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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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12.ルール説明(後篇)

 いまいちピンと来ていない様子のリュウに、ルアノは声を掛けてしまいそうになる。

 だが、説明を再開したヴェンディの声がそれを遮った。


「お互いに杯を選び、交代ばんこに飲み干し続け、どちらかのラインの⑨の杯が飲み干されたら一セット終了だ。⑨を獲った参加者を、そのセットの勝者とする」


 ――そんな毒の飲み合いを、何セットもやるの?


 ルアノは顔をしかめた。

 やはり、≪決戦(デュエル)≫は生半可ではない。戦闘なしのルールでも、十分危険な内容だった。


 『勝利条件は二つだ』とヴェンディ。


「一つ、相手参加者が毒を+3――つまり、三単位量服毒すること。これは、アタシが全ての杯の内容を把握し、各参加者が飲んだ杯に毒が含まれていた場合、その量を累積していくものとする。もう一つの勝利条件は、先に二セット獲っちまうことだ。つまり、⑨の杯を二回飲み干せばいい」


 ――ただし、とヴェンディ。


「二回目の⑨の杯を飲んでも、そのとき毒が+3になったら敗けだから注意しな。以上が大まかなルールだ。質問は?」


 リュウとメイガンが同時に挙手をした。


「まず、ウィルク・アルバーニア」


 とヴェンディがリュウを指す。


「毒を飲んじまったらどうなる? “神経毒”っつったけどよ、すぐ症状が出ると思った方がいいよな?」

「当然だ。個人差があるが、二十秒もしないうちに症状は現れる。参考までに、どんな症状が現れるか教えてやるよ」


 そうか、とルアノは気が付いてしまう。

 毒を飲んだらやばい。そうルアノは漠然と認識していたが、症状が現れたら勝負に大きな影響を及ぼしてしまうではないか。


「毒+1――1単位量服毒すると、倦怠感、めまい、発汗、震えなどの自覚症状が現れる。毒+2で更にひどい頭痛、吐き気、息切れにまで及ぶ。+3に達したらもうフラフラさ。それでぶっ倒れてもおかしくねえ」


 ――えげつない。


 まだルアノにはルールが腹の底まで落とせていないが、この勝負で服毒を回避するのは難しいように思える。

 それに、ヴェンディは自由に杯に毒を分配できると言った。つまり、一つの杯に毒が集中する可能性もある。それは、参加者の服毒量は+3を超えるかもしれないということ。


 ――場合によっては、死。


「勝負中に倒れたらどうなる?」

「アタシが続行不能と判断した時点で敗けになる。なァーに、ちゃんと治療はしてやっから安心しろよ」


 リュウの問いに、意地悪く答えたヴェンディである。

 全く安心出来る要素がない。


「とりあえず、毒の効果についてはわかった。メイガンさん、質問いいぞ」

「じゃあ遠慮なく。中和剤の入った杯を飲んだ後だが、その効果は持ち越せるのか?」


 ヴェンディは白い歯をみせた。


「ノーだ。中和剤の効果は、その杯にのみ有効だと思え。アタシのカウントも同様に、マイナスするのは同じ杯に入った毒の量だけだ」


 ルアノは今の話を整理する。

 例えば、中和剤が1単位量、すなわち-1の杯を飲んだとする。次に毒+1の杯を飲んでも、毒の効果は打ち消されない。

 逆に、毒が1単位量の杯を飲み、次に中和剤1単位量を飲んでも、やはり打ち消されることはない。

 中和剤が有効なのは、毒と一緒に中和剤が入っているケースだけなのだ。


「そんで、相手が薬の分配をしてる間、もう一人はどうやってりゃいいんだよ? 別室で待機か?」


 リュウは別室に繋がっているであろう扉を、親指で指しながら問う。


「それには及ばねえさ」


 ヴェンディの言葉と同時に、二人の黒服男がリュウとメイガンにそれぞれ一枚の紙を手渡した。

 ルアノとシロノはリュウに近寄り、その紙を覗き見る。


 そこには二×九のマスが描かれており、上段九マスには赤、下段九マスには青、それぞれがうっすらと色分けされていた。そして、上段のさらに上に1から9までの番号が振ってある。


「そのシートに薬の分配を書いてアタシによこせ。見ればわかると思うが、赤いマスがレッドライン、青いマスがブルーライン。そして、上の数字が杯の番号を示している。好きなマスに、『+2』とか『-1』とか表記してもらえば、コイツらがその通りに別室で分配する」


