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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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25.託した誰かが叶えることを

 息をつく間もないほどの連続攻撃。


 二人の黒服組から繰り出される突きや蹴り、そしてナイフによる斬撃。


 そのそれぞれが、一撃でも喰らえば、あの世送りにされるまで(なぶ)られる契機(きっかけ)を与えてしまう魔手である。


 だが、その全てが今のルアノにしてみれば遅すぎる。

 気が付けば、ルアノは計数十発にも及ぶ黒服組二人の連撃を完璧なまでに(かわ)していた。


 この二人は、それぞれが強い。強いが、それは異常な強さではない。

 たとえ王国騎士レベルの実力があろうと、ヴォルガやクレイス、そしてラアルほどまで壊れていない。


「クッソがっ……」


 タトゥーが焦りを漏らした。


 それもそのはずだった。ルアノは坊主頭の最初の掌打と、右ストレートを貰っただけだ。その後、幾多にも及ぶ彼らの手数の一つでさえ、ルアノは喰らっていないのだ。


 そして、いよいよ好機が訪れる。

 疲れからだろうか。坊主頭がタトゥーとの連携に遅れをとった。


 タトゥーの斬撃を一歩も動かずに躱したルアノに向け放たれた、破壊の一撃。

 それは僅かコンマ数秒の猶予をルアノに与えてしまうほど、致命的に遅かった。


「こんなろおぉ――!!」


 ルアノは自分の右拳を坊主頭のそれにぶつけた。

 弾かれたように坊主頭の右腕が持ち上がる。


 ――連携を崩した。


 タトゥーがフォローするように変則的な角度から刃をルアノに突き付ける。

 しかし、坊主頭による支援を失ったそれは、もはやルアノにとって脅威ではない。


 ルアノはタトゥーのナイフが握られた右手首を掴み、ハイキックを彼の顎にぶちかます。


 まるで冗談のように、自らの背丈の倍ほどの高さを舞ったタトゥー。


 片脚が上がっている体勢のルアノに、すかさず坊主頭の拳が迫る。

 しかし、その拳はあっさりとルアノの手のひらに掴まれ、坊主頭はルアノの間合いまで強引に引っ張られる。


 ――ゴン!


 ややかがみ気味に引き寄せられた坊主頭の後頭部は、背の低いルアノにとっても丁度よい高さにあった。

 すなわち、踵落としを極められた坊主頭は、そのまま地べたに顔面を打ち付ける。


 一秒ほど遅れて、タトゥーが床に落ちた音が聞こえた。

 彼は歯が数本欠けた口を開け、血を流し続けたまま起き上がらない。白目を剥いて完全に意識を刈り取られた様子だった。


 ――勝った!


 ルアノは誰にみせるでもなくガッツポーズを決めた。

 などと、馬鹿なことをしている場合ではない。


 ルアノはリュウとクロードみやる。

 そして、驚愕に目を剥いた。


「何か三つ巴になってる!?」


 クロードの鎖はリュウをも追尾していた。そして、テレサが放った光線をクロードが全て躱すと、リュウに向けていた鎖を全て費やしテレサを攻める。


 対するテレサもその全てを捌ききった瞬間である。

 リュウがテレサの懐に潜り込んだ。


 ――やった!


 そう確信したルアノだが、リュウはただ彼女に手錠をかけただけだった。

 ルアノはずっこけそうになる。


 ――何でそこで手錠なのさ!?


 そして案の定、リュウはテレサの光線をその身体に数本受けた。

 後ろに跳んだリュウはそのまま力を失い、仰向けに倒れてしまう。


「リュウ――ッ!?」


「来るなルアノ!!」


 状態を起こし、リュウは怒声を上げた。


「お前はシロノのところに行け!」


 血を吐きながらルアノに告げるリュウ。


 何を言っているのか。

 あんな状態で――。


 だが、ルアノにはわかる。おそらく、彼はシロノの身を案じているのだ。もしシロノが窮地に陥っていれば一刻も早く助力が要り、そしてシロノの場所を知ってるのもルアノだけ。


 ――彼の願いを聞き入れなければいけない。


 定食屋でルアノの知識を手放しで褒めてくれたリュウ。王城にいれば、そんなことは決して有り得ないことだ。


 プロムナードでわけのわからないことを口走ったルアノを、心配して追ってきてくれたリュウとシロノ。こんなこと世知辛いこの世界では絶対有り得ない。


 クロードをサレイネの手先ではないかと疑ったとき、彼からかばってくれたリュウ。無関係ではないと言ってくれた。どうしてそこまでしてくれるの?


