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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
50/182

50.約束

「てなワケで、俺はもうここを出る」


 とリュウはアルフィに言った。


「こっちから挨拶に行く手間が省けたな」


「……これから、どうするの?」


 そう不安そうに尋ねるアルフィに、リュウは逆に尋ねた。それが答えの代わりだった。


「なあ、≪摩天楼≫ってところ、知ってるか?」


「≪摩天楼≫?」


 それを聞いたアルフィは、首を傾げる。


 ――≪摩天楼≫。


 それは、リュウが黒の棟に忍び込んだ際、デュザとサレイネという男から聞いた名前だ。

 もし、ウィルクが彼らが言っていた『実験』に関係しているとしたら、リュウはそこに行く必要がある。


「聞いたことないわ」


「そうか」


 アルフィは首を横に振る。

 だが、リュウにとってはそれも想定していた回答だ。


 リュウは≪摩天楼≫について軽く図書館で調べたが、参考になる記録は見つからなかった。

 もしかすると、≪摩天楼≫というのは、その場所を指す符丁なのかもしれない。


「その≪摩天楼≫って所を、探しに行くの?」


 そうアルフィは尋ねた。

 その声色は、まるで何かを悟ったかのように穏やかだ。


 それを聞き、リュウは――、


「アルフィ。実は、ずっと隠していたことがある」


 一拍入れて続ける。


「薄々感づいてんだろ? ウィルクの記憶がなくなったってのは、正確な表現じゃない。俺はそもそもウィルクじゃねえんだよ」


 ――自らの秘密を明かすことにした。


 沈黙が続く。

 だが、しばらくして彼女は、ぽつんと言った。


「そっか」


 アルフィは立ち上がる。


「なんとなく、そんな気がしてた。でも、アンタって結構ウィルクに似てるとこあってさ。確信持てなかったんだよね……」


 リュウは彼女の言葉に頷いた。


「どこの誰か知らないけど、アンタが悪い奴じゃないのは、短い付き合いでわかってる。だから、二つ聞かせて」


 アルフィは真摯な表情で、リュウの顔を見た。


「どうして、こんなことになっちゃったの? ウィルクのこと、返してくれるの?」


 リュウは少し考えた。

 どう答えるのが適切なのか、少し迷ったのだ。


 だが、彼女に対してもう遠慮することはない。そのことを思い出し、思うままを口にする。


「一つ目の質問の答えは、俺にもわからない」


「……」


「気が付いたら、こんなことになっちまった。俺が今まで、ウィルクを元に戻そうと色々試していたのは、全部本気だ」


「そう、なんだ……」


 アルフィは落胆したように呟き、そして唇を震わせる。


「ウィルク……、消え、ちゃったのかな……?」


「いや、その結論は早計すぎんだろ」


 別に慰めでも何でもない。

 リュウ自身、目覚めてこの方ずっと強く感じている可能性だった。


「どうして……、そう思えるの?」


 リュウはそこでもまた考える。

 思うままを口にするのも、案外難しいものだった。


「うーん……、俺が思うにだな。実際に、ウィルクの身体を俺が乗っ取っちまった現象が起きたなら、逆に俺を引っ剥がす現象だって起こせる可能性は、十分あるだろ?」


「それ……十分って言えるアンタ、やっぱりヤバいと思う」


 アルフィの頬が引きつった。

 リュウからすれば、彼女の反応の方が、不思議で仕方ないのだが。


「ま、俺も当事者だし……、放っておくのもつまらねえだろ」


 そうリュウが言い放った言葉が、アルフィの瞼を開かせた。


「俺はウィルクのことを諦めるつもりはねえ。≪摩天楼≫だか知らねえけど、ウィルクの秘密がありそうな場所なら、どこだろうが駆けずり回って、必ず元に戻す方法を見つけ出す。これが、二つ目の質問の答えだ」


 唖然としたように、アルフィは口を開いているが――、

 やがて彼女は安心したように、微笑みを浮かべてみせた。


「アンタ、バカでしょ?」


「お?」


「誤解しないでほしいんだけど、アンタやっぱりウィルクに似てる」


 アルフィはふわりと笑った。


「可能性を感じさせるってこと!」


 そして、彼女はリュウの肩に右手を置く。


「ウィルクの身体を使ってるだけあって、アンタ悪くなかったよ。たった二週間ちょっとで、私が思ってたよりずっと強くなった。これからも、訓練だけは続けなさい」


 フン、とリュウは軽く鼻を鳴らした。


「タオ達によろしくな。あと、ラーニャにだけは事情を話しといてくれ。それから、『約束忘れんな』って伝えとけ」


「何だか知らないけど、ラーニャには全部教えてもいいのね。わかった」


 目を細めながらリュウを見るアルフィに、彼女の真の美しさを、再び見ることができた気がした。


「アルフィ」


 だからリュウは少しだけ自分の話をする。


「俺には友達ってもんが、どんなものかわからなかった。ウィルクになっちまう前、俺はずっと独りだったからよ」


「それにしては、随分上手に距離感掴んでたと思うんだけど?」


「それはまあ、……フィーリングってやつだ」


 そんなアルフィの疑問に対して、リュウはうそぶく。


「……」


 アルフィはジト目でリュウを睨んだ。


「いや、言いたいことはそんなことじゃねえっつの」


 軽く咳払いをして、リュウは続けた。


「ずっと考えてた。俺がこの養成学校でしくじったら、ウィルクの人生を変えちまうだろうってな。だから、俺はここを本当に出ていいのか迷ってたんだ」


 アルフィは意外そうな表情で、リュウのことを見つめている。

 その反応を伺って、リュウは笑った。


「昨日、アルフィが言ってくれたろ。『悪いことをしていないのに、謝っちゃダメだ』って。そのことを教えてくれたのは、お前が初めてだった」


「それ、ウィルクの受け売り」


 アルフィが正直に言い、リュウは『だと思った』と返した。


「どうしてやるのが、ウィルクとお前やタオ達にとって一番良いのか、ずっと考えていたけどよ。もうあまり保守的な考えはナシにするって、あのとき決めた。その遠慮が枷になってウィルクを元に戻せなきゃ、本末転倒だしな」


