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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
45/182

45.本性

「何それ?」


 気が付けば、アルフィはそんな言葉を漏らしていた。


「どういうこと? アンタが仕組んだの?」


「ああ、俺がやった。投票数がゼロになるようにな」


 ウィルクは答える。

 まるで、それが最初から謀っていたように。当たり前のごとく。


 だが、まだアルフィは信じることができなかった。


 ウィルクのあの笑みを思い返すが、それでもなお、これまでの彼との絆を信じる気持ちの方が勝った。


「なんだよ、それ……? オイ! どういうことだ!」


 ゼルガが吠えた。

 ウィルクは徽章をもう一つ摘まみ上げると、『ガーラント、もう一度だ!』と声を張り上げた。


 ウィルクの投げた徽章がガーラントへと飛んでいく。


 彼にぶつかりそうになる、その直前――、


「何――?」


 徽章は障壁に弾かれることはなく、ガーラントの装備する胸当てにコツンとぶつかった。


 周囲の生徒達が一様に騒いだ。

 アルフィにも、何が起こったのか理解ができない。


 先程の徽章は、ガーラントの障壁に阻まれた。霊石には外のヴェノに干渉する性質があり、ガーラントの障壁がそれを阻んだからである。

 一方で、今回の徽章は障壁をすり抜けた(・・・・・)。まるで、外のヴェノに干渉しない、無生物の石ころのように。


 ウィルクを見ると、彼は手に小瓶を持っていた。


「これは、城下町の科学者に作ってもらった、特殊な液体だ」


 そう彼は説明する。科学者とは、おそらくルッツェルのことだ。


「この液体は、体内で活性してるヴェノが外に干渉するのを、シャットアウトする膜みてえなモンだ。こいつを竜のバッチにぶちまけて、全部ダメにしたんだよ」


 ――ああ、そういえば、ウィルクは前にルッツェルさんに頼み事してたな。


 そんなどうでもいい事を思い返しながら、アルフィは徐々に自らの視界が暗くなっていく錯覚を感じた。


 そんな種明かしなど、どうでもよかった。

 ただ一言、冗談だと言ってくれれば、それで、


「……何、それ?」


 ――いいわけが、ない。


「ウィルクがやった? ……ウィルクが、私をハメた?」


 最初は緩やかに、アルフィの中で赤い感情が膨れあがる。

 だが、膨張は加速度的に進み、いよいよアルフィは声量を抑えきれなくなった。


「どうしてよ!? アンタに何のメリットもないじゃない! ただ私を……、私を殺すためだけに、そんな子供みたいな悪戯したわけ!?」


 止まらなかった。


 怒り、悲しみ。

 どう自分の感情を理解すればいいのだろう?


 もう、自分でもわけがわからない。全てが崩壊してしまいそうだ。


「分け合えば良かったでしょ! 票を分け合えば、それで良かったじゃない!」


 怒声で喉が千切れそうだ。


「『二人で勝とう』って約束したでしょ!? 何勝手にぶっ潰してんのよ!」


 兄弟であり、親友であり、最も愛している人の、突然の裏切り。

 それを受け入れることさえできず、アルフィは癇癪を起こす子供のように、ただひたすらに怒鳴り散らすことしかできなかった。


「わたし……、アンタにそんなに憎まれること、したっけ……?」


 最後に出てきた言葉は、自分の魂を絞り出してしまうような声色だった。


「もういいか?」


 アルフィの言葉を、過ぎ去った戯れ言扱いするように、ロイドは冷淡な口調で確認する。


「票の移動がなければ、≪決戦(デュエル)≫終了とするが」


 ――残酷すぎる。


 アルフィは文字通り崩れ落ちた。

 膝を地面に着けると、そのまま勝手に両手も地面に着いた。

 暗くなっていくアルフィの視界が、やがて完全な闇に覆われる。


 一気に吹き出した怒りの感情は萎んでしまった。

 そして、心に空いたスペースを埋める感情が、湧き出てこない。


 ――ああ、これが失望というやつなんだ。


 そう、アルフィは思い出した。


 ――私、何だったんだろ?


