表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
47/182

47.信条

「アンタ、バカなの?」


 開口一番、アルフィはウィルクにそう言った。


「え、どうしたの? 突然……」


 唐突に罵倒されたウィルクは、困ったように苦笑する。


 ウィルクは他の生徒に任された備品整理の仕事を、代わりに引き受けたのである。

 ウィルクは『手伝う』と言ったのだが、相手は『用事があるから』と言い、全てをウィルクに押し付けて帰ってしまったのだ。


 そして、このようなことは一度や二度ではない。

 ウィルクは自らこのように他の生徒達に歩み寄ろうとして、良いように利用されることが度々あった。


 正直、アルフィは彼の馬鹿さ加減に、呆れ果ててしまう。


「どうして理解できないの? こんなことしても、一生連中の態度は変わらない」


 アルフィはきっぱりと断言した。


「アンタ、陰で何て言われてるかわかってる? 『貧乏人がすり寄ってきてる』とか言われてるのよ?」


 ウィルクは笑った。まるで、何てことのないように。


「それは、僕が授業料免除してもらってるからでしょ? 次の試験で結果を出して、免除にちゃんとした理由があることを示せば、皆の見方もすぐ変わるよ」


 確かにそれはその通り。

 入学してまだそう何日も経っていないが、この学校には成果至上主義的な風潮があるのを、アルフィは感じていた。

 次の試験で高評価を得れば、ウィルクにしろアルフィにしろ、周囲の態度が一変する可能性は充分に期待できる。


「だったら、勉強や訓練に集中したら?」


 アルフィはそう苦言を呈す。

 ウィルクの努力は、明らかにベクトルが間違っているだろう。


「そんなことしてもしなくても、成績だけで周りを見返せばいいでしょうが。それとも、何かの伏線なわけ?」


「伏線か……」


 ウィルクは顎に手を添え、考える仕草をみせた。


 ――一体何だというのだろう?


 アルフィは今のウィルクがもどかしくて見ていられない。

 空回りしている感じが痛々しいのだ。


 どうして、自分がただのパシリにされていることに気が付かないのか。

 よしんば彼がパシリの自覚があるにしても、それを続けることで何かが変わると信じているなら、余計に悪い。馬鹿の度を超している。


「いや、やっぱり、早く仲良くなりたいだけだ」


 そう言って、ウィルクはやはり微笑む。愛想笑いでもなんでもない。


 そんな彼の理解力の無さに、アルフィの苛立ちは募る一方だ。


「仲良くなる必要なんてないでしょ? あんな連中、放っとくのが一番なの」


「それはよくないよ。グレードの異動があっても、同じ学内にいるし、授業が一緒になることだって沢山ある。最低でも二年は顔を合わせるんだから、仲良くなっておいた方がお互いの為だし、健全でしょ?」


 ウィルクの反論に、アルフィはついに血管がぶち切れる寸前まで、頭に血が昇るのを感じた。


「だ、か、らァ……!」


 荒ぶってしまう、声。


「仮に! ほんっとうに仮に、仲良くなろうと努力するとして! それにはまず、連中にアンタのことを認めさせなきゃいけないでしょ!? アンタが今していることは、連中にとって何の評価にもならないの! どんだけ媚び売っても、アンタは認められないの! むしろナメられるの! わかるでしょ!?」


