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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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24.遅すぎる到着

「まァた厄介なのが来やがった」


 首を右手でぐいぐいとマッサージしながら、顔面にタトゥーを入れた黒服が呟く。


「クロード! こっちは大丈夫だから、その女の人をお願い!」


「了解」


 そう言うと、クロードはリュウとテレサの方にゆっくりと近づいていく。


「『こっちは大丈夫』、だァ?」


 ルアノに呼びかけるようにして、タトゥーが忌々しげに言い放つ。


「随分ナメ腐ってくれてるじゃねえか、お嬢ちゃん。そりゃお嬢ちゃんが強えのは認めるよ? けどよ、流石に俺ら二人相手に“大丈夫”とかオジサン傷つくわー」


「やめろ下らん」


 坊主頭の制止を聞かず、タトゥー男はまだ言いたげにルアノを指差す。

 ルアノは無言のまま、右手を構えて襲撃に備えた。


「ンでぇ、あのシェイリス人がお嬢ちゃんの言う通りに、すんなり向こういっちまったのも気に入らねえ。俺らはもう雑魚扱いってか?」


「クロードは今、わたしの兵の代行。よほどの見当違いが認められない限り、わたしの言うことを優先する……そんだけッ!」


「だからその“見当違い”じゃねぇってのがナメてるってんだよッ!」


 一気に爆発したタトゥーの怒気。

 次の瞬間、彼は無理にルアノを攻め出すような強引さをみせたが、ルアノには単なる暴走には思えない。

 タトゥーの動きに完璧に合わせる、坊主頭の連携。


 ――これまで、加減されていた。


 そう認識したルアノの闘志は、衰えるどころか怒張する。

 本気を出した彼らの動きをみて、なおルアノには勝算めいた勘があったのだ。



***



 クロードから無数に放たれる鎖は、テレサを牽制するには十分な効果があった。

 彼の鎖を躱しきったテレサが右手をクロードに向けたところで、リュウは彼女に飛び蹴りを叩き込む。


 綺麗に入ったリュウの蹴りは、しかしながらテレサのガードによってダメージが軽減される。結果、彼女を大きく後退させたが、大きい判定かと問われたら否である。


 だが、これは闘いやすい。

 このままクロードの鎖に合わせてリュウが攻げ、


 ――リュウの腹部に、三本束ねられた鎖の薙ぎ払いが炸裂。


「オ、いっ!」


 不意打ち同然の攻撃に、リュウはぶっ飛んでクジラに備えられている救命ボート(シャチ)に落下した。


 腹部の激痛を堪えて、リュウは息を吐き出して起き上がる。

 そして力任せに脚を振った。


 ――ゴッ!!


