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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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01.フォールド

 ――ゲームタワー。


 そこは無作為に選ばれた者達が、どういうわけか様々なゲームをプレイさせられる謎の施設である。

 ゲームを重ね、黒星が三つつけばゲームタワーから退場し、白星が十に達すると願いが一つ叶えられる。退場においてデメリットは何もない。強いて挙げるならば、願いを叶えるチャンスを失うことだけだ。


 神坐流(かみざりゅう)は練炭による自殺を図り、死ぬはずだった。

 しかし、ゲームタワーにその命を救われ、そこの職員の口車に半ば乗せられる形で、ゲームをプレイすることになる。

 これは流の人生において、信じがたいほどの珍事である。


「ならアナタは、そのサングラスの職員の言うところの“哲学”を追って、ゲームタワーでゲームを続けているの?」


 流は妖艶な女性と、ポーカーテーブルを挟んで向かい合っていた。


 ゲームは“課金ホールデム”。

 “リアルマネー”と“プレイマネー”の二種類のチップを使用する、一対一の特殊なポーカーである。


 プレイヤーはベッドやチェック、コール、レイズ、フォールド等のアクションに加えて、さらにフロップ、ターン、リバー等のコミュニティカードの参照に、逐一“リアルマネー”を支払う必要がある。その名の通り、課金制度を盛り込んだルールだ。


 “リアルマネー”が尽きれば、破産となり敗けてしまう。これを防ぐには極力レイズの回数やコミュニティカードの開示を控えなければならない。

 一方で、賭けで奪い合うチップである“プレイマネー”が一定量に達すれば勝利。


 つまり、課金量を減らして延命を図るか、逆に大量課金することで一気に“プレイマネー”を稼ぐかの選択が鍵となるポーカーなのだ。


「お金には興味はないの? 最大で十ケース積んでくれるらしいけど?」


 女性は両肘を机の上につき、組んだ両手の甲に形の良い顎を乗せた。彼女のドレスの胸元は大胆に露出しており、覗かせる谷間が目に毒だった。


「全くねえと言ったら嘘になる」


 流は自らの手札に視線を落とした。


「もし白星十になったら、改めて考えるさ」


 流は“リアルマネー”を支払い、フロップの参照を要求した。

 流の手札と併せて、既にJのワンペアが出来ている。


 悪くない。スリーカードまで狙える。


「チェック。あんたはどうなんだよ?」


 流は“リアルマネー”を支払い、同じ質問を彼女に問い返した。


「そうね、私は新しいヒールが欲しいわ」


 そう言いながら、彼女は“リアルマネー”を支払う。両者がフロップを参照したため、伏せられていた三枚のコミュニティカードがオープンされた。


「ヒール? そりゃ靴のヒールか?」


「ええ、そうよ」


 何かの符丁かと疑ったが、彼女の様子をみる限り、何の捻りもなくヒールを指しているようだ。

 まさかの回答に流は首を傾げた。


「そりゃ、十ケース貰ってから、好きなだけ買えばよくねえか?」


「お金は幾らでも手に入るわ。お金で買ったヒールより、ここでの賞品として貰った方が、自分の中での価値が遙かに違うと思わない?」


 眉を垂らして問うた流に、彼女は優美な笑みを浮かべて答えた。

 それでも流は納得できない。


「記念品かよ。何でヒールなんだ? 別にドレスでも指輪でも、何でもいいだろ? つーか、そういうのって消耗品は避けるもんじゃねえのかよ?」


 素直に疑問をぶつける流に、彼女は『わからないヒトねえ』とため息交じりで説明した。


「いい? ヒールは女にとって特別なのよ。脚を美しく魅せるために、あれだけ踵が高いにもかかわらず我慢して履く。そんな苦行がレディの間で習慣化されているのは、何故かしら?」


「まさか、シンデレラコンプレックスの親戚だの言い出しゃあしねえよな?」


「あら、わかってるじゃない」


「いや、わかってねーよ」


 彼女はくつくつと笑う。


「男のヒトには、わからないかも知れないわね。ヒールを履きこなせるかで、女の品格は決まる。真の淑女は、何があってもヒールを脱がないわ」


「暴論じゃね?」


 流にはいくら考えても理解不可能な理屈である。

 それとも、目の前の女に担がれているのだろうか?

 世の女性が全員同じ意見なら、正直男と女は一生解り合えないとさえ、流は思う。


「ところでアナタ、今話した感じだと、意外と学があるように思えるわ」


 彼女は挑発するように言う。


「椅子獲りゲームのときは、悪運が強いだけのゴリラかと思ったけれど?」


 厭味な言葉に、流は盛大にため息を吐いてみせた。


「今日び、ゴリラでも高校くらい卒業できんだよ。あんたの時代じゃどうだったか知らねえけどな」


 そう流が年齢を皮肉った瞬間、室温が何度か低下したような錯覚に陥る。

 目前の女性は、口元に笑みを貼り付けたまま目を細めている。


「MAXベッド」


 彼女は“リアルマネー”を支払い、場に提出されているアンティと同じ額の“プレイマネー”を賭けた。


 ――アタマにきて、勝負をふっかけてきたか?