 機関室で独り疑心暗鬼に陥っていたルアノを見つけたシロノ。彼は適切な距離を保ち、ただ傍らにいてルアノの問いに答えてくれた。


 明らかにルアノを狙ってきた異教徒。それを同じ異教徒のはずなのに、シロノがかばってくれた。あんなに無愛想で、それでいて異教徒。だけど、本当は優しい人だと信じたい。


 『お前が捕まれば世界が滅ぶんだろ?』とこともなげにリュウは言った。そして、本気でルアノが誰にも捕まらずにクジラから出る方法を探してくれた。

 何言ってんの? あんなの誰が聴いたってどこか拗らせた痛い少女の妄言でしょうが。

 もしそれを本気で信じて、なお関わろうとしたならとんでもない大バカだ。


 テレサはクロードの鎖に阻まれ、リュウにとどめをさせないでいる。


「クロード!! その人を助けて!!」


 気が付けばルアノは叫んでいた。

 このままリュウを脱落扱いにさせてしまえ。


「お願いクロードぉ――ッ!!」


 ここまで激しい慟哭を上げたのは、いつぶりのことだろう。

 クロードがリュウを敵と思うのはわかる。ルアノだっていくらなんでも都合がよすぎると思ってる。


 ――それでも。


「わたしはその人と、ちゃんと話がしたいんだよぉ――!!」



***



 ――『その人を助けて!』


 そんなルアノの言葉が耳に届いた。

 黒いドレスの女から放たれる幾本もの光線を躱しながら、クロードは思う。


 ――その判断は間違っている。


 何故かは知らないが、ルアノはリュウと呼ばれた少年を過信している。

 リュウという男はルアノの身分がわかっている様子だった。ならば、彼の行動には必ず裏があるに決まっている。おまけに異教徒と連んでいるような輩を、どうしてそこまで信用する?


 駄目だ。

 その先にあるのは裏切りと悲劇。


 そのことをクロードは識っている。識っている自分がルアノを助けなければならない。


 ――だが。


「わたしはその人と、ちゃんと話がしたいんだよぉ――!!」


 ふと、考えた。


 彼女のここまで切実な祈り――、それを自分がミスを犯したくない、彼女を守りたい、そんな一心で無碍にしていいのか?


 リュウという男が何者なのか、クロードは知らないのに。


 ルアノの信念を、生きる上での行動の指針を、彼女の安全のために踏みにじってしまっても構わないのか?


 絶対に有り得ない疑問。

 それをクロードに抱かせたのは、間違いなく現≪現身(うつしみ)≫隊長、ラウエ=ミゼル・ダークロウとのやり取りだった。



***



「要は任務に私情を持ち込まれたら困るという判断か?」


 クロードはダークロウにそう問うた。

 自分の希望の完全否定に、ならばこの面談に何の意味があるのかと強く拳を握り、憤る。


「その通りだ。クロード・ロイド。我々の世界で常に求められる人材とは、何の感情も抱かない、粛々と体系化されたジャッジに基づいて動く、鉄の精神を持った人間兵器。それが理想だ」


「ならば我々王国騎士団が(のたま)う理念とは何だというんだ? 数多あるクレドは、全て何の情熱もない絡繰(からくり)が考えついた、対外向けの綺麗事か?」


「我々が掲げるクレドとは、全て我々がお仕えする国のために存在する。情熱は国が持っていればいいし、国が不要とするクレドなど存在しない。そこを履き違えた愚か者が現れないという利点から、私はお前の言うところの絡繰(からくり)が必要とされていると言ったのだ」


 未だ腑に落ちないでいたクロードに、ダークロウは更に苦言を呈する。


「自己矛盾にまだ気が付かないなら、お前はただの力を持ったガキだ」


「何?」


「キャスラー君を死に追いやった原因だよ。お前はさっき半ば己の判断ミスだと言ったな。ではそのミスを、お前はどうして起こしてしまった?」


 クソ。

 クロードは胸の奥で舌打ちをする。ぐうの音も出ないほどに、彼女が正しい。


 ――私情だ。


 クロードの私情が、彼女を殺してしまったのだ。


「反省しろ。お前の思い通りにはいかんよ」


 その通り、か。

 クロードは消沈してしまう。最後のダークロウの言葉が、突き刺さった。


 反省。

 クロードは己の愚かさに後悔はしても、反省はしていなかった。


 彼女を失った責任を己に求めることで、そして麻薬という仇に相対することで、楽になりたかっただけだ。罪悪感を覚えることで、罪悪感から逃れる。そんな卑怯な魂胆が、己の中に確かにあった。


