするリュウだったが、ルアノは突如として大きなため息を吐いて首を横に振る。両手でやれやれのジェスチャーを忘れない。


 遠い目をして彼女は言った。


「死んだな」

「アフターヌーンティーで何が起こるんだよ!?」


 刺激的なルアノのセリフに、過剰に反応してしまうリュウである。貴族達のお茶会は、リュウがサブカル的知識から得たイメージとは、そんなにも縁遠いものなのか。


「大切なことは、非公式の場で決まってしまう」


 と零すシロノ。


「下が知るのは、上が決めた後。それが世の常。シーン・ミラルフが遺した言葉」

「世知辛ぇな」


 “お茶会”が“密会”ねえ。と心中ごちるリュウである。


 名前を金の単位と化した偉人の思し召しなら、もうそれが世の真理と思った方がいいのかもしれない。その理不尽さにリュウは眉を垂らしてぼやく。


 しかし、ある意味で自分達もそれに近しい行いをしていることになる、とリュウは思い至る。

 何せ、ルアノは≪赤の預言≫で提示された世界滅亡の危機から逃れるため、独断で動いているのだから。そして、間違いなくこれから行われる彼女との作戦会議は、同席していない者達の意向など無視したものになる。


 ――そう考えれば、これから行われるのは正しく“お茶会”という言葉がぴたり当てはまるのだ。


「わかった。じゃあ、お茶会(・・・)な。始めようぜ」


 諦観の念を込めながら、リュウはグラスを掲げて乾杯の音頭を取った。

 まあ、しかしながら、そう悪くないと思ってしまったのは、リュウ自身の感情なのか、身体に残るウィルクの物好きの残滓であるのか。


 何にせよ、この場での議論が盛り上がるなら、そういう趣向もいいだろうと感じてしまうリュウだった。


「ただし、やるなら今日が第一回な。格好が付かねえだろうがよ」



***



「て、言ってもね。何から話せばいいんだろ?」


 後ろ首に手を回し、誤魔化すような笑顔を顔一面にしてしまうお姫様である。


 他ならぬルアノの意向によりお茶会となったこの場の議題は、早速としてその方向性を見失いつつあった。


「まさか、密偵とかいやしねえだろうな?」


 リュウはリュウで、秘密の話をするとなると少し神経質になってしまう。

 この用心深さは“買い”とみる物好きがゲームタワーでは存在したが、『幾分か自意識過剰ではないか』というのが大方の評価であるのを知ったとき、リュウは僅かに傷ついたものである。


「いや、それは大丈夫っていうか、そこまで気にしてたらキリがないよ」


 そして、ルアノもそんな風に笑い飛ばす。

 もっともだった。


「じゃあ、まず≪赤の預言≫のルールと、今回ルアノが受けた預言の内容について、意識合わせっつーか、おさらいをしとこうぜ」

「ん、そうだね」


 リュウの提案に、頷いたルアノは語り始めた。


「まず、ハウネル王国上層では、もう何十年も昔から≪赤の預言者≫の血族を囲って、その預言をハウネルに訪れる厄災の回避に役立ててきた。その預言は≪赤の預言者≫とその預言を賜る“巫女”、二人の奇手(つかいて)がセットになって発動できる奇跡なんだ」


 それは、断片的にだが、ルアノ自身からウルトラシング内で聞かされていたことだ。そして、シロノ曰く、そのことは特別に秘されているわけでもないらしい。

 世間の共通認識として、≪赤の預言者≫の力は年に一度だけ発動する、他の予知能力者の追随を許さないほどの能力だとのことだった。


「で、わたしは当代の巫女。先月――、アグリノ二十八に≪預言の儀≫を成功させて、世界が崩壊する未来を識った。預言は直近一年以内を占うのが原則だから、そのときのわたしからすれば、『ああ! このままだと、もう一年も経たないうちに世界が滅びる!』ってなったわけ」

「アグリノ二八ってことは、≪現身(うつしみ)≫最終選抜の三日後か。もう俺は上層を出てるな」


 ≪剣竜の現身(けんりゅうのうつしみ)≫最終選抜試験。それはリュウも参加した熾烈を極める≪決戦(デュエル)≫であり、おそらくリュウ自身この先忘れることはないだろう。そして、その戦いぶりを王女であるルアノは観戦していたのだ。


「そう考えると、わたしはタイミング的に二人より四、五日ほど遅れて上層を立ったことになるのかな?」

「それがアグリノ二十九?」

「たぶん三十だね」


 そうルアノは訂正する。


 出発はルアノの方が完全に遅い。

 リュウ達がウィルクの故郷であるホウリアに寄ったり、ホガロでちんたらしている間にルアノに追いつかれてしまったというわけだ。


「俺達はわりと緩めにホガロを目指して、その辺りでもグダグダしてたからな。たまたま遭遇しても不思議じゃねえか」

「そう? わたしは何だかできすぎてるなあ、と。わたしが【啓示】を受けるタイミングとか、まるで謀ったようじゃん」

「啓示?」


 そうそう、と補足するようにルアノは言う。 


「≪赤の預言≫って、一回預言者から未来を教えてもらって終わるパターンと、その後何回か予知夢みたいな幻視が起こるパターンがあるんだよ。後者の幻視を啓示って呼ぶの」


 そこまで言うと、ルアノはグラスに注がれたソーダ水に口を付けた。


「あー……っと、ルアノは≪預言の儀≫とやらの後、更に一回啓示を受けたってことでいいか?」


 リュウの確認に、ルアノが首を縦に振る。


「合ってる。その啓示を受けたのは、≪預言の儀≫の次の日――二十九の昼だった」

「さっきの口振りからして、その啓示を回避するために、お前は上層から出て行ったって感じか」

「話がわかるなあ。正解です」


 ふむ。とリュウは話を整理する。

 一応、今のでルアノのスケジュール感は掴めたはずだ。


 まず、彼女はリュウが養成学校を去った三日後であるアグリノ二十八に、≪預言の儀≫を行った。そこで、世界が滅びる未来を預言者から教えられたという。翌日の昼、彼女は啓示を受けて上層を出る決意を固めたわけだ。そして、アグリノ三十、いよいよ上層からの脱走を決行した。


 せわしないものである。


 ――随分フットワークの軽い姫様だ。

 と心中でごちたリュウだった。





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