48.決着
ロイドの発言に、会場が一気に歓声に包まれる。
流は投票の結果を聞き、口元を緩めた。
アルフィはその結果が受け止められないように、呆然と立ち尽くしている。
「それでは、ウィルク・アルバーニアの票を、全てアルフィ・アルバーニアに移動する。スクリーンの表示数は変えないが、アルフィ・アルバーニアの獲得総票数は一〇二票だ」
そうロイドが宣言した。
「なんで?」
ぽつり、とアルフィは言う。
「なんで私なんかに、こんな大金……」
だが、生徒達はそんな彼女の言葉に、何も返事をしなかった。
笑っている者。涙を流す者。不満げにする者。顔を背ける者。ウィンクをしている者。
彼らの表情は様々で。
ただ、全員が納得の上でアルフィを見送ろうとしているのは、明らかだ。
王国騎士の中の先鋭部隊。≪剣竜の現身≫として。
アルフィの顔がくしゃりと歪む。
「私、……全然、いい仲間じゃなかったでしょう……?」
アルフィの声は震えていた。
「アンタら、バカ、なんじゃないの、本当に。敵同士、でしょうが……。友達ごっこでしょうが……。学校生活を円滑にするために、上辺だけ仲良くして、……でも本当は、そんな仲良しクラブみたいな関係じゃないでしょうが」
彼女の喉が腫れていくのが、その声から明らかにわかる。
「私は、アンタらのことなんてねえっ……!」
そうして、彼女は俯いてしまう。腕で顔を必死で拭った。
「……ありがとう、皆」
「――ロイドさん」
流はロイドに呼び掛けた。催促のつもりだった。
彼は流の顔を見ると、黙って頷く。
「これをもって、≪決戦≫を終了する!」
ロイドの高らかな宣言が、会場に響き渡る。
「勝者! アルフィ・アルバーニア! レティシア=ミゼル・ルケーノ! ガーラント!」
「監督官のロイド殿が、≪決戦≫の終了を宣言されました!」
ロイドに続き、ゴルドー団長が馬鹿デカい声量で言う。
流の身体は、その脅威を思い出したかのように、ビリビリと痺れる。
「≪剣竜の現身≫最終選抜試験、合格者は≪決戦≫勝者の三名といたします!」
***
ルアノは気が付けば拍手をしていた。
ハウトが、クレイスが、そしてヴォルガとマーディラもそれに続く。
「どうなることかと思ったけど、綺麗に話がついて良かった」
ハウトは安堵した様子で言う。
「うん。……良かったね。アルフィ」
ルアノはぽつりと呟いた。
「意外だな……、絶対に集まらねえと思ってた」
それを口に出せるヴォルガの歪み具合に、若干引いてしまうルアノである。
「結果など、どちらでも良かったのではないですか?」
クレイスが肩をすくめた。
「アルフィ・アルバーニアは恵まれているではないですか」
「そうね」
とマーディラはクレイスに同意した。
「いい学友に恵まれたわ。私達のときは、どうだったかしら?」
「いいえ。そういうことではありません」
クレイスは穏やかな表情を浮かべながら、ゆるゆると首を振る。
「じゃあ、どういうこと?」
ルアノは首を傾げて、彼に尋ねた。
クレイスはふっと微笑む。
「自分が周りにどう思われるか計る術など、人には本来ありません。周囲に流れる噂も、人事考課も、意外にアテになりませんしね。彼女は人が一生に一度、知る機会があるかどうかの評価を得た。金という、明確な単位で」
「ウィルク・アルバーニアの狙いはそれか?」
ヴォルガが腕を組みながら、腑に落ちない様子で息を吐き出した。
そう。ルアノはずっと気になっていたことがある。
ウィルクは結局、あれがやりたかったがために、わざわざ零石に細工をして、第六試合をぶち壊したのだろうか。
それなら、あの鬼のような所業は、むしろアルフィのため?
しかし、別の見方をすると、彼は他の生徒達から七十二万シーンもの大金を巻き上げたのだ。
ただし、『集まった金額が三十万シーン未満なら、一銭も受け取らない』という条件付きで。
「まあ、ウィルク・アルバーニアについて語っても、それは単なる憶測に過ぎません。私は今日の彼に、それを思い知らされた。私なりに、彼のことはある程度分析できていたつもりでしたが、それは幻想だったらしい」
僅かに疲れた様子をみせて、クレイスが言った。
「彼がどんな人間なのかは、各々が勝手に判断するということで、いいのではないですか?」
「ああ。これ以上、この≪決戦≫について語るのも、野暮ったいしね」
ハウトはどこか遠い目をして、そう締めたものだった。
***
流はアルフィに近づいた。彼女はまだ下を向いている。
「合格おめでとう」
「よく言うわよ、このクズ」
彼女は吐き捨てるように言った。涙声である。
「なあ、アルフィ」
流には彼女に伝えなければならないことがあった。
「あー……。自分の弱さに挫けたり、惨めな思いをしたことない人間なんざ、いねえと思う」
そう流はアルフィに言った。
「けど、弱いヤツのことくらい、赦してやれよ」
「……うっ、ううっ」
いよいよ、アルフィは嗚咽を上げた。
「ま、残念ながら、見ての通り。連中はオメーのこと、認めてるみたいだけどよ」
「やめてよ……」
「もちろん、それは俺もだ」
彼女の制止も聞かず、流は言った。
「本当にありがとう、アルフィ。この二週間で俺に施してくれた、全部のことに」
「やめ、てって……」
「アルフィ――」
<最終選抜試験編>――
「――お前の勝ちだ」
アルフィの足下に、光るものが零れ落ちた。
彼女はそれを誤魔化そうとするが、結局――、
「ッ……、ぅぁぁあ……あぁっ!」
上を向き、一際大きな声で、涙を流した。
≪剣竜の現身≫最終選抜試験
≪決戦≫・“人望投票”
勝者
アルフィ・アルバーニア
レティシア=ミゼル・ルケーノ
ガーラント
敗者
神坐流