「ちょっと待て」


 ウィルクの声がアルフィに届いた。


 だが、アルフィはとても顔を上げられない。

 ウィルクの足音が、徐々にアルフィに近づいてくる。


「俺の票を、全部アルフィに譲渡する」


 そんなウィルクの声が聞こえた。


「そもそも俺は、合格する気なんて、毛ほどもなかったんだからよ」


『ハァ!?』


 生徒達の驚愕の叫びが重なった。


「つーか、王国騎士になるのをやめる」


 そう言い放ったウィルクに、今度は絶句させられてしまう周囲。


「だから、お前が≪現身(うつしみ)≫になれよ。アルフィ」


 ウィルクはアルフィに呼び掛ける。


 しかし、アルフィは顔を上げる気になれなかった。

 『譲渡する』という彼の言葉とは裏腹に、その声には一切の慈悲や慈愛が込められていなかったからだ。


 やがて足音は止み、両手両膝を着くアルフィの前に、ウィルクは止まった。

 彼の靴が顔を伏せているアルフィの視界に入る。


 アルフィは完全に消沈してしまっていた。


 ――怖い。


 アルフィは色々な恐怖を克服してきたと自負していた。

 暴力、精神的苦痛、生理的嫌悪。

 にもかかわらず、地に手を着けた自分の傍に近づいたウィルクの顔を、見上げることができなかった。


 ウィルクの皮を被った『なにか』は、この世界のものとは思えない圧力を放っている。


 アルフィには目前のウィルクの靴を眺めることしかできない。


「ただし、条件付きだ」


 そして彼は言い放った。


「三十万シーンで、俺の票を全部売ってやる」



***



 ざわざわ、と会場が落ち着かない様子をみせる中で、ルアノの胸中で不快な穢れが渦巻いていた。


「マジで何言ってんだ? アイツは」


 そうヴォルガは呟く。


「≪現身(うつしみ)≫の入隊資格を売る? たったの三十万でか?」


「これは……前代未聞なんじゃない?」


 ハウトの声色が、先ほどまでのショーを楽しむそれではなくなった。

 正直、ルアノももう御前試合を楽しむ気にはなれない。


 ちょっと前まで、『つまらない』と評した≪決戦(デュエル)≫だが、この展開は非道(ひど)過ぎる。


「ヴォルガ、行ってきて」


 ルアノがヴォルガに強い命令を下したのは、初めてかもしれなかった。


「わたしが払う」


 しかし、そんなことなど今のルアノにとってどうでもいい。

 この胸糞悪さを、早くどうにかしたかった。


「落ち着いて、殿下」


 そうヴォルガは言うが、


「――落ち着く? アンタら、落ち着いてあんなのを見過ごせるの?」


 ルアノはウィルクの暴走に、全身の血が沸騰するような怒りを覚えていた。

 もう少しで立ち上がりそうになるが、マーディラとヴォルガの二名によって、強く押さえつけられた。


 この世界には、ああいうクズが存在するのだ。


 同じ孤児院出身の女の子に、金を強請る?

 そんなに金が欲しいのか。

 それとも、ただ人を苦しめて楽しんでいるだけなのか。


 いずれにせよ、ウィルク・アルバーニアはとんでもない悪魔だ。


「ヴォルガ、あのド畜生に三十万払ってきてよ……!」


「待てよ、姫さん」


 ヴォルガの強い声だ。


「アイツらの試験なんだから、俺らが横槍入れるのはダメだ」


「殿下、我々に≪決戦(デュエル)≫を阻むような権限はありません。ここは監督官の裁量に任せましょう」


「これが、ウィルクの本性……」


 そうマーディラは冷たく呟く。


「……危険すぎる。仮に彼が合格してしまっても、王国騎士にさせるわけにはいかないでしょうね」


「幸いにして、向こうから取り下げてくれるってよ」


 ヴォルガは吐き捨てるように言った。


「善悪について、我々がどうこう言う資格はないんですがね」


 クレイスは眼鏡を押し上げながら言った。


「≪現身(うつしみ)≫入隊の資格を売る。その発想がもうアウトです。たとえこれが目的のためだろうと、犯してはならない最低限の秩序さえ破壊するタイプの人間にしか、思いつけない」


 アルフィに三十万シーンという大金を払えるとは、ルアノにはとても思えない。

 もう監督官であるロイドが、ウィルクの非道を止めてくれることに期待するしかなかった。





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