「バカタレェー!? 何で俺まで攻撃しやがる!? 何考えてんじゃカスコラァ!!」


 蹴飛ばしたガソリンタンクからだくだくと燃料が溢れ出す。

 そんなリュウの怒鳴り声に、クロードはどこか憐れんだような視線を向けた。


「頭は大丈夫か? 貴様と共闘する道理が何処(どこ)にある?」


 リュウはクロードまでの距離およそ二十メートル弱を、二秒以上もかけて詰めた。


 ――どちらも捕らえる。それがミスの有り得ない選択。


 そんなクロードの呟きが聞こえた。


 リュウを三本の鎖が縦に降りかかる。それを急な横っ飛びで避けるリュウだが、その隙は大きい。

 鎖の一本がまるでリュウの動きをつけ回すように、横に軌道を変化させる。


 その鎖がリュウの身体を締め上げようとする瞬間――、


 輝く光がリュウの顔面真横を通り過ぎた。リュウは自らの頬から血潮が飛ぶのを自覚する。

 クロードの鎖による追撃が消えた。


 彼の操る計九本にも及ぶ鎖は、その全てがテレサに向かって伸びていた。

 そして、その内の三本をテレサは光線の奇跡で無力化してみせる。


 そして、残った鎖の四本目、五本目、六本目をテレサは都度跳躍して見事に凌ぐ。


 ――好機だ。


 リュウはテレサに向かって突っ込んだ。

 何にせよ、倒すべき優先順位はテレサが圧倒的なのだ。


 彼女の気をクロードが引きつけている間に、リュウはクロードの鎖を障害物のように、屈む、飛ぶ、滑るで器用に躱しながらテレサに接近。


 肉薄されたテレサは、リュウを跳び蹴りで迎撃。


 しかし、これも避けてテレサの背後に回り込んだリュウは、彼女の懐を完全に補足した。


 ――カチャ。


 テレサの左手首に、己の右手を拘束させた手錠をはめた。


「あ、あら?」


 と困惑したようなテレサの声である。


「どォよ!? これで俺が殺られれば死体とお手々繋いだまんまオメーはクロードさんと戦うハメにな」


 テレサの右手が手錠の鎖を握った。鈍い音と共にリュウの視界に映ったのは、相方と泣き別れになった右手首のただの輪っか。

 リュウは舌打ちをして、思い切り後方に跳躍する。


 ――しかし。


「おマヌケさん」


 そんな罵声と共に彼女の右手から放たれた光線三本が、リュウの身体を貫いた。



***



 壁に背を預けているヴォルガ・シンクェルに、制服を着用した軟派な雰囲気の男、ハーゼ・ミストレイが近づいた。


「我らが姫さんは見つかったかよ?」


「いや、避難してきた乗船客の中には、それらしい女の子はいなかったって」


「そりゃ好都合だな。……まさか、この中の誰かに既に拉致られてるってオチはねーだろうな?」


 ヴォルガはサングラスに指をかけて、僅かにズレた位置を正した。

 同行しているハーゼはため息を吐いた後、その口元を緩ませた。


「いや、それは無理だよヴォルさん。あの怪獣を拉致? 俺でも無理。ヴォルさんでも無理。変なベクトルで心配しすぎ」


「俺の存在意義を全否定すんじゃねえよ泣くぞコラ。いいのか? マジで泣くぞ?」


「殿下が王城抜け出した時点で、俺が言うまでもなく全否定されちゃってるんだよなぁ」


「それを言ったら戦争だろうが……っ!」





 あの朝。日課である朝の訓練に、ルアノ=エルシア・ルクターレはなかなか姿を見せなかった。


 ――また寝坊か。


 彼女の怠慢は、今に始まったことではない。

 そんな風に、そのときヴォルガは確かに余裕だったのだ。だが、様子を見に行かせた女給仕が青ざめた顔で帰ってきたとき、ヴォルガは己のとんでもない失態を悟った。

 心臓を鷲づかみにされたような緊張。女給仕は無言で一枚の紙切れをヴォルガへと渡す。


 ――探さないでください。必ず戻ります。


 そんな短い一文に、ハウネル王国の王女――すなわちルアノ個人の印が添えられていた。

 ヴォルガは危うく重要な証拠品になるであろう置き手紙を、握り潰しそうになったものだった。





 港町ホガロに赴任中だったハーゼの部下、クロード・ロイドの通報により海上警備隊のクジラを使って≪ウルトラシング≫に駆けつけたヴォルガとハーゼだったが、待っていたのは≪ウルトラシング≫の爆発。

 黒煙を吹き出す巨大なシロクジラを前に、乗船していた警備隊全員は度肝を抜かれてしまう。


 こともあろうに、一国の王女が乗船したクジラでシージャックが発生したのだ。


 未だに事態を把握できていないヴォルガ達だが、犯人達の狙いがルアノであることを、どうしても疑いたくなってしまう。

 ≪ウルトラシング≫に移乗しようとした海上警備隊だが、それを阻んだのは犯人達の放送だった。≪ウルトラシング≫の乗客を全員、こちらのクジラに移乗させろというのだ。

 ≪ウルトラシング≫には結構な人数の乗客がいる。三隻のクジラから成る警備隊はその人数を受け入れることは可能だったが、ずいぶんと時間が掛かってしまった。


「で、ようやく乗客の移乗が済んだわけだけど」


 ハーゼが真顔になって提案した。


「アホな冗談言ってないで、俺達さっさと≪ウルトラシング≫に移乗すべきでしょ?」


「同感だ。余所(よそ)の連中にゃ悪いが、一足先に行かせてもらおうぜ」


 他の≪現身(うつしみ)≫よりも先んじてルアノに接触する。

 それが、ヴォルガとハーゼが第一王子のラアルから命じられた任務だった。


 おそらく、ルアノは≪赤の預言≫で、何かとんでもない危機の預言を賜ったのだ。そして、それを話してはならない縛りは、ラアルの予想では上層全域までに及んでいる。

 ならば、その制限の外に出てしまえばいい。それがラアルが導き出した解決法だ。


 故に、今ヴォルガは≪現身(うつしみ)≫ひいては王国騎士団を抜ける手続きを行っている。それも、ルアノの逃亡を幇助(ほうじょ)した罪をあえて引き受けることで、除名処分を受けるという、半ば裏技めいたやり方で。


 しかし、クレイスの報告によれば、それもどこかでストップが掛けられたようだった。

 大方、残念隊長(ダークロウ)堅物団長(ゴルドー)あたりが空気を読まず、裁判が終わるまで除名の許可を下ろさないとでも言ったのだろう。そうヴォルガは愚考する。


 そのことは、とりあえず後回しでいい。

 問題は≪ウルトラシング≫で何が起こっているか、だ。


 ルアノは強い。

 ルクターレの血を引く彼女の実力ならば、そんじょそこらの勢力では腕利きでさえ太刀打ちはできないはずだ。加えて言えば、彼女はヴォルガが敬愛していた先代巫女エルシアに指名されるだけの“何か”を持っている。

 更に、ルアノには今、クロード・ロイドがついているはずだ。


 ――何が起こっていようと、必ず無事のはずだ。


 だが、ここで彼女の力になれない者の、何処がロイヤルガードだというのか。

 ここで彼女を心配しなければ、自分に一体何の価値があるというのか。


 たとえ、彼女がどれほど強い存在であっても――。


「必ず、助ける。必ずだ」





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