第27話 これからも、ずっと……
年も明けて、一週間が過ぎようとしていた。
あの年末年始の忙しさが嘘のように、今は穏やかな日々を過ごしている。
そして、やっと貰えた冬休み。一月下旬から準備が始まる“バレンタイン”商戦。それまでは比較的のんびり出来そうだ。
そして彼も私に合わせて休みをとってくれた。
あの『無断欠勤事件』以来、どんなに忙しくても少しでも時間があれば会うようにしている。
彼も「寂しかったら素直に言うようにね」と、優しい言葉をかけてくれた。
でも、いつまでも甘えてばかりじゃ駄目だよね。強くなるって決めたんだから。
それでも、どうしてもって言う時だけ、甘えさせてはもらっているけど……。
で今日は、お休み一日目。
彼と公園デートをして、夜は彼の家に泊まる予定だ。うぅぅ嬉しいーっ!!
これからのことを考えると、ドキドキワクワクが止まらない。
気持ちを抑えつつ準備を整え、彼と待ち合わせをしている公園に向かうため、玄関のドアを開ける。
すると眼の前には、雲ひとつない青空が広がっていた。
半年くらい前、付き合っていた彼に突然振られた翌日も、こんな天気だったのを思い出す。
(あの別れがなかったら、今のこの幸せもなかったんだ……)
そう、しみじみと干渉に浸っていると、カバンの中の携帯が鳴っているのに気づいた。時間を知らせるアラームだ。
「いけない。時間に遅れちゃう」
私は急いで駅に向かった。
公園につき、一人ベンチに座って大きく伸びをした。
顔を上に向けると、空はまだ綺麗に澄み渡っている。
「本当にいい天気」
あまりの気持ちよさに、つい独り言が溢れてしまう。
一年で一番寒い時期なのに、全く寒さを感じない。
彼がもうすぐ来ると思うだけで、こうやって待っている時間さえも楽しくなってしまう。
昔の私からは考えられない変化だ。
伸ばしていた腕を下ろそうとした時、公園の脇にある時計に気づいた。
ちょうど待ち合わせ時間を指している。と言うことは……。
また遅刻だよ……。
昨晩は残業で、帰りが遅くなったとは聞いていた。だけど今日は久しぶりのデート。こんな日くらいちゃんと来て欲しかったのになぁ。
そんなことを思いながら、カバンの中をゴソゴソと探り、携帯を取り出す。
彼が来るまでの間、時間つぶしのために何かしようと思っていたら、背後から声をかけられた。
「おいっ。こんな所で何してるんだ?」
びっくりして後ろを振り向くと、坂牧が立っていた。
「チーフ……いきなり驚かさないでくださいよ。彼と待ち合わせです」
そうか……坂牧の家はこの近くだった。ジャージの上下を着てるということは、ジョギングがウォーキングでもしていたのだろう。
でも、何でこのタイミングで現れるかなぁ……。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ドカッと隣に座り込んでしまう。
「なぁ、あいつと何時に待ち合わせ?」
「一時ですけど……」
「おっ遅刻じゃん。お前待たすなんて、酷いやつだなぁ」
「昨日も遅くまで仕事だったみたいだし、しょうがないですよ」
「へぇ〜、庇うんだ」
「庇うっていうか……もう、いいじゃないですか。こうやって待っているのも楽しいんだか…ら……」
そう言ってから、大いに後悔する。
私、何恥ずかしいこと言ってるんだろう……。顔、絶対に赤くなってるよね……。
一人あたふたしている私を見て、坂牧が笑いだした。
「……や…やっぱりお前、面白いよ!なぁ、翔平じゃなくて俺にしないか?」
「はぁ!?冗談でもおもしろくないんですけど……」
そう言ったのに、坂牧は腕を伸ばし、私の肩を抱いた。
「チーフ、それセクハラ」
「ここ会社じゃないし、これくらいはいいじゃないか、なぁ?」
私の肩を抱きながら何かを楽しむように、体を震わせてクツクツと笑っている。
まったく……。坂牧が彼のお兄さんじゃなかったら、大声を出してるところだ。
しかし、私じゃない誰かが大声を出して叫んでいるのが聞こえた。
「兄貴っ!咲さんから離れろーーっ!!!」
え?翔平くん?