 アルフィの激情に、ウィルクは目を丸くした。暢気なものである。

 そして、ウィルクはフッと吹き出した。


「あはは」


「もういい。わかんないなら、無理矢理にでも止めるわ。最初にアンタを死の淵に追い込むことから試すけど、いいよね?」


「ごめんごめん。ちょっと、落ち着いてアルフィ、おちつ……、落ち着いてェええええ!?」


 アルフィが魔弾を展開し、ウィルクにぶつけそうになった瞬間、彼は絶叫した。

 そしてアルフィは、しばらく攻撃を避け続けるウィルクを、狙い続ける羽目になる。





「ぜぇぜぇ……、アルフィ、ちょっと聞いて」


 などと、いよいよ息切れを起こしたウィルクが懇願する。


「何?」


 右手のひらの上に、水の魔弾を保ちながら、アルフィは彼に猶予を与えることにした。


「確かに、アルフィの言ってることは、正しいかもしれない……。ふぅ、でも、だからといって何もしないのは、僕が自分で目指す人間には、ほど遠いんだ……」


「それは要するに、実は連中のためじゃなくて、自己満足のためにやってるってこと? 頭冷やしたら?」


 そう言い、アルフィはウィルクに水をぶっかけようと――、


「そうだ」


 したが、ウィルクの声に真摯なものを感じ、アルフィは止まってしまう。


「もちろん、目的は彼らと親しい存在になることだよ。でも、そのために僕にできることなんて、少なすぎるんだ。それこそ、さじを投げるのがベストってこともあり得る」


 アルフィは目を細めて、ウィルクを見た。

 呼吸が楽になってきたのだろう。ウィルクの顔に、次第に余裕の笑みが浮かんでくる。


「アルフィの言うように、僕のやり方は間違っているかもしれない。進んでパシリになって、陰でずっと笑われるなんて、どう考えても大バカだ。『相手を増長させる』って意味でも、よくないと思う」


「……」


「それでも、僕は何の努力もしない人間になりたくない」


 アルフィにはとても理解ができない。


「だからって、結果が望めない努力をするわけ?」


「こういうのって、結果が出せる出せないだの、善い悪いだの、そういう問題じゃないと思うんだ」


 そう、ウィルクは言い張った。

 それが、自分の信念であり、誇れることだと主張するように。


「アルフィは自己満足だって言ったよね? その通りだよ。これは自分自身との戦いだから。僕は譲れない、譲りたくないものがあるのに、黙りしている人間になりたくないんだよ」


「……」


「だから、僕は皆に挨拶をする。誰かが仕事を振られたら、気にかける。陰で何を言われようと、僕は笑顔でいる」


 アルフィはいつの間にか、魔弾をキャンセルしていた。


「そうまでして、アンタが目指すものって、何?」


「うーん……」


 ウィルクは恥ずかしそうに、頭を掻いてみせた。


「僕が今していることが、『当たり前』でなくてもいい。せめて、『不自然ではない』光景である……。そんな世の中かな?」


 アルフィは彼の馬鹿さ加減に、何も言うことができなかった。

 呆れて毒気を抜かれてしまったのだ。


 自分のことが大切で、皆が進んで苦労をしたがらない。

 そんな世の中なのに、彼の言っていることはあまりにも壮大だ。


 “きれい事”、“偽善”で片付けられてしまうのに。

 卑怯な言葉で済ますような世の中を、変えたいとでも言うのだろうか。


「そんな世界を望んでるのに、自分がそれをしないのは間違ってる」


 彼は、そうはっきりと言った。


「私は、アンタみたいなバカになれそうにない……」


 アルフィは彼の夢物語に、はっきり言って気分が悪くなった。


「他の誰も、アンタみたいに強くない。……現実見なよ」


「別にそれでもいいんだよ。皆が皆、僕みたいになっちゃったら、世の中破綻しちゃうでしょ?」


 ウィルクは笑った。彼はいつも、屈託のない笑顔だった。


「でも、僕はアルフィも他の誰かも、『何もできない』なんてあり得ないと思う。たとえ為す術がなくても、誰かに自分の気持ちを訴えるくらい、誰でもできる。もしかしたら、その声が相手に届くかもしれないよ?」


 落日が彼の笑顔を、眩く照らす。

 結局、そんな彼の表情に、アルフィは負けしてしまったのだ。





 そして、試験など待つまでもなく。


「ウィルク君。これ、この前借りた小説」


 ウィルクに男子が話しかけているのを、アルフィは見た。


「面白かった。他に何かない?」



***



「小切手の集計が完了した。これより結果を発表する」


 そうロイドが宣言をした。


 ――終わってしまう。


 アルフィの、学校生活での最後の大一番。


「アルフィ・アルバーニアに集まった金額は――」


 アルフィの脳裏に、この二年間で作った、思い出の数々が蘇る。

 遊ぶために、この養成学校に通っているつもりなど、微塵もなかった。

 差別意識にあてられた屈辱。上手くいかない修練。嫌なことは数え切れない。


 学友との思い出が蘇る。


 それでも、なお。

 いや、だからこそ。


 ――楽しかった、か。


「――七十二万シーンだ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=156129926&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