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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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23.代行者

 ――クレイモアを抜く隙がない。


 右側から繰り出されるタトゥー男のナイフによる連撃を(かわ)しながら、ルアノは胸中で悪態を吐いた。


 そう考えている間に、左からは坊主頭のジャブが飛んでくる。こちらはさっきのルアノの蹴りで、上手いことダメージが残ったのだろう。そのスタイルから元国立兵だと思われる彼の近接格闘術は、本来であればこんな程度では済まされなかったはずである。


 多人数相手における戦闘訓練は、ルアノも十分積んできた。だが、この二人は訓練の際に相手にしていた上層の王国騎士に、引けを取らない実力を持っている。

 それを武器も無しに対抗するとなると、やはりこちらの攻めの手が温くなってしまう。


 先程からダメージのある坊主頭に集中して攻撃を入れようとするが、どうしてもタトゥー男が無視をさせてくれないのだ。

 彼の独特の戦闘術は、おそらく殺人に特化したものでこそないものの、繰り出す術者により実用面を引き上げるアレンジが施されている印象を受けた。


 もどかしい。

 今すぐこの二人をダウンさせて、リュウの助太刀に向かいたい。

 だが、彼らに対してルアノは言ってしまえば防戦一方の状況だ。


 ――それでも。


 決めたのだ。リュウとシロノと、より多くの言葉を交わして互いを知り合うと。

 彼らは偶然に現れた善良な人間なのか? それとも偶然を装いルアノに優しくしていただけの悪意ある人間なのか?


 ああ、とルアノは心の中で、己の言動をしっくりくる表現を思いついた。

 自分が今どうしたいのか。どう在りたいのか。


 ――それは、フェア(・・・)だ。


 あんな風に馬鹿みたいに逃げ回って、近づく全ての人間を、味方だの敵だの。足りない頭でそんなことを考えながら、怯えて過ごす。

 いくら世界の危機を背負っているからと言って、どうしてそんな風にしか人を見れなくなってしまわなければならない?


 “いったんのところ”、“ひとまずは”、では満足できない。

 リュウとシロノが自分がしてくれたことに、どういう意図があったのか?

 きちんと、けじめをつけたいと願った。


 ――自分の猜疑心は自分の味方だ。


 そう考えると、ルアノは荷物一つを放り出したかのように、ほんのごく僅かだけ軽くなったような開放感を得た。


 ――決して、自分を萎縮させる敵なんかじゃない!


 そのごく僅か(・・・・)分だけ軽くなった身体は、ルアノのギアを一つ上げさせた。


「ハァ!」


 坊主頭が放った強力な右ストレートを、ルアノは小さな肩でもろに受ける。

 普通に骨折さえもあり得るであろう超威力の攻撃に、ルアノはバランスを失ってその身を回転させる。


 その隙に、タトゥー男が直撃確定の斬撃をルアノの身体めがけて振り下ろた。


 刃渡りの長いアーミーナイフの、無骨で無慈悲な凶刃が迫る。


 ――それでいい。


 ナイフの刃は僅かにルアノまで届くことはなく、ルアノが背負うクレイモアの鞘のベルトを切断した。

 支えを失い、自然と落下するクレイモアをルアノは器用に蹴りどかす。


 そして、背中の荷物から解き放たれたルアノは、すっ転ぶ前に両腕を地面につけてハンドスプリングで体勢を立て直した。


 そんなルアノの硬直を見過ごすわけもない二人の黒服は、一気にルアノに躍りかかる。

 千載一遇のチャンスに、二人は時間差によるコンビネーションさえも捨て、ルアノにそれぞれが同時に攻撃を繰り出した。


 だが、たった一本分のクレイモアの重量から解放されたルアノに、そんな隙などあり得ない。


 チャンスを得たのは、クレイモアに対する執着心を手放したルアノこそ。


 ルアノは重さを失った身体で垂直に跳躍。

 二人の攻撃を、まさに靴底の厚さ程度のギリギリで回避したルアノは、左右の脚を伸ばして男二人の身体にそれぞれを直撃させた。



***



 リュウは時間が緩やかに流れるような錯覚を抱いた。もしかすると、これが走馬灯と呼ばれるものなのか。


 テレサの能力に、明確な弱点は存在しない。

 ただ、その光線は直線的な動きをするため、テレサは複数の光線を一息に放ち、それぞれの角度をバラけさせて範囲をカバーしている。


 その威力はサーベルを食いちぎるほどで、リュウの身体など容易に貫いてしまうだろう。


 左手を伸ばし、リュウは身をできるだけ低く保った。


 一発の光線はリュウの右の太腿を抉り、また一発の光線は左肩を削る。


 捨て身の接近。

 それがリュウの選択だ。


 一本はかすりもせずにリュウの右側を通過する。

 だが、目前に迫る二本の光線の軌道はかなり危うい。このままではリュウの胴体を貫く。


 ――頼む!


