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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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30.ルネへ

 もやいをベースに組まれた鉄製の橋が、≪ウルトラシング≫二階のデッキから伸びている。その先は、地方公安局およびその他の所属が乗り込んだ、海上警備隊のクジラだ。


 リュウ達に先導してミストレイが歩を進め、橋の付近にいる国立兵に話し掛けた。

 照明がミストレイに向けられる。


「ちょっとした荷物があるんだけど、運んでいいだろ?」


 面倒くさそうに許可を求めるミストレイに、国立兵が訝しげな表情をみせる。他の兵が二人、ミストレイの傍に寄って来た。


「あんた、さっきまでこっちのクジラに居なかったか? いつの間に≪ウルトラシング≫に移った?」


「飛び移ったんだよ。一向に≪ウルトラシング≫に移乗する様子がないから、先に行かせてもらっただけだ」


「所属は?」


「上層公安局第一部隊、ハーゼ・ミストレイ」


 短く答えて、ミストレイは自分の胸元から取り出したものを、国立兵に見せつけた。おそらく、それは身分証だろう。


 国立兵達はミストレイに向けて敬礼をした。


 ミストレイの所属はロイヤルガードのはずだった。にもかかわらず、どうして彼が公安局の身分証を持っているのか。

 リュウにはその辺りの仕組みがどうなっているのか、まるでわからない。


「≪現身(うつしみ)≫か。後ろの者達は?」


 リュウ達に視線を向けて、国立兵がミストレイに問う。


「サングラスの制服は、俺の同僚。密偵だから所属言えないけど。他の二人は――」


 そう言って、ミストレイはリュウとシロノに視線を向ける。

 今度はリュウ達に明かりが向けられ、その眩しさに目を細めた。


「被疑者だ。清掃業者で身体(がら)隠してたんだよ」


 それを聞いた国立兵の二人が、リュウとシロノに近づいた。

 そして、二人はそれぞれ、リュウとシロノが被っている清掃服の帽子を脱がせる。


「オイ、刺激すんなよ」


 リュウとシロノをロープで拘束しているヴォルガが、国立兵を咎めた。


「失礼した。このランドリーカートは?」


「証拠品だ。見ねえ方がいいぞ」


 リュウの提案した作戦は、実に単純明快なものだった。すなわち、ランドリーカートを使ってルアノの身体を隠すという使い古されたトリックである。


 シージャックが起こる前、リュウはこの方法でルアノを脱出させようと考えていた。

 そのために清掃員と接触し、わざわざ金を払い、変態呼ばわりまでされて手に入れたのが清掃服とランドリーカートである。


 シージャックが起こってしまった時点で、この準備はパアになったと思われたが、ミストレイとヴォルガの登場によりランドリーカートは息吹を吹き返す。


 リュウとシロノはミストレイ達に捕まった容疑者として、そしてルアノはランドリーカートに隠れ、警備隊のクジラに移乗しようという魂胆だった。


 ランドリーカートに積まれている白いシーツ。

 それに国立兵が手を伸ばしたとき――、


 ミストレイの右手が国立兵の手首を掴んだ。


「それ、確認する必要ある? シーツひっくり返されたら、元に戻すの面倒だろ?」


「何が入っているか確認しなければ、中に入れられない」


 睨むミストレイに、若干興奮した様子で国立兵は言った。


 リュウは胸中で舌打ちをする。

 彼らはリュウとシロノの帽子を外し、顔を確認したのだ。考えすぎかもわからないが、誰かを探している可能性は十分ある。


「いいだろ別に。所属も言ったし、中は見ない方がいいって忠告もした。あんたら、どこの誰だ? 王国騎士団の代表である≪現身(うつしみ)≫相手にここまでする意味、わかってんだろ?」


