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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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22.嗜虐の光線

「見回りの連中、戻らねえすね」


 タトゥーがつまらなそうにぼやいた。


 彼らの帰りが遅い。確かに、それはテレサも考えていたところだった。

 想像するに、忠告を聞かずに乗り込んできた海上警備隊にやられたか。


「仕方ないわねえ」


 テレサはブリッジの船長席から腰を上げる。


「そろそろ逃げるわよ」


 まだハウネルの海域は抜けていないはずである。だが、別にテレサ達の脱出地点はどこでも構わない。このクジラがシェイリスに入ってから、爆破して沈めればそれでいい。

 テレサ達は潜水艦(モグラ)を使い脱出する。そう容易くは見つけられないはずだ。


 テレサは嗜虐的な笑みを浮かべて、人質の三人を見た。

 彼らには囮役として、避難用の小舟(シャチ)に乗らせる。少し手間だが、時間稼ぎくらいになってくれるだろう。


「乗客達は全員避難したでしょうか?」


「爆破させるまで余裕あるし、大丈夫だろ流石に」


 心配性の坊主頭に、タトゥーはヒヒッ笑って答える。


「まぁ、流石に乗り込んできちまった警備隊の連中はわかんねえけど」


 どうでもいいことだが、そちらのほうも被害は出ないのではないかと楽観するテレサである。

 一応爆弾が積まれていることは教えてあげたのだ。それでもなお長居するほど、海上警備隊も馬鹿ではないだろう。


「さ、行きましょう」


 黒服二人は人質を立たせて、歩かせた。

 先に五人が移動するのを見届けてから、最後にテレサがブリッジを後にする。


 ――もう任務も締めくくり。


 今回はかなり肩こりが酷く残りそうなミッションだった。図太い神経をしていると自覚しているテレサだが、久々に神経がごりごりと削られるスリルを味わったものだ。


 テレサ達はシャチがあるデッキへと向かう。

 途中で人質の一人が逃げだそうとしたが、坊主頭に小突かれて大人しくなった。念を入れ、テレサは坊主頭に三人を一つの縄で繋ぐよう指示した。


 彼らのお守りにも結構な手をかけさせられたものだった。もっとも、テレサは奇跡で彼らを黙らせただけだが。

 もっとも、そんなお荷物を抱えるのもここまでだ。


 開放感を僅かに覚え、気分が高揚してしまう。


 ――そんなテレサをデッキで待ち構えていたのは、二人の少年少女だった。



***



 漆黒のドレス。くらりとさせられるような金色の髪。

 背筋に悪寒を感じるような微笑を浮かべた唇と、それに塗られた(べに)


 ――そして、踵の高いヒール。


 リュウは直感する。デッキに現れた、そしてホガロの坂で一度すれ違った彼女こそ、“テレサ”なのだと。


「あら、可愛いコじゃない」


 テレサと数人の黒服組が、リュウ達から二十メートルほどの距離を置いて立ち止まった。


「え? そ、そうかなー?」


 テレサの発言に、ルアノは右手を首の後ろにやり、照れてみせた。


「貴女じゃないわ」


「えー!? 可愛いかなこの人? ちょっと顔恐すぎじゃない?」


「ほっとけ」


 突っぱねたテレサに、ルアノはその目を縦楕円に変えてリュウの顔を凝視した。


「で? 見た感じ、警備隊の人達じゃなさそうだけど?」


 テレサは他の黒服組より一歩前に出て、リュウに問い掛けた。

 ようやく本題に入るつもりになったようである。


 ――これは賭けだ。


「テレサさん。俺達は事情があって、海上警備隊の連中から逃げている。アンタのモグラに乗せてくれねえか?」


「ふうん? ペット志望かしら? 別に構わないわよ」


 テレサの笑みが友好的なものに変わった。

 拍子抜けするほどのあっさりとした認容に、リュウの警戒心が高まる。


「ただし、ガールフレンドはいらないわ。今すぐ海に棄てて頂戴」


 ――やっぱりかよ。チクショウ。


 リュウは心中で舌打ちをした。


「追われてんのはコイツなんだ。頼むよ。金なら払――」


 それを避けることができたのは、おそらく本当に運がよかったからだろう。


 テレサが右腕を伸ばした瞬間、リュウ――ウィルクの身体はおぞましいまでの害意を感じ取ったのだ。

 突如として放たれた煌めきを、リュウは大きい横っ飛びで回避した。


 ――何だ今のは?