 何故そんな面倒なことを? とルアノは疑問に思う。


「シートに書き込むなら分配のし直しもできるだろ? それに、相手の顔色伺いながら分配を決めるのも一興だ」


 肩をすくめるヴェンディに、ルアノは『あ、なるほど』とごちた。


「分配を決める制限時間は?」


 そうメイガンが問う。


「五分。五分で提出だ。出揃ったらその時点で始めるけどな」

「じゃあ、杯を選んで飲むのにも制限時間はあるのか?」


 とリュウ。


「いや、杯を飲むタイミングは自由にしろ。アタシもいちいち音頭取るのはメンドくさいからな。ただし、それは暫定的な取り決めだ。あまりに無為に時間を引き延ばすようなら、制限時間を設ける」


 ――そんな必要ないと願いたいがね。


 そう零すヴェンディである。


「質問はもういいか?」

「ある」


 とリュウは軽く手を挙げた。

 そして、リュウの背後に立つルアノとシロノを親指で示した。


「≪決戦(デュエル)≫中、コイツらはどうすんだ?」


 もっともな疑問だった。一対一の勝負なのに、自分もシロノもこの場にいていいのかと思うルアノである。

 そもそも、ルール説明さえばっちり聴いてしまってよかったのだろうか?


「まあ、本来なら問答無用で叩き出すべきだろうけどな。今回、メイガンはアルバーニアに対して人数の指定をしなかったからなぁ。しかも、アルバーニアにとって急な≪決戦(デュエル)≫だし、ツレがいたって仕方ねえだろ?」


 言いながら、ヴェンディはメイガンを向く。


「どうする? メイガン」

「別に助言くらい構わねえぜ。杯を飲むのがアルバーニアだけなら文句はない」


 ヴェンディに伺われたメイガンはすました顔をしている。


「ただし、仲間から情報が漏れちまう可能性くらいは承知しておけよ」


 ――お許しを得た。


 ルアノは心中でガッツポーズを取った。

 しかし、助言といっても、いまいち勝負の本質を理解出来ていないルアノである。


 ルアノは、はっと気が付いた。

 自分達の行動は、制限されていない?

 ならば、メイガンの分配を――、


「んじゃ、お前ら好きにしてろ。ねーとは思うが、相手のシートを覗くとかズルすんなよ?」

「――し、しないよ!」


 せせら笑うように釘を刺したリュウに、ルアノは慌てて否定した。




 ――パン!


 という手拍子。


「他に質問は?」


 改めて問うヴェンディだが、リュウもメイガンも何も発さない。


「なら、次に禁止事項を言っておく。杯の破壊、中身を零す、異物の混入、選べない杯を選ぶ、相手の番を抜かす、暴力行為。それらが認められた場合、反則敗け。一度手を付けた杯は必ず飲むこと。各セット、薬は8単位量全て分配すること。アタシらの指示には必ず従うこと。そして――」


 ヴェンディが妖しく笑んだ。

 人が右往左往する様を上から眺める、そんな悪意に塗れた貌だった。


「――ギブアップは、禁止だ」




 しん、と静寂が場を支配する。

 張り詰めた空気に、ルアノは肺が異様に刺々しい何かで満たされるような錯覚を感じた。


 再び口を開くヴェンディ。


「んじゃ、先攻後攻を決めて、おっ(ぱじ)めるとしようぜ。セット毎に先攻と後攻は交代だ」

「どうやって決めんだ?」


 リュウがそう問うと、メイガンがけらけらと笑い声を上げる。

 まるで、悪戯を仕掛けた子供のようだ。


「決定権くらいプレゼントしてやるよ。そこまでがめつく必要性を、お前さんからは感じないんでね」


 そんなメイガンの言葉に――、






 どくり、とルアノの心臓が鳴る。


 リュウの後ろ姿から、並外れた妖気を感じた。

 それは、今までルアノが感じたことのない圧迫感を秘めている。


 深淵の闇がリュウの身体を包み込み、ルアノはそれに呑み込まれていくリュウの姿を、やがて見失う。

 溶けるように、リュウが消えていく――。




「後攻だ」


 ――そんな幻覚を、みた気がした。




「決まりだな」


 ヴェンディの景気のいい声に、ルアノははっと我に返った。




「≪決戦(デュエル)≫・“毒杯九飲(どくはいくいん)”、勝負開始(ショウタイム)だ!」





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