 クロードは力なく笑んだ。

 それは紛れもない自嘲だった。


「確かに」


 そうダークロウに言い、席を立つ。


「俺の考えが甘かった。失礼した、隊長のご指摘通りだ」


 ――しかし。


「だが、それならなおさら、俺は腐り諦めるわけにはいかない。次の機会を待つよ。力をつけながら」


 それは、とても途方もない道のりに思えた。自分の異動願いを次に出せるのは、果たして何年後のことだろう。理想のための近道など存在しない。結局のところ、地道と呼ばれる王道を歩むしかないということだ。


 それは別に、クロードだけが抱いている苦心ではないはずだった。

 頓挫する者もいるのだろう。だが、自分はどれだけ掛かろうと、やり遂げてみせる。そうクロードは心に誓う。


 ようやく、自分のためになる人生の目標の建て方が理解できた気がした。幾分か、視野が広がった錯覚さえ抱くほど。


「待て。誰が退出していいと許可した?」


 そのまま退室しようとしたクロードを、ダークロウは呼び止めた。


「まさか、ただ説教するためだけに、私が時間を作ったとでも思っているのか?」


「まだ、何か?」


 クロードは改めて席に着く。


 彼女の意図がわからず怪訝な表情をみせてしまったのだろう。クロードの顔を見たダークロウはふっと口元を緩めた。

 先程までの冷徹さが幾分か鳴りを潜める。


「私は≪現身(うつしみ)≫の隊長であり、ついでにどうやらお前よりも僅かに人生の先輩らしい。先輩らしく後輩の為になる話をしてやる。だが、私は悪い先輩だ」


 そう言うと、ダークロウの笑みが悪巧みを企てる権力者のそれに変わった。

 だが、何故だろう? それがどこか子供じみてみえるのは。


「当然、教えるのも悪いことだ。お前に“(ズル)い”ということの快感を教えてやる。お前達が親の敵のように暴いていた、悪事(ズル)の快感だよ」


「は?」


 クロードは彼女の言っていることの意味がわからず、間抜けな声を上げてしまう。


「クロード・ロイド。これは内定だが、もう決定事項と思って貰って構わない。お前の配属先Ⅰを“ハウネル王国王国騎士団”とする」


 配属先とはそのままの意味だ。


 例えば、クロードが希望していたのは“ハウネル王国上層公安局第二部隊”。主としてギルドや黒服組による犯罪を取り締まる部隊である。Ⅰというのは所属における大区分であり、続いて配属先Ⅱとなると更に細かい所属を意味する。


 そんな中、配属先Ⅰには王国騎士団自身である“ハウネル王国王国騎士団”なる所属が存在する。主として長期の研修を受ける騎士や、休暇中の騎士、退団を待つのみの騎士などが割り当てられる。いわば調整のためのダミーとなる所属だ。


 だが、今の人事にどんな意図があるのか、クロードにはわからない。


「……となると、どういうことになる?」


 ダークロウは懐からタバコを取り出した。器用に片手で一本突き出させると、口にくわえて火をつける。

 ふぅーっ、と吹き出される煙を、ただクロードは呆然と見つめていた。


「一年だ。一年間、時間をやる。お前はロイヤルガードのハーゼ・ミストレイの元で、自分に何ができるのかを見極め、その領域を広げる努力をしろ」


「ロイヤルガード?」


「そうだ。これは一年間の研修だ。研修終了後、改めてお前の配属先を決定する」


 クロードは驚愕に目を剥いた。

 それはつまり、クロードに対して一年間の猶予を与えたということだ。


「先程と、言っていることがまるで……」


 ――違う。


 言ったではないか。クロードには“裏”でさえ麻薬捜査の任務は任せない、と。

 人間兵器はどこに消えた?


「それは今の話だよ。人事など気まぐれなものだと言ったろう? 一年後の話など、私は知らんさ」


「ならば、この話も一年後には」


「ひっくり返っているかもな。だが、それとお前のこの先一年の過ごし方と、どう関係がある?」


 クロードは唇を戦慄かせた。

 感情が追いつかない。そんな適当な人事が許されていいのかと憤るべきなのか、チャンスを与えられたことに感謝すべきなのか。

 何にせよ、自分は随分といい加減なものに振り回されているのは事実だ。


「強かさを学べよ、クロード・ロイド。私など、こうやって意地の悪いことをする為だけに、隊長をやっているようなものだ」


 紫煙を(くゆ)らせながら、ダークロウは言ってのけた。


「当然だろう? これぐらいの愉しみでもなければ、誰がこんな馬鹿げた肩書きなど欲しがるものか。理想、理念、責任。そんなものにやりがいを求めるのは、よほどの異常者くらいなものだ――、と」


 失言を誤魔化すように、彼女は口元に手をやりクロードから視線を逸らす。

 だが、やはり(やま)しさが勝ったのだろう。ダークロウは唖然としているクロードを半眼で睨んだものだった。


「……団長(ゴルドー)殿には言うなよ?」





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