 そのミストレイの言葉に、国立兵達は彼を囲んで威圧を始めた。


「関係ない。我々はここの警備を、あんたと利害関係がない組織に任されている。問題にしたければすればいい」


「好きな方を選べ。騒ぎにするか、その手を放すか」


 有無を言わさぬ威圧感だった。

 だが、ミストレイは未だに掴んでいる国立兵を睨んでいる。


「聞こえなかったか? 手を、放せ」


 僅かな(いとま)の静寂。


 ――ミストレイは、彼の手を放した。


 国立兵は掴まれた手首を軽く擦ると、ランドリーカートのシーツに手を掛けた。

 そして、それを丁寧に引き剥がし、隣の兵に手渡す。何重にも重ねられていたシーツは、瞬く間にその数を減らしていく。


「誰かいるぞ……」


 隣の兵の両腕が一杯になった頃、漁っている国立兵は次の一枚を捲ると、その目を剥いた。


「これは……」


「だから見ない方がいいって言ったのに」


 ランドリーカートの底にあるもの、それは――。


「死体……?」


「そいつは俺の部下だ」


「なんでわざわざこんな風にして運んでる!?」


 クロードの死体。それが彼らが探り当てた“証拠品”だ。


「発見時のものを再現しただけだ」


 つまらなさそうに言うミストレイに、国立兵達は顔を見合わせる。

 が、ややあって手の空いている二人はクロードに向けて最敬礼を行ったものだった。



***



「何とかなったな」


 そうヴォルガが呟き、ランドリーカートにぽんと手を乗せた。


 警備隊のクジラに移乗した五人は、ミストレイが借りた一部屋に籠もり、身体を休めながら今後について話し合うことにした。


 ≪ウルトラシング≫でシロノがルアノを探しに行った後、リュウはランドリーカートを調達し、その改造に奔走していた。

 改造とは、積載重量の増加、そして二重底にすることだ。


 二重底にするには、別のランドリーカートの部品を使い、何とか様にしたリュウである。だが、二重底にしてもランドリーカート自体がルアノとシーツ類、相当の重さを耐えられないようではどうしようもない。


 シージャックが起こるまでのおよそ数時間。

 リュウは実験用の麻袋や、鉄板や網などの道具を探して試行錯誤していたのだ。結果、相当に頑丈なランドリーカートが出来上がったからいいものの、リュウはこのときほど奇手(つかいて)を怨めしく思ったことはなかった。

 氷や障壁などの能力の奇手(つかいて)ならば、ここまでの苦労はせずに済んだのだろう。


「人が二人もランドリーカートに入ってるとは普通思わないでしょ。アルバーニア君、偉い」


 ミストレイは肩をすくめた。


「この中、結構苦しいんだけど、何とかなんないの?」


 そうルアノの抗議の声。


「あのよ、これからどうするか話さねえか?」


 リュウは床に寝かせてあるクロードの死体にちらりと視線を移した。

 彼の胴体にはテレサの光線の爪痕が残されている。血は丁寧に拭っておいたが、もうしばらくの間、彼をそのままにするのは少し忍びない気がする。


「俺は一旦、ラアル様の元に報告に戻る。クロードのこともあるしね」


 そう言うと、ミストレイはドアへと向かう。


「どこに行く?」


「表見張ってる。殿下の今後はヴォルさんに任せるよう、ラアル様から仰せつかってるから」


 ミストレイはドアノブに手を掛けて、廊下へと出て行った。


 扉が閉まる音を契機にして、小さな部屋に静寂が訪れる。

 ルアノは布で巻かれた何かを抱きしめながら、所在なさげに視線を泳がせている。


 ややあって、ヴォルガは頭をぼりぼり掻くと、ルアノに向き合った。


「殿下。まず確認させていただきたいのが――」


「ダメ」


 ルアノはぴしゃりと言い放つ。

 その彼女の反応に、ヴォルガはどこかわかっていたように頷いたが、リュウにはこれがどうにも腑に落ちない。


 リュウはルアノが一人でシェイリスに移動しようとしていた理由を、見誤っているのだろうか?

