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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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28.決着

 クロードの鎖でテレサを拘束した後、リュウとクロードはデッキからハッチへの道を逆戻りしていた。


「まさか潜水艦(モグラ)が使えねえとは……」


「むしろ、何故操縦できると思った?」


 そんなリュウのぼやきに、クロードは鋭く指摘を入れた。


「だよな。完全に裏目だったぜ……」


 テレサ達が用意したモグラ。

 それをあてにして彼女らと接触したリュウは、とてつもない徒労感に苛まれる。


 テレサを倒した後、リュウはモグラの中に入った。

 しかし、そこから先、どうしていいかが当然わからない。クロードに操縦できるかを尋ねたが、彼はリュウに対して失望するような眼差しを向けて首を横に振った。


 いや、わかっていた。

 クロードに都合よくモグラを操縦する技術があると期待した自分が馬鹿だ。

 そのことはちゃんとわかっていたリュウだが。仕方ないではないか。


 結局、何のためにテレサ達と()り合った?

 そう自分を責めずにはいられないリュウである。


「いずれにせよ同じことだ。貴様らをモグラで逃がすわけがないだろう」


 階段を上りながら、クロードが言う。


「当然、海上警備隊のクジラまで同行してもらう」


「いや、待てよ。俺らはいいけど、ルアノはまずいだろ」


 そんなリュウの抗議に、クロードは顔をしかめた。


「意味がわからんな。ルアノ様は何から逃げている? サレイネが関係しているのか?」


「いや、これ俺の口から言っていいのかわかんねえから、何も言わねえが」


 クロードはゆるりと首を横に振った。

 リュウ達は二階に到着する。


「ルアノ様に何かしら事情があり、それを話せないというなら、俺がすべきことは一つだ。あの方の身柄を誰にも渡さない。俺にルアノ様を保護するように命令した上にさえな。そして黙ってあの方の指示を仰ぐ。それで問題なかろう」


 しかし、とクロードは続ける。


「貴様らには取り調べを受けてもらう。何故ルアノ様に近づいたのか、それをはっきりさせなくてはな」


「いや、マジでルアノと知り合ったのは偶然なんだよ」


「では、貴様は偶然出会ったあの方をモグラで逃がすために、テロリストと交渉しようとしたというのか? 何の目的もなく?」


 リュウは答えに窮した。

 確かに、リュウにも目的はあった。サレイネのことだ。


 どうしてルアノがサレイネを警戒していたのか、リュウは知りたい。それは、もしかするとウィルクが関わっていたと思われる黒の棟、そして摩天楼に紐付く重要な情報かもしれないからだ。


 一方でサレイネとは無関係に、ルアノと関わろうとしていた自分がいたことを思い出す。その理由をルアノに訊かれたときは、適当なものをつらつら並べ立てたものだった。

 だが結局のところ、それらの答えは全て一つの(ことわり)に収束される。


 ――落ち着け。どうでもいいこと考えてんぞ。


 今ここで大事なのは、クロードと敵対しないことだ。

 彼は幸いにもルアノを自分だけで保護すると言っている。それは、ルアノからしてもそう悪い話ではないはずだ。

 ならば、彼の機嫌を損ねるような対応をして、下手に自分達の立場を悪くすることはない。ルアノの厄介ごとについては、まだチャンスがあるはずだ。


 黙っていたリュウに対し、クロードはため息を吐く。


「貴様をただの通りすがりの善人と断定するのは無理がある」


 その言葉に彼の瞳を見ると、そこに宿された光にリュウは少し戸惑ってしまう。

 クロードはリュウに対して、“疑惑”というより“不可思議”という感情を抱いているようだった。


「貴様の戦い方は一見すると素人臭く、出鱈目(でたらめ)だ。だが、目の動き、静から動への推移、その逆、蹴りの型など枚挙に(いとま)がないが、節々から王国騎士の戦闘訓練がきちんと施されているのがわかる」


 その理由は彼の優れた観察眼だ。


 訓練を受けたウィルクの身体で、素人のリュウが戦っているという不整合を、彼は見逃さなかったのだろう。今回は無手での戦闘だったため、それが顕著に現れていたのは、リュウも自覚していたところだ。


「おまけに異教徒の連れ。貴様には抱えている事情を隠し通せない。故に、ルアノ様と偶然に知り合ってしまったという言葉を信じることはできない」


 彼の言葉は絶対的な決定を感じさせる。

 それを聞いたリュウの胸の内で、救いの糸が絶たれたような絶望感が生まれた。


 このまま、引き下がるべきだろうか?