「さっきから、ウィルクのことばかり言ってるけど、アンタ自身のことは心配じゃないの?」


 それは、リュウがある意味ずっと度外視していた問題への、アルフィの鋭い指摘だった。


「別に」


 とリュウは素っ気なく答える。

 紛れもない、本当の気持ちだ。


「俺はウィルクを取り戻すゲームが楽しけりゃ、自分がどうなろうと構わない」


「……」


「むしろ、こうやって夢中にしてくれるデケえ問題でもないと、俺は自分を保てねーんだ。つまんなすぎてよ」


 リュウの答えに、アルフィは何も言うことはなかった。

 そして、彼女の眼はどこか悲しげで、リュウを哀れんでいるようにみえる。


「お前に教わったことは、別に座学や訓練で教えてもらったことだけじゃなかった。改めて、礼を言わせてくれ。そんだけだ」


 リュウはそう言い残し、今度こそ部屋から出発しようとした。


「ねえ」


 しかし、そんなリュウをアルフィは呼び止める。


「本当に、ウィルクを元に戻してくれるんでしょ?」


 アルフィはその蒼瞳に哀愁をたたえたまま、微笑んでいた。


「そう言ってんじゃねーかよ?」


「自分のことよりも優先してくれるなら、甘えていい?」


 そう言って、彼女は深く頭を下げる。


「ウィルクのこと、よろしくお願いします」


 その声は切実で。


「この二週間ちょっと、ずっとアンタを見てきた。お世辞じゃなくて、アンタならできる」


「……」


「やっぱり、私は絶対にウィルクを諦めたくない。アイツは、私の人生の一部だから……」


 加えて、リュウに対する遠慮のようなものなど、一切ない。そんな風に願いをぶつけてくれる者など、リュウの日常においては一人もおらず。


「待ってるから。どれだけ時間が掛かろうと、ずっとずっと待ってるから!」


 だから、リュウはしばらく硬直してしまう。

 しかし、すぐに口元に笑みを作った。


「ドマヌケが」


 汚く悪態を吐いてみせる。


「ババアになるまで待つ気か?」


 そしてリュウは、手に持っていたデイバッグを肩に担ぐ。

 不貞不貞しい口調で、アルフィに言ってやった。


「必ず元のウィルクに会わせてやる。オメーなんぞが想像もできないくらい、ずっと早くにな」


「うん!」


 彼女は顔を上げ、大きくそう応える。

 そのときのアルフィの笑顔は、きっと、今までリュウが見てきた中で一番可愛かった。



***



 アルフィは“今の”ウィルクが去ってしまったあとも、ずっと扉を見続けていた。


 正直、アルフィも彼についていきたい気持ちがあったが、結局やめた。

 彼とのやり取りで、きっと彼が元のウィルクを連れ戻してくれる、そんな漠然とした確信を抱いたからだ。


 それに、アルフィにはアルフィのやることがある。

 来期から正式に王国騎士となり、その精鋭の≪現身(うつしみ)≫として職務を全うする義務がある。

 自分は同じグレード5のライバル達から、認められてここにいるのだから。


 アルフィは、今回の≪決戦(デュエル)≫の第六試合終了後に行われた、小切手の投票を回想する。

 “今の”ウィルクは、アルフィに三十万シーン集まらなければ、自分に一銭も入らない条件で構わないと言っていた。


 もし、三十万シーン集まらなければ、本当は退学する気などなかったのではないか。

 それとも、三十万シーン集まるという、何らかの確信があったのか。

 おそらく、どちらも違う。そうアルフィは思う。


 最終選抜試験が始まる前から、きっと彼はウィルクを元に戻す旅に出るつもりだったろうし、その軍資金にするつもりであろう三十万シーンにしても、集まる確証などなかったはずだ。


 馬鹿だ馬鹿だ、とずっと思っていた。

 確かに、“彼ら”は馬鹿なのだろう。

 しかし、アルフィにとって、そんな存在が眩しくみえてしょうがない。


 アルフィは周りの悪意が怖かった。

 だから、拒絶して突き放し、『結局こんな世の中なんだ』と達観したフリをして生きてきた。

 周りの態度に傷つけられる。そんな敗け方なんてしたくなくて、意地を張った。


 自分の出自について悪く言われたことなど、きっかけに過ぎない。

 アルフィの利己主義は、アルフィがずっと何かに怯えて生きてきたクセのようなものだった。


『これは自分自身との戦いだから』


 けれど、きちんと周囲を受け止めた上でなければ、アルフィはある意味でもっと卑怯な人間になってしまう。

 ちゃんと相手と向き合った上で、それでもやはり自分は自分なんだと、胸を張りたかった。


 きっとこれから、向き合うことで、傷つくことも沢山あるだろう。

 そんな自分の弱さに嫌気がさすことが、何度だってあるはずだ。


『弱いヤツのことくらい、赦してやれよ』


 けど、その弱さでさえ、アルフィ・アルバーニアの一部なのだ。

 どんなに目を逸らし、ないことにしようとしても、無視し続ける限りは決して消えることはない。


 ――もう私は、そんな自分のことを見下したりしない。





“寄金ゲーム”


勝者

アルフィ・アルバーニア 【最終選抜合格】

リュウ 【七十二万シーン獲得】





 ――ありがとう。二人のウィルク。





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