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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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04.他人の値段

 リュウとシロノは、筋肉男から巻き上げた≪ウルトラシング≫のチケットを捌くべく、紹介された転売屋に向かっていた。


 ホガロは王都に負けず、活気のある街だ。

 港町というだけあり、水産物の市場への人の出入りが激しく、街の中心部は早朝はもちろん昼間でさえも喧噪に包まれている。


「寒くねーか?」


 リュウはシロノに気を利かせて尋ねるが、特に反応はない。


 季節はすっかり春になったところだが、海が近いという地理上、潮風が強くて人によっては寒かろう。まして、この日は曇っており気温が低い。

 もっとも、リュウもシロノもつい先日まで山にいたため、寒さには基本的に慣れっこなのだが。


 リュウは懐中時計をジャケットのポケットから取り出し、パカッと蓋を開く。

 時刻は十三時を回っており、リュウは空腹に気が付いてしまう。昼前から賭場に入り浸っていたため、昼食を取り損ねていた。


「ダフ屋行く前に、飯食うか?」


 そうシロノに尋ねると、彼はこくりと頷いた。こうして意見を示してくれただけでも、出会った当初と比べれば大した進歩だった。

 リュウは微かに笑みを浮かべると、『なら適当に店入るか』と呟く。


 ――そこで、


『アブねっ』『オイコラ!』『キャ!』『ごめんなさい!』


 などと、正面から不穏な騒ぎが迫ってくることに気が付いた。


「オイ、ソイツ捕まえてくれ!」


「ゴメン! ちょっと道開けて!!」


 喧噪の正体がリュウの視界に入る。


 赤い長髪を振り乱し、小柄な少女がリュウ達に向かって突進している。その大分後ろに二人の男がくっついていた。


 彼女達は通行人達を器用に(かわ)しながら、かなりの速度でこちらに近づいてくる。おそらく、リュウ達に接触するまで、あと三、四秒といった猶予しかない。


 男がしきりに『待て』を繰り返していることから、リュウは赤髪の少女と男二人が何をしているかの当たりをつけた。


 ――追いかけっこか。


 通行人達は、赤髪の少女を捕らえようとするどころか、譲るようにして道の両脇に移動する。


「こういうところは(こっちの)世界でも変わらねぇな、オイ」


 リュウは身構えて、少女の衝突に備えた。


「ちょっと、どいて!」


 そんな少女の警告など、聴くはずもなく。

 リュウは彼女を捕らえようと、ラリアットの要領で広げた右腕でその小柄な体躯に、


 ――彼女は大きく跳躍し、あっさりとリュウを飛び越す。


 しかし――、


「シロノ!」


 リュウが怒号を上げた瞬間、シロノは空中の赤髪の少女に飛びつき、地面に叩き付けた。


「ぶ!」


 そのまま、シロノは少女を押さえつける。

 呻き声を上げている彼女を、リュウは冷たく見下ろした。


 ――(かわ)しやがった。


 リュウは彼女が只者ではないことを悟る。

 よく見れば、彼女は背中に不釣り合いな大振りの獲物を背負っており、それに加えて布で十分に保護してある“何か”も、同じように担いでいた。


「ぜーっ、ぜーっ、兄ちゃん達……、助かった、ぜ……」


 遅れてきた男二人のうち、一人が息も絶え絶えといった様子で礼を述べた。

 彼らは二人して中腰になり、両膝で手を支えながら息を整えている。


「この、クソチビ……。すばしっこいの……、なんのって……」


「うぅ、はなせぇ」


 二人の男の風貌は、明らかに堅気ではない。

 そんな二人に追いかけられるということは、余程のことをしでかしたに違いなかった。


「何やったんだ?」


「踏み倒しだ」


 リュウが男の一人に尋ねると、彼は大きく息を吐いて、リュウに向き直り答える。


「このガキ、ウチの賭場で七万敗けて、とんずらこきやがったのよ」


「そりゃ命知らずだな」


 リュウは力なく抵抗している少女をせせら笑った。


 どういう事情か知らないが、金に困ってギャンブルに挑んだのだろう。賭金もなければ、勝てる見込みもないまま。


「見るからに金がなさそうじゃねえか。止めてやりゃよかっただろ」


「ウチは特に年齢制限設けてねえし、敗け分は肉体労働で支払うってことで、オーケイしてやったんだよ。逃げるのは警戒してたんだが、あまりに逃げっぷりが見事でよ」


「こりゃ、下手に売り払っぱらうより、ウチのギルドで働かせた方がいーんじゃねえか?」


 ちょっとしためっけもんだぞ。そう男は呟いた。


 リュウも同感である。彼女の運動能力は卓越している。それなりのワケがありそうなのも、この少女ならば不思議ではない。


「待った。俺が敗け分を肩代わりする」


 しかしながら、この少女を自業自得と見捨てるのは、少し抵抗があるリュウである。

