第22話 小悪魔が悪魔?
食事を終え片付けを手伝っていると、坂牧が声をかけてきた。
「今日は悪かったな」
こんな時、私は何と答えればいいんだろう。
坂牧のお陰で私と彼は元どうりになれたわけだけど、その結果、坂牧自信は私に振られてしまった事になるわけで……。
それも彼と坂牧は兄弟で……。坂牧に至っては上司で……。
あぁぁぁぁっ!!頭が混乱してきてしまった。
一人、百面相の如く、手振り身振りを交えて考え込んでいた私を見て、坂牧が笑い出した。
「お、お前ってやっぱ面白いのな。何にでも一生懸命って言うか、真面目って言うのか」
「面白いって、ひどいですよ。こっちは真剣に悩んでるのに……。でも、ごめんなさい」
今ここで謝るのは適当ではないのかもしれない。
けれど、ここで言わなければ今後仕事で顔を合わすときに気まずくなるような気がした。
勝手かもしれないが、坂牧とは今まで通り、一緒に仕事をしていきたいと思っている。
上司とその部下……という関係で。
「何謝ってんだ。お前、何も悪いことしてないだろ」
「でも……」
「まぁ、最初からこうなることは分かってたからな。あいつ…翔平がライバルってのは気に入らないが」
「誰が気に入らないって?」
キッチンの入り口にもたれかかって、彼が面白くなさそうに立っていた。。
「誰でもいいだろ。なぁ花田。気にするなって言うのも何だが、俺とお前の関係は今まで通りだ。いいな?」
私も、今回のことで坂牧との関係を壊したくはない。
坂牧の部下として、まだまだ教えてもらいたいこともたくさんある。
だから今そう言ってもらえて、とても嬉しかった。
「はいっ!ありがとうございます」
そう明るく答えると、坂牧も嬉しそうに「おうっ」と答えた。
坂牧のお土産の話は本当だったらしく、帰り際にどっさり渡されてしまった。
彼は車で来ていて、大量のお土産を後ろの席に乗せると、私を押しこむように助手席に座らせた。
そのやり方があまりにも乱暴で、彼が怒っているのだということは簡単に推測できる。
が、何に怒っているのだろう?全く検討がつかず、どう対処していいものなのか困っていた。
その間に、彼も運転席に座りエンジンをかける。
じーっと彼の横顔を見つめるが、こちらを向く気配もない。
はぁ…と小さく溜息をつき、正面に向きなおしてシートベルトを掛けた。
車が動き出す。車内の空気が重い。
なんかこの雰囲気、嫌だなぁと思いながら窓の外の景色を見ていると、きゅうに耳朶を引っ張られた。
「な、なに?いきなり耳、引っ張らないでよっ」
「外見てないで、俺見ててよ」
え?えぇ?お、俺って言ったよね、今。
私の聞き間違えかなぁ……。なんとなくキャラが違う感がいっぱいなんですけど。
「翔平くん、今、俺って……」
「言ったけど、何?」
おぉ、やっぱり怒ってる。でも、そんな彼にもドキドキしてる私がいて……。
だって、怒ってる横顔がすっごくセクシーで素敵過ぎて。
どうにも対応に困ってしまった。
耳朶を引っ張っていた手は、今、私の太腿の上に置かれており、ときどき摩ったりムニムニと摘んだりして遊んでいる。
「あのぉ……翔平くん?腿がくすぐったいんですけど」
「そう?じゃあ我慢して。今の俺、機嫌悪いから」
「その機嫌悪い理由、教えてはもらえない…でしょうか?」
これ以上、機嫌を損ねられると厄介なので、丁寧に聞いてみる。
太腿の手の動きが止まった。
「分からないんだ。困った咲さんだね。これは“おしおき”が必要かな」
あ……あれ?聞き方間違えた?
何度考えても分からないが、もう一度彼を怒らせてしまった理由を考える。
じゃないと“おしおき”とやらが待っている。
「考えなくていいよ。家についたら、もう嫌ってくらい身体に教えてあげるから」
「あの、身体じゃなくて頭の中にお願いしたいんだけど」
「却下っ!」
即答ですか……。
今までで一番タチが悪い。これじゃあ、小悪魔じゃなくて悪魔でしょ。
いつもの可愛い小悪魔はどこに行ってしまったの?
がっくりと肩を落として外を見れば、見慣れた街並みに変わっている。
それが彼の家が近いことを教えてくれた。
「明日も一日中家にいる予定だし、今俺んち何にもないから、コンビニ寄ってくわ」
「一日中……」
「帰るつもり?」
怖い……。即座に顔をブルブルブルっと横に振った。
彼は満足そうに頷くと、そこから一番近いコンビニに入った。
「ここで待ってて。逃げないでよ」
「に、逃げない逃げない」
そう言いながら笑った私の顔は、同時に引き攣っていた。
いつもの彼と、今の彼。
どっちが本当の彼なんだろう……。
どちらにしよ、彼とはまだ話さないといけないこともある。
落ち着いて話が出来ればいいんだけど。
怒ってるけど、家に連れて帰るって言うことは……。大丈夫。嫌われてない。
こうなったら正面から受けてたとうじゃないのっ!!
その“おしおき”っていう、なんとも恐ろしい響きと小悪魔?翔平。かかって来いっ!!!
ガッツポーズを高らかに掲げて、意気込む私。
その様子を、コンビニの中から翔平が楽しそうに見て笑っていることを咲は知らない。