 むしろ、リュウにはそれを決定する権限さえ与えられないような有無のなさだ。

 だが、ここで否やを唱えるのだけは絶対に駄目だ。クロードとの対立だけは、絶対に。

 そうリュウは強く思う。


「はぁー。参ったな、オイ」


 もうルアノの今後に関してはクロードに任せるほかない。


 譲歩中の譲歩。そんなリュウが取れる最善の選択肢は、せめてルアノが持っている情報を分けて貰うぐらいなものだろう。


 ――レストランでシロノに伝えた、彼女としばらく時間を共にするプランは棄てるべきだ。


 これは彼のこれまでの言動と、僅か数分の間だけでも共闘したリュウの勘、二つの心許ない根拠から乗ることができる賭けだ。


 ――クロードは信用できる。


 リュウは痛む身体に鞭を打って、クロードの前に回り込んだ。

 それを受け、クロードは立ち止まる。その眼差しが不穏なものに変わった。


 だが、これ(・・)だけは最低でも。

 リュウを信じて見送ってくれた人がいるのだ。


「あのよ、警備隊のクジラに移ってからでいい。ルアノと少し話をする機会をくれねえか?」


「……」


「頼む。頼れるのがルアノしかいねえんだ。アイツが知っていることが、もしかしたら大切な人達の助けになれるかもしれないんだよ」


 クロードはため息を吐く。

 そして、言い放った。


「行くぞ」


「……頼む」


 リュウは頭を下げた。

 ここのところ、こうやってばかりだとリュウは思う。


 そんな物乞いのような行為を、そうさせる己の無力を、リュウは情けなく思えて仕方がない。

 たったこれだけのことしか、相手にみせられる誠意がないのだから。


「……貴様に与えられる時間はほとんどない。貴様に狙いがあるとわかった以上、俺は貴様をルアノ様に近づけるわけにはいかない」


 困ったように、クロードは言った。

 リュウは顔を上げて、彼にもう一声――、


 ――信じられないものを見た。


「貴様の証言をルアノ様は知ることになるだろう。だが、貴様がルアノ様の事情を知ることは許されない」


 彼のその言葉は、あまりにもタイミングが悪すぎた。


 ぞわり、と空間が邪気に歪む。


「クロォードォ――!!」


 リュウはクロードに飛びかかった。


「――!?」


 だが、クロードは瞬発力で今のリュウに十分勝る。

 彼の跳び蹴りはリュウに直撃。リュウは通路の壁にその身を打ち付けた。


 クロードは自らの発言に対し、リュウが激高したと思ったのだ。そして、そう思わせたのはリュウのミス。


 どうして、ここでクロードの名を呼んでしまったのか?

 それは、リュウがクロードを信じてしまったからに他ならない。


 明らかに、リュウのミスだった。


 何故、他に言葉が出なかった?

 『避けろ』、『危ない』、『後ろだ』。

 そんな警告ではなく、彼の名を叫んだ。


 何故それでクロードがわかってくれると思ってしまったのか?


 クロードは少なからず、『リュウは自分に反発するような者ではない』と思ってくれているはずだ。そうリュウは思ってしまった。

 たった、僅かの間に共闘しただけなのに。


 そんなリュウの甘すぎる勘違いが、つい現れてしまったのだ。それも非常時に。


 そして、それを咎めるようにして、最悪の光景は実現してしまう。


 結果的に、クロードは蹴り飛ばしたリュウを庇う形となり、その身に幾本もの光線を背中から受けた。


 リュウ達の後を、追ってきていたのだ。

 散々その身に痛打を受け、さらには顔面をリュウの足で潰された、光線の魔女。

 テレサが、リュウ達の後を追ってきたのだ。


「あ…な…だ、け。だか、ら、……めて。あな……あけ、あげ。あな、るして。おとう、……、ゆる、て」


 うわごとを繰り返すテレサ。


 どうして、クロードの鎖で拘束すれば安全だと思ったのか?