 “義を見てせざるは雄なきなり”という言葉を信じるべきか。リュウは気が付けば、彼女の敗けを補填することを決めていた。


『ア!?』


 男二人は度肝を抜かれたように、リュウの顔を見た。


「マジで言ってんのか?」


「マジだ。七万シーン、俺が払う」


 少し背が低めの男が、もう一方の顔を伺うように視線を向けた。それを受けた年上であろう男は、リュウを訝しむように凝視しながら、考えている様子である。


「……一〇万だ」


「その三万は何だよ?」


「手間賃だよ。こんだけ走らされて、俺らに金入らなきゃやってらんねぇ」


 リュウはため息を吐いた。


「わかった。一〇万シーンだな。払うから、コイツは見逃してやってくれ」


 別に構わないリュウである。

 先の選抜試験で得た大金のせいか、少々金銭感覚が麻痺しているのを自覚しているが、払える額であることに変わりはない。


「本気かよ、テメエ」


「信じられねえ。一〇万だぞ? こんなチビガキにそんな価値あるか?」


「その金で連れのコに良い思いさせてやれよ。何他の女に大金使おうとしてやがる」


「すげえ美人侍らせといて、とんでもねえヤローだ。ロリコンの類いか」


「金の力で堂々浮気かよ? マジで腐ってんな」


 上乗せに承諾したリュウに、二人は代わる代わるに四の五の言い始めた。

 しかも、誤解にもかかわらず、彼らが言っていることが真っ当過ぎる。

 リュウは『え? いや、違……』などと狼狽しながら情けない否定の言葉を漏らしていた。


『ねえ、ヤバくない?』『通報した方が……』


 ざわめきが拡張され、大衆の危機感が飽和していく。それはやがて、分散されたはずの責任でさえ、“通報の義務”にまで到達する。


「あ、どうぞどうぞ、通報して下さい」


「こっちにやましいことないんで、全然通報されても大丈夫っす」


 強気に周囲に主張するチンピラ二人に、リュウは――、


「あ、お騒がせしてすいませんっす。どもども」


 ――などと、彼らの演技に合わせるように、往来する人々に気を付けの姿勢で主張していた。

 これだけ堂々とすれば、端からみて問題があるのは少女の方だと思ってくれるだろう。


「やめてぇ。通報だけはやめてぇ……」


 一方で、後ろ固めで組み敷かれながらも、警備隊の到着を嫌う少女。

 一見すれば渾沌(こんとん)としているが、何のことはない。少女を悪とみてくれれば、大衆にとっては簡単に筋が通る光景。技ありも同然だ。


『なんか、問題なさそうじゃありませんか?』『てか、女の子が悪いとか?』『超イケメン。マジタイプ』


 通りの緊張した空気は弛緩していった。道行く人々は、再びまばらに散り、今一時の事件を忘れて自分の人生に戻ることだろう。

 冷たい現実だが、今だけはありがたいと思うリュウである。


「ふ。兄ちゃんわかってんじゃねーか」


「さては、慣れてやがんな? 悪いヤローだ」


 そう、チンピラ二人はリュウの働きを認め、へへっと鼻の下を指でこすった。

 共闘して、危機を脱した。そんな謎の一体感が、リュウの心を満たしている。おそらく、それはこの二人も同じだろう。


 だから、リュウは笑って言った。


「んじゃ、金払うからコイツ見逃してくれんだろ? 腹減ってんだ。あんたら、この辺でウマい飯屋――」


 途端、男二人の空気が明らかに剣呑なものに変わる。


「テメエ、もしかしておちょくってんのか?」


「ハァ? 何でそうなるんだよ?」


「コイツ、乗ってやがる」


 ――今、わかり合えそうになった空気はどこいった!?


 驚愕の手のひら返し。背の低い方がリュウを指さして年上の方をみていた。


 刹那、目前に迫る拳を、リュウは一歩退きスウェイバックで回避した。


「あっぶねぇ! 払うっつってんだろうが!」


「その前にボコらせろや!」


 ――ああクソ!


 元の世界にいたころから、リュウはずっとこの調子だ。

 因縁をつけられ、どうにか丸く収めようとしても、どうしても喧嘩に発展してしまう。


 リュウは背の低い男の遅いパンチを受け止め、彼の腕を掴んで持ち上げる。そのまま、もう一人の男にジャイアントスイングで投げつけた。

 二人はまとめて数メートルはぶっ飛び、壁に仲良く激突した。


「何でこうなっかな……?」


 大衆の注目を浴び、リュウは気まずい思いをしながら呟いた。

 もっとも、その原因が他人をムカつかせる己の薄ら笑いであることを、リュウは内心でわかっているのだが。


 リュウは赤髪の少女に視線を移す。

 彼女はシロノの下で、力なく沈黙していた。


 おかしい。

 先ほどまで、あれほど元気に飛び回っていたのに。


「オイ、生きてるか? チビ」


 捕まえた昆虫が、虫かごに入った途端にぐったりしたときのような罪悪感を覚える。

 リュウは少女に応答を求めた。


 ――ぐうううう。


 などと、立派なだけに情けない腹の音が聞こえた。


「おなかすいた」


 消え入りそうな声で、そう赤髪の少女は言ったものだった。





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