 訪れた光線を、リュウは伸ばした左手で受けた。

 そのままリュウの手を貫通して、胸や腹に届き、内蔵を蹂躙した挙げ句に背中から飛び出すはずだった、二本のそれらは、


 突然に軌道を変え、リュウの身体を避けるようにして明後日の方向へと反射される。


 リュウの左手には掌サイズの水球。それが障壁となり、リュウの体を護ったのだ。


 ――成功だ!


 毎日欠かさず訓練した甲斐があった。

 土壇場での成功を期待する。それが必要とされるほどの修羅場は、リュウとて何度も潜ってきた。


「オオオッ!」


 リュウは怒声を上げてテレサに突っ込む。


 彼女はリュウのスピードに遅れを取った。迎撃の構えは間に合わず、むしろ避けるという選択肢を選ばなかったのがリュウの好機だった。


 リュウはテレサの身体を飛び越すように跳躍前転宙返り。自身の頭が下のテレサに向けられた瞬間に、彼女の腕をつかむ。


「ちょっと、それは」


 思い切り引っ張れば、彼女ほどの体躯が丸々吊れた重量感。リュウは回転を終えて着地をする瞬間、自分を中心にしてぐるりと宙をぶん回したテレサの身体を、木槌(ハンマー)のように地面に叩きつけた。


 彼女が背を打ち付ける刹那に、


「甘くみてたわ」


 そんな、テレサの呟きが中空に溶けた。


 (ゴウ)と荒々しい音が鳴り響く。

 デッキの床に亀裂が入り、リュウはその感触に確かな手応えを感じる。


 亀裂の元にいるテレサの口から、大量の血液が吐き出された。

 ごぽりと溢れたそれを認めたリュウは、他に警戒の対象がないか周囲を見回す。


 そして、ルアノの姿を見て驚愕してしまう。黒服二人相手に、五分の勝負をしているのだ。

 すぐに彼女の助太刀に入ろうとするリュウは、その視界の端に捉えてしまった。


 よく知らないが、両腕を完全に縄で拘束されている三人の黒服。彼らは電車のように一本のロープで一繋ぎにされているようだ。犯人達に(ろく)でもないことをされたのだろう。


「オイ! 逃げろアンタら!」


 リュウがそんな怒声を上げたのと、足下に衝撃を受けたのは同時のことだった。


 ――!?


 唐突に体重の支えを失ったリュウは、尻餅をつく前に両の手のひらを使い、体操の技のように自分の身体を倒立たせ、綺麗に着地をしてみせる。


 テレサだ。

 リュウの渾身の叩き付けに負けず意識をキープした彼女は、横になった体勢のまま、リュウに足払いをかましたのだ。


 ――タフ過ぎ!?


 テレサが放った複数の光線を目前に控えて、リュウは心中で零した。


 その全てを緊急回避したものの、ヘッドスライディングの要領で光線を躱したリュウは、地に這う体勢になる。とっさにハンドスプリングで起き上がろうとするが、


 その動きは完全にテレサに読まれていた。


 口元を血で汚したテレサは、リュウに向かって無慈悲に右手を向ける。


 ――穴だらけ(・・・・)


 光線に串刺しにされるヴィジョンを垣間見て、リュウは水の障壁を作り出そうと手のひらで身体を庇うが、


 そんなリュウに襲いかかったのは、一本の鎖だった。


 鎖がリュウの右手を絡め取り、生き物のようにうねって身体を持ち上げた。

 かと思えば突然に解放され、わけもわからないまま放り出されたリュウは、またしても地面に背を打ち付ける。


 その空中に舞った一瞬、意外な光景がリュウの目に映る。

 何本もの鎖がテレサを、ルアノと相対する黒服二人を、薙ぎ払うように襲撃していた。


「げほっ!」


 咳ごみながら、リュウは彼の到着を悟る。

 起き上がり、鎖が伸びる先を見やる。案の定だ。


 ルアノが、黒服二人が、テレサが、彼を凝視している。


「ルアノ様」


 そう彼は言う。


「ロイヤルガード、ハーゼ・ミストレイの代行。――クロード・ロイドが務めさせて頂きます」


「くろーぉどぉお!」


 ルアノが感極まったように、目を潤ませながら吠えた。

 それに対し――、


「来たわね……。制服組」


 リュウへのそれとは比にならない、凶暴な敵意を剥き出しにしたどす黒いオーラを、テレサが確かに纏った。





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