「面倒くさいわねえ」


 苛立たしげにテレサは言った。


「いいわ。貴方、穴だらけにして遊ぶから」


 テレサの右腕が、再び持ち上げられる。



 ――来る!



***



「リュウ――!?」


 ルアノはテレサ達に向かって、全速で突撃した。


 判断を誤った。やはり、交渉など不可能だったのだ。

 もう戦うしかない。

 敵はおそらく三人だ。他三人の黒服達は縄で拘束されている。多分だが人質か何かだろう。


 右腕を上げたテレサに向かい、ルアノは納められているクレイモアを――、


「ッ!」


 抜こうとしたところを、ナイフの投擲がそれを阻んだ。

 そうして気を取られた、ほんの微かな瞬間。


 ――ルアノの顎に坊主頭の黒服の掌打が入った。


 ルアノは数メートルほど後方にぶっ飛ばされる。後頭部を地面に打ち付けると、更に後方へと転がった。


「そこそこ速い」


 そんな坊主頭の呟きが聞こえる。


 ――しかし。


「オイ。避けな、軍人君」


 ルアノは背を向け、リュウに注意を向けた坊主頭の黒服に躍りかかった。

 振り返った坊主頭は、僅か一瞬での反撃に目を見開き、ルアノの飛び蹴りをガードした。


 間に合ったはずのガードだが、ルアノには十分な手応えがあった。坊主頭はそのまま勢いよく飛び、転落防止の柵に激突。


 それを認めたのもほんの僅かな間だけ。

 次の瞬間には顔面にタトゥーを入れた男が、ルアノに突っ込んできた。


 伸ばされた彼の手を(かわ)し、その腕を掴むルアノ。

 そのまま彼を投げ飛ばそうとするが、脇腹に迫る危機を感じ取り、腕から手を放して一気に距離を取る。


 ルアノの緊急回避に、坊主頭の蹴りが空ぶっていた。


「だァから、避けろッつったろ」


「もっと早く忠告しろ……けふ……」


 短い問答をした二人組。


 ルアノは悟る。

 この二人はそれぞれが強い。そして、自分はその二人を同時に相手にしなければならないと。



***



 目前に迫る、輝く光。

 リュウはそれを側転で回避した。


 そして、第二陣にしてその正体がようやくわかる。


 ――光線だ。


 テレサの右手首あたりから、何本かの細い光線が放たれているのだ。


 ――奇手(つかいて)かよ!


 リュウはこの日二度目になる奇手(つかいて)との対戦に、その口元をつり上げた。


 アルフィの魔弾に比べ、その光線はスピードこそあるものの、攻撃範囲や威力は大したことないように思える。

 もっとも、それは比較対象がおかしいだけだ。


 一本一本は直線的で回避しやすいが、ほぼ同時に何発も放たれるそれに、リュウはクロードとはひと味違うやりにくさを感じていた。


 ――おおよそ五本。一呼吸に五本ほど放たれる。


 リュウはテレサと距離を保ちつつ、縦横無尽に移動を続ける。

 そして、テレサの攻撃が一瞬止んだその隙に、チンピラから奪い取ったサーベルを引き抜いた。


 そのまま距離を詰めようと彼女に迫るが、再び幾本もの光線が放たれ、リュウは軌道の変更を強いられた。


 ギリギリで回避した瞬間、サーベルがテレサの光線に運悪く触れてしまう。

 柄から数十センチのところで光に照射された鉄の塊は、ぼろっと零してしまうようにして半身を失った。


 ――マジ?