 流はオープンされているコミュニティカードをみた。三枚のうち、ダイヤが二枚。

 もし、彼女の手札が二枚ともダイヤならば、ターン、リバーと続けばフラッシュが完成してしまう可能性が十分にある。


 一方で、流の役は良くてもJのスリーカード止まりだろう。


 ――この女、たかだか歳の挑発に乗るほど、安っぽい性根じゃねえ。

 ――熱くなった演技……。


 流の中で疑念が肥大化していく。

 勝算もないのに、このまま彼女に付き合って“リアルマネー”を支払っていくのは馬鹿げている。


「フォールド」


 流は“リアルマネー”を支払い、手札をディーラーの元へと滑らせた。

 ディーラーが場の“プレイマネー”を女性の元に移すと、彼女の口元が艶やかに三日月を形作る。


「いい分析力をしているみたいね。……けれど、観察力が足りない」


 言いながら、女性は自らの手札を開いてみせる。


「私の身体を直視できないで視線を外していたら、せっかく高校を卒業した頭も、宝の持ち腐れよ? ゴリラ君」


 流は目を見開く。


 ――不揃い。


 五枚のコミュニティカードを併せても、彼女の役は流にきっと届かない。


 ゲームの開幕は、流がものの見事に一杯食わされる形となった。



***



 ゲームタワーを抜けた流は、再び何も変わらぬ日常へと戻っていったはずだった。

 それからどれだけ経ったかは、もう記憶も興味もない。


 だが、流は再び信じがたいほどの珍事に直面することとなる。


 ――ウィルク・アルバーニア。


 流が住んでいた世界とは、別の世界の天才少年の肉体に、流の意識が宿ってしまったのだ。


「フォールド」


 そう宣言し、手に持っていた手札をテーブルに伏せる。


 ――そして、神坐流は人生で二度目の大勝負に挑む。


 テーブルを挟んで座る、ギャンブル相手の大男が歯茎を見せて笑った。


「たいした分析力だが、俺様のキレッキレの筋肉に怖じ気づいて、目を逸らしちまうようじゃ、宝の持ち腐れだぜ? 兄ちゃんよォ!」


 ――ウィルク・アルバーニアに乗り移ってしまった謎を解くのだ。

 ――彼の身体を借り、この異世界を旅する“リュウ”として。


「俺の役は“下層(最低役)”だ! ヴァーカッ!!」


 筋肉男は唾を飛ばして、自らの手札を開示した。

 観戦していた隻腕の蜥蜴族の男がそれを認めると、テーブルに伏せられた共有カードを覗き見た。


「その結構な脳みそで、状況をよぉーく考えな、兄ちゃん」


 筋肉男は得意げに解説を始めた。


「兄ちゃんはすでに“騎士”、“奇手(つかいて)”、そして今のフォールドで“兵士”の役を消費しちまった。一方で俺様は、まだ“奇手(つかいて)”、“狂信”、そしてこの“下層”しか出してねえ。残りの四回戦全部、俺が兄ちゃんの役を上回る可能性が大なんだよ!」


 リュウはため息を吐いて、アンティを筋肉男へと譲渡する。


「もう分が悪い駆け引きなんざやめて、全降りした方がいーんじゃねえか?」


 勝利を確信した筋肉男は、高笑いする。


「ま、残りの四回戦のアンティも馬鹿にならねえがな!」


「オヌシ、何を言っておる?」


 そんな冷めた声を上げたのは、リュウではなく隻腕の蜥蜴族だ。

 彼は捲ったコミュニティカードを、筋肉男に見せつけた。


「ホレ、共有カードは剣の5じゃ。オヌシの役は“剣竜(最高役)”ぞ」


「ア?」


 筋肉男は目を絞り、蜥蜴族が目前に突きつけたカードを改めた。

 その顔からは笑顔が消え、徐々に真っ青に染まっていく。その巨大な身体を大げさに振るわせ、テーブルをガタガタと鳴らす。


「どーして俺の役が“剣竜”なんだよォ!?」


 彼は両手を思い切りテーブルに叩き付け、立ち上がった。その顔を思い切り蜥蜴族のそれに寄せる。


「ワシが知るか。呆れた輩よ」


「ええい! こんなこともあらぁ!」


 そう怒鳴って、筋肉男はリュウに向き直る。


「たかが最高役出しちまっただけだ。勝負はまだ! まだまだまだま」


「オイ、今の俺の役は“兵士”じゃなくて“下層”だぞ?」


「ゑ!?」


 吠える筋肉男に、リュウは自分の手札を見せた。

 その瞬間に、顔を一気に縦に伸ばして驚愕する筋肉男である。


「さて、テメエの言う状況と、立場があべこべみてえだが……」


 リュウは薄く笑んで、震えている筋肉男を睨み付ける。


「もう分が悪い駆け引きなんざやめて、全降りした方がいーんじゃねえか? ま、残りの四回戦のアンティも馬鹿にならねえがな」





『この異世界(セカイ)の救いよう』

――第二話 行き倒れ王女と信偽(しんぎ)の鯨





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