 大方、誰を信用していいかわからない状態だったため、やむなくそうしたのだと思っていた。だが、目前のロイヤルガードに対するルアノの態度は、完全に信頼している者に対するそれだとリュウは感じている。


 ――にも関わらず、彼女がヴォルガの質問を拒むのは何故なのか?

 ――そもそも、ヴォルガを最初から頼らなかったのは?


「ルネでラアル様の指示を待ちましょう」


「ダメだよ。私、シェイリスに行かなきゃ」


 もどかしい。

 そんな思いが二人にはあるようで、互いが互いに譲らないのに、どこか気まずそうにしているという奇妙な絵面が出来上がる。


「なあ、シロノ。俺らはどうするよ?」


 リュウはわざとらしくシロノに問い掛けた。

 必然的に、ルアノとヴォルガはこちらに注目する。


「つーか俺、レストランでスレイマンさんに絡まれる前、これからどうするか話したよな? アレ、何だっけ?」


 それを受けて、シロノは再会してから初めて口を開く。


「リュウ。私との会話を通じて、ルアノ達のやりとりを手伝おうとしてる?」


「オロカモンが! こういうときは、いちいち確認しなくていいんだよ!」


 シロノの発言に、リュウは思わず眼を逆三角にしてしまう。

 最近喋るようになったと思ったら、余計なことまで言うようになったものである。


「キミは言った。エルシアのことは、何かしら理由を付けてもう少し様子を見るべきだ、と」


「おお、そうだった。ありがとよ。で、オメーどう思う?」


「キミの、望むように」


 シロノは表情を変えることなく言った。そして、まるで役目を終えたと言わんばかりに、リュウから視線を外す。

 リュウは肩をすくめて、ルアノをみやる。


「つめてーと思わねえか?」


「リュウ……」


 ルアノはそんなリュウをみて、口を開く。


「ダメだダメだ。お前達とはルネでお別れ」


 ルアノの言葉を、腕を組んだヴォルガが阻んだ。


「あのな、アルバーニア。お前には色々感謝してるが、こりゃ一般人が首突っ込んでいい問題じゃねえんだよ。流石にわかるだろ?」


「そりゃ認める。だが、今見た感じだと、関係者でもそれはそれでダメみてえだが?」


 ヴォルガは少し言い返す言葉を探すようにして、


「そんなのはどうにでもなるんだよ」


 と諦めたように言う。


「一般人が取っつきやすくしてやるよ」


 リュウは意地悪く笑ってみせた。

 そして、ルアノに訊く。


「ルアノ。ルネに着いたらどうするんだ?」


「あ、そうだ。ヴァネッサを待たせてるんだ」


 思い出したように手を叩いたルアノに、ヴォルガが彼女に勢いよく向き直る。


「ヴァネッサ!? 何であんな小娘だけ使おうとしてんだ姫さんよ!」


「だって、ヴァネッサはアレ(・・)じゃん! どう考えてもヴォルガより役に立つでしょ!」


「確かにアレ(・・)なら色々便利だろうが、どうせなら俺にも声掛けりゃよかったろうが!」


「い、今となっちゃ後悔してるけど、わたしだって一人でルネまで行けるし。道中でヴォルガにアレコレ訊かれるの、うざかったんだもん」


「年頃のガキか! 何のためのロイヤルガードだと思ってやがる! 脳ン中空か!? 点検させろや!」


 ――などと。


 下らない小芝居が始まったところで、リュウの笑みが穏やかなものに変わっていくのを自覚する。

 先程までのぎこちなさは、どこへやらだ。すっかり氷解したこの様子ならば、リュウとシロノの出る幕はないはずである。


 一期一会。

 ルアノと最初に出会ったとき、ふと思い浮かんだ単語が再びリュウの脳裏をよぎる。


 ――お別れだ。ルアノ。


『ポーン』


 という電子音の後、アナウンスが入った。


『≪ウルトラシング≫、乗船客の皆様。海上警備隊は、ただいまより、ルネへと、向かいます。到着は、およそ、五時間後の、予定でございます』





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