大声をがする方を見てみれば、ものすごいスピードでこっちに向かってくる彼の姿が見えた。
はぁ…そういう事か。だから坂牧は私の肩を抱きながら笑っていたんだ。意地悪で見せつけるために……。
どいつもこいつも……。相変わらず、はた迷惑な兄弟だ。
坂牧は気が済んだのか、すっと立ち上がって片手を上げる。
「じゃ、俺行くわ。ここにずっといたら、あいつに何されるか分からないからな」
さっさとこの場から去っていった。分かってるなら、最初からしなきゃいいのに……。
大きく溜息をついていると、入れ替わりで彼が到着する。
うぅぅ……目、怖いんですけど。
「ねえ咲さん。なんでここに兄貴がいたわけ?」
「う〜ん……偶然?」
「肩抱かれてたのは?」
「知らない。勝手に抱かれただけで……」
坂牧チーフ、こうなること分かってたんだ。今度会社に行ったら文句言ってやろう。
せっかく今日から三日間、楽しく過ごそうと思ったのに、初日からこんなんで大丈夫かなぁ……。
悲しくなってきて、力なくベンチに座り込むと、彼も隣に座り顔を覗き込んできた。
そして小さく息を吐いてから、申し訳なさそうな声を出す。
「ごめん。こんな事言いたかったわけじゃなくて……」
「そうだよ。翔平くんが遅れてこなければ、こんなことにならなかったのに」
「ごめん……」
「ちゃんと反省してる?」
「うん、反省する……」
だんだん声が小さくなってきて俯いてしまった。
あっ、なんか面白くなってきた。こんなしゅんとしてる彼を見ることはなかなか出来ない。
今日なら私でも、彼に勝てるかもしれない。
今度は私が彼を覗き込み、魂胆有りげな顔で見つめ返した。
「じゃあ今日一日、何でも言うこと聞いてもらおうかなぁ」
その言葉を聞いて、彼の眼が妖しく光ったような気がしたのは気のせい?
彼はゆっくり立ち上がり、「はい」と言って手を差し出してくる。
その手に自分の手を重ね、一本一本絡ませていった。
もう当たり前になっているこの仕草に、今更ながらドキドキしてしまう。
こうしているのが心地良い。もう絶対に、この手を離したくない。
「何、考えてるの?すっごく幸せそうだけど」
そう。私は幸せなんだ。
この先の二人の未来を考えると、幸せな気持ちが溢れでてきてしまって、顔が緩んできてしまう。
「そ、そうかなぁ……。何お願いしようか考えていたらワクワクしてきちゃって」
「で、僕は何言うこと聞けばいいの?」
繋いでいる手をキュッと握られ、とろけてしまいそうな微笑を向けられた。
愛おしい……彼が愛おしっくてたまらない。
そんな彼に、すべてを委ねてしまいたい。もうきっと、彼から離れられないんだから……。
「いっぱい甘えたい……」
「本当に?了解!その言葉、忘れないようにね。分かった?咲さん」
し…しまった!!
口から勝手に出たしまった言葉で、彼を小悪魔に変身させてしまったみたいだ。
ははっ……。でも、その小悪魔さえも、今となっては愛おしい。
空をもう一度見あげれば、やっぱり雲ひとつない青空が広がっていた。
そして隣には、私の手を優しく握ってくれている彼がいる。
そんな嬉しそうな顔をして、何を考えているの?
私と同じ、二人の未来を考えてくれていたら、嬉しいのだけど……。
そんな私の視線に気づいた彼が「咲さん?」と甘い声で呼べば、私の心は幸せで満たされる。
ねぇ、翔平くん……。
私たちは生まれる前から、出会って恋する運命だったんだよ。
だから、それに逆らうことなく、二人でその運命を進んで行こうね。
口には出さず、目だけでそう彼に語りかければ、すぐに私の心を読み取って頷いてくれる。
「翔平くん……」
「ねえ咲さん、そろそろ“くん”無しにしない?」
私もそろそろかなぁ……なんて、思っていたんだけど、いざとなる照れくさくって。
でも今日なら素直に言えそうだ。
「……翔平……」
目を見つめてそう呼ぶと、彼の瞳は今まで見たことのないくらい輝き、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、咲……」
咲と翔平。
ここから、また新しいストーリーが始まろうとしていた。
・・・・・Happy End・・・・・
いつも『年下の小悪魔!?』を読んで頂き、本当にありがとうございます。
以前、舞台の脚本や小説を書いていた時からかなりのブランクもあり、ほんと拙い文面でお見苦しい点も多々あったとは思いますがお付き合いして頂き、感謝感謝でいっぱいです。
『年下の小悪魔!?』は、今回の第27話『これからも、ずっと……』で、本編(咲SIDE)は終わりになります。
この後、本編では語られなかった“クリスマス”や“お正月”、咲と翔平の本当の出会い日の事などを翔平SIDEでご紹介していく予定です。
そして、それが終わったら……。
咲と翔平の新しいストーリー、続編のスタートですっ!!!
また、少し不器用な咲さんと小悪魔な翔平君の恋愛を見守っていただけたら、嬉しく思います。
今後も皆様に楽しんで読んでもらえるよう頑張って、そして自分も一緒に楽しんで書いていければと思っています。
今後とも、よろしくお願いします♪
水谷 順