 妖艶だったテレサの貌は、今や見るに耐えないほど損傷している。

 ぺしゃんこに潰れ、血塗れになった鼻だったもの、ふくれあがった唇に何本も折れた歯、落ちくぼんだ目からの出血、割れて腫れ上がり皮がめくれた頬。


 ――どうして、こんなにも詰めが甘い?


 リュウはクロードの切り札を目の当たりにし、なお奇手(つかいて)を甘く見ていた。

 彼女はその気になれば、身体を動かすことなく光線を撃てたのだ。そして、それによりクロードの鎖を切断した。


 ――どうして、その可能性に至れなかった?


 リュウは腰からナイフを抜いて投擲。テレサの左肩に突き刺さった。

 そしてテレサが怯んだ瞬間、リュウは彼女の正面まで一息で距離を詰める。


 テレサが右手を振りかぶったが、遅すぎる。

 その間にリュウの連打が数発もテレサに入る。それぞれに骨が折れる感触がした。


 リュウはテレサに足払いをかけて転ばせると、踵落としで彼女の脚の骨をへし折った。


「クロードさん!」


 リュウはクロードの下へと駆け寄った。

 うつ伏せから仰向けに体勢を変えた彼の胴体を見て、リュウは顔をしかめるほかなかった。


 ――焦り。

 リュウはかつてないほどの焦燥に駆り立てられる。


 テレサの光線は、よりにもよってクロードの胴体の真ん中に集中していた。

 肝要な臓器を食い破っている可能性さえ否めず、早急に手当をする必要がある。


「ごふっ!」


 クロードが吐血。


 ――誰か、治癒術を使える奇手……。


 リュウはクロードをその身に背負い、海上警備隊のクジラまで移動を始めた。


 下手をすれば心臓だの肺だのが。急がなければ、彼は持たない。


『な、ぜ、おれ……、こぶ』

 ――何故、俺を運ぶ?


 こんな緊急時に、彼はリュウにそう問うた。


「オイいいか! いいか!? 絶対に意識を手放すんじゃねえ! もう少しだけ我慢しろ!」


 そんなクロードにリュウは怒鳴りつけた。


 ――くそ! 間に合ってくれ!



***



『おれ、……ば、きさ、つごうが、……だ』

 ――俺が死ねば、貴様に都合がいいはずだ。


「そのまま話し続けろ。いいか、もう少しだから寝るんじゃねえ」


 そう言って、リュウは二階に登り、海上警備隊のクジラが隣接しているデッキまで移動しようとする。


「クソ! 誰かいねえのかよ――ッ!!」


 そう怒鳴った。

 だが、返事はない。


『ま、て。てきが、……かもしれな、なら、よぶな』

 ――敵がいるかもしれないなら、呼ぶな。


『いま、でん、をまも……は、きさま……け、だ』

 ――今、殿下を守れるのは、貴様だけだ。


「何言ってやがる! お前、死ぬ気か!? ルアノの事情も何も知らないまま、死ぬ気かよ!?」


『たの、……。るあ、さま。……つら、う……、おかおを』

 ――頼む。ルアノ様のお辛そうなお顔を。


『み……くない。きさ、かたを。きしと、て』

 ――見たくない。貴様があの方を。騎士として――、


 クロードから生気が失われていくのを、リュウは背中越しに感じていた。


「オイ、頼むから、寝るんじゃねえ」


 声が震える。


「寝るな。意識を保て」


『なさ、ない……。たの、む』

 ――情けないが、頼む。


『るあ、さま……む』

 ――ルアノ様を、頼む。


「ダメだダメだダメだ! オイ、返事しろ! オイ!」


 リュウは悟る。

 クロードが脱力しきった。


「返事、……しろよ」





真偽(しんぎ)の鯨篇>――





豪華客船(シロクジラ)・≪ウルトラシング≫


勝者

リュウ

クロード・ロイド 【殉職】

ルアノ=エルシア・ルクターレ

シロノ


敗者

テレサ・ライトネルおよびその一派

エンジュ・スレイマン





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