第25話 寂しくて、会いたくて…
風の冷たさが、季節を秋から冬へと変化させているのを教えてくれる。
11月に入り、私の職場は一年で一番忙しい時期を迎えようとしていた。
お歳暮商戦にクリスマス、大晦日にお正月……立て続けにイベントが襲ってくる。
そんな時の私に、勤務表やシフト表なんて、あってないようなもの。
とくにチーフという役職を頂戴してからは、休みなど皆無に近い状態だ。
街は煌くクリスマスツリーや瞬くイルミネーションで飾られていくのに、私の心は憂鬱な気持ちが増していくばかりだった。
大手電機メーカーに勤務している彼は営業をしていて、やはり年末年始は忙しくなるそうだ。
折角、坂牧チーフ……(ここはお兄さんと呼ぶべきなのか?)のお陰で、以前のような関係の二人に戻れたというのに、お互いの休みの日はもちろんのこと、毎日の仕事の時間すらズレてしまい、ほとんど会えなくなっていた。
私は一人、休憩室でコーヒーを飲みながら外の光景を眺め、溜息をつく。
店の前を行き交う人々……みんな、ウキウキしていて幸せそうだった。
それに比べて私ときたら……。
こんなネガティブな気持ちで溜息なんてついちゃってるのは、きっと、ここ2週間、声でしか彼を感じていないせいだ。
国民的にも一大イベントで、私と彼にとっても始めてのクリスマス。
まだ11月の時点でも会えないのに、聖夜を二人、ロマンちっくに過ごす……なんて、無理無理。
もういい年した大人なんだから、そんな事とっくに分かってて納得していたはずなのに、会えないと想うだけで、こんなに不安で悲しい気持ちになるなんて……。
週末はほとんど、どちらかの部屋で過ごすのが当たり前になっていたから、一人で眠る夜が寒くて仕方ない。
平日も、晩ご飯はほとんど一緒に食べていたから、一人で食べる食事が寂しくてしょうがない。
そんな日々が続けば続くほど、会いたい……一緒にいたい気持ちは、どんどん大きく膨らんでいってしまう。
けれど、私にこんな思いをさせている当の本人はと言うと……。
思ったほど寂しそうじゃなかった。
携帯電話で話していて、私が会いたいって言っても、
『う〜ん、今日も無理かな。今は会えなくても仕方ないよ。仕事は仕事だしね』
じゃあ私から会いに行くって言っても、
『咲さんだって疲れてるんでしょ。早くお風呂に入って早く休んで』
だって。何だか、とっても不満なんですけどっ。
言ってくれている言葉や言い方はすごく優しい。いつもの彼だ。
確かに、彼と付き合うようになってから、初めての年末年始、今までこんなの忙しい時はなかったけれど……。
だとしたって、付き合いだした頃の彼だったら、すぐに飛んできてくれた……と思う。
はぁ……駄目だ駄目だ。
そんなことを考えだすと、またいつもの私の悪い癖“不安”が顔を出してしまう。
恋人同士に戻れたけれど、やっぱり8つも年上で離れてるから、こんな私に嫌気が刺したんじゃないのか……と。
電話口で『好きだよ』とか『愛してる』と伝えてはくれる。
その時の声の優しさや甘さで、私のことを想ってくれていることは感じられるのに……。
けれど身勝手かもしれないが、会えない…身体が触れ合えない…たった、それだけのことが出来ないだけで、彼にとって私はどんな存在なのか……分からなくなって、強烈な不安が私の心を少しずつ蝕んでいった。
それからしばらくは、何とか気持ちをコントロールして仕事に集中していた。
けれどある朝、仕事へ行く準備をしている途中でその不安が私の身体全体を包み込んでしまった。
私の心と身体は、こんな忙しい最中なのに会社を無断欠勤させ、一人、あの思い出の海へと私を向かわせてしまった。
電車を乗り継ぎ、最寄り駅からバスに乗って、5時間ほどで目的地に着いた。
カバンの中からは、さっきからうるさいほど電話やメールの着信を知らせる音が鳴り響いている。
きっと坂牧チーフか藤原くん。あるいは希美あたりからだろう。
今まで遅刻はおろか、体調不良で休んだことさえない私が、無断欠勤したのだから。
それもこの年末商戦、真っ只中のこんな時期に……。
もう身体が限界だった。疲れやストレスだったらまだ何とか我慢ができただろう。
でも、彼と会えない、一緒にいられない、そんな思いが身体に悲鳴を上げさせてしまった。
「寒い……」
前に来た時は、彼と二人。
【永遠に離れず】
そう願い、南京錠を掛け、想いを伝え合ってからこの海へ来た。
手を繋いで歩いていると、それだけで胸が熱くなったのを今でもはっきりと覚えている。
なのに今は一人。
彼と別れたわけじゃないし、ただ今はお互い忙しくて会えないだけ……。
そんなことは分かっているのに、私の心は寂しくて、どうしようもなかった。
気付くと私の瞳からは、ポロポロと涙が零れていた。
「あはっ……私って、こんなに弱かったっけ……」
情けない。30過ぎた女が、彼が……それも、年下の彼がいないと何にも出来なくなってしまうなんて……。
それほど彼を愛してしまっていたんだ。
海岸の大きな岩がゴツゴツと密集しているところに、抵当な大きさの岩を見つけ登り、腰を下ろして海を眺めていた。
(もう何時間こうしてるだろう……)
海風に晒し過ぎて冷えたのか。ブルッと身体が震えた。
携帯で時間を見ると、もう夕方の5時を回っている。
「そっか……もうこんな時間。薄暗くなるはずだよね」
そう言って立ち上がり、岩から降りようとした。
向きを変え、右足から下ろそうとした、その時……。
「あっっ!!!」
少し濡れていた岩に左足が滑り、頭から落ちるっ……!!!
……あれ?あの高さから落ちれば痛いはずなのに、痛くない?と言うか落ちてない?どうして?
しかも何か暖かくて優しいものに包まれてる?
私は頭をしっかりと守っていた両手をゆっくりと離し、顔を上げた。
「はぁ…間に合って良かった。一瞬、ダメかって思った」
「しょ……翔平くん……なんで?」
彼がどうしてここにいるのだろう。
私は頭の中が混乱して、ただ口を開けて彼の顔を見ることしか出来なかった。