 まるで(のり)付けでもされてたかのように、あっさりと切り離されたサーベルに、リュウは一瞬視線をやった。

 切り口は明るい朱の光を放っており、煙草の火種を彷彿とさせる。


「役に立たない玩具ね」


 リュウの注意が逸れた一瞬の間に、そんなテレサの嘲笑が聞こえた気がした。


 気が付けばテレサが目前に迫り、リュウとすれ違う。


 リュウはテレサを見失い、背後に方向転換をしようと振り向く、


 ――が、リュウの視界に映ったのは、マントのようにひらりと靡く黒い布。

 それがテレサのドレスであることに気が付いたのは、リュウの頬に彼女の回し蹴りが炸裂した瞬間だった。


 その衝撃に、身長が縮んだサーベルを容易く手放してしまう。

 頭部に痛打を喰らったリュウは、床に無遠慮に叩き付けられ、一度バウンドしてなお勢いよく転がった。


 世界から音が消える。

 天と地が逆転を連続させる空間の中、自分が今どこにいるのかさえも不明瞭な混乱。


「アアアァッ!」


 それでも、リュウは腕を思い切り伸ばして、身体を宙に持ち上げる。そのまま手首を捻り勢いを付けて逆立ちの姿勢のまま跳ねた。

 その位置に光線による穴が四つ空いたのは、僅か半秒後のことだった。


 ――危険な当たりを喰らった。


 着地したリュウはぐにゃりと歪んだ視界に舌打ちをする。


 平衡感覚がままならず、いまだ自分が地に立っているのか半信半疑なまま、向けられた嗜虐の悪意だけは確かに感じ取る。


 リュウは背後に跳躍し、テレサとの距離を取った。

 感覚はまだ鈍く、地面に手をついてしまう。


「ふうん」


 感心なのか興味なのか、いずれにせよ軽視するテレサの発音が聞こえた。


「結構頑張るじゃない。そう一生懸命なところを魅せられたら、楽にしてあげる気も失せるってものだけど」


「……これからも精進するんで、この辺で勘弁してもらえませんかねぇ」


 ハッと笑い飛ばし、軽口で返すリュウ。

 しかしながら、内心では余裕などない。


 テレサは強い。


 攻撃範囲が狭い。威力が低い。

 リュウは魔弾のスペシャリストであるアルフィに鍛えられたがゆえ、テレサの能力を心のどこかで侮っていた。

 しかし、彼女もまた、アルフィ同様に己の個を洗練させた奇手(つかいて)なのだ。そこいらのチンピラ相手になまじ連勝を重ねていたリュウは、黒服組の恐ろしさを甘く見ていた。


 ――ジリジリ。


 そんな風に自嘲すると、リュウの中で何かがふつふつと沸き立ってくるのを自覚する。

 それは、ゲームタワーで戦っていたときの、理想に近かった“あのころ”の研ぎ澄まされた感覚。


 バチバチッ!


 ――近い。


 日和っていたリュウは、かつての自分の意識に、今の自分が徐々に近づいていくのを感じた。


 そして、それはウィルクのセンスに、不自然さの一つもみせず綺麗に結合されていく。まるでバラバラだった複数の回路を、肉体を巡るヴェノが丁寧に最適な組み合わせで編み込んでいくかのように。


 ――リュウの視界が晴れた。驚くほど鮮明に。


 テレサはゆっくりとリュウとの距離を縮めてくる。

 その余裕をみせる瞳の向こうに、リュウが光線で串刺しにされている未来が見える。


「マヌケ」


 ――せせら笑った。


 そんなリュウを刮目し、テレサは右手を上げる。

 その人差し指は真っ直ぐとリュウへと向けられた。


 ――迫る光線。


 リュウは鋭く空気を抉るそれらに、自ら突っ込んでいった。





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