第16話 どうにもならない心
(う〜ん……眩しいっ)
目をうっすら開けて、その光が差し込む方に目を向けた。
カーテンが少しだけ開いている。
(もう朝なんだ……)
もそもそと起き上がる。
そこで、自分がちゃんとパジャマに着替えていることに気がついた。
そしてこの部屋で、それもベットの上で寝てるということは……。
また迷惑をかけてしまったみたいだ。
服も綺麗にたたんである。
「はぁ…自己嫌悪」
大きくため息をついてから、さっさと服を着替えた。
手櫛で髪を簡単に整えると、リビングに向かう。
部屋を出ると良い匂いが漂ってきた。ぐぅ〜とお腹が鳴る。
(こんな時でも私ってお腹が減るんだ)
ぐっすり眠って少しは元気になったのか、昨日までの気分と違うことに気づき、自分の食欲に笑ってしまった。
リビングの手前で大きく深呼吸をする。すると、たっぷりの酸素を吸い込んだ身体は、一気にやる気が漲った。
「おはようっ」
そう元気にあいさつしながらリビングに入ると、ダイニングテーブルの上には溢れんばかりの料理が並んでいた。その光景に目を奪われる。
「すっごーいっ!これ、徹さんが全部作ったの?」
まるで子供のようにはしゃぎ回る私に、不機嫌そうな声が呼びかけた。
「ちょっと咲。全部徹が作ったんじゃないんだけどっ!」
「えぇ〜。それはちょっと信じがたいんだけど……」
希美は料理が全くできないのだ。知りあってから十数年。一回だって、まともな料理を作ったことがないのだ。
だから今、このダイニングテーブルにある料理は希美には絶対に無理。
だとすれば、作ったのは徹さんしかいない。
「このパン焼いたの私。サラダをドレッシングで和えたの私」
「それ、作ったって言わないし!あ……希美、服ありがとう。部屋に運んでくれたの徹さんだよね」
「もう咲ったら暴れて大変。ねえ徹、咲重かったよね~」
徹さんはそんな私達のやり取りを、キッチンからカウンター越しに見てニコニコしていた。
昨晩は全く食欲がなく、もう一生食べなくてもいい……って思うくらい気力を無くしていたが、私も現金なもので、こんな美味しそうな料理を目の前に出されると一生食べないのは無理……みたいだ。
徹さんが作った美味しい料理をあっという間にぺろっと食べてしまう。
徹さんは「作った甲斐があるな」って喜んでくれたけど、希美は呆れ顔。
最後に、徹さんが淹れてくれたコーヒーを満足気に飲んでいると、希美がおもむろに話しだした。
「で、今日はどうするつもりなの?」
そうだった……。美味しい食事を堪能して、そのことを忘れていた。
いや…意識的にに考えないようにしていたのかもしれない。
彼との約束は、今日の午前中。
しかし、携帯をおいてきてしまった今となっては、その約束がどうなるのか全くわからなかった。
「携帯ないから連絡できないし、彼も昨日の今日では会いに来ないんじゃない……かな」
そうだ。昨日だって私を追いかけてきてはくれなかった。
そんな彼が今日会いに来るとは考えられない。
「希美は今日用事あるの?」
「特にはないけど……」
「けど?」
その後、何を言われるか、なんとなく分かった。
「帰ったほうがいいんじゃない?とか言うんだよね」
「そうだね」
やっぱり……。
私ははぁーと溜息をつき、わざと大きく頭を項垂れてみせる。
しかし希美は、何もかもお見通しと言うように少し鼻で笑って言った。
「小芝居しちゃって。別に私はいいんだよ、咲と一緒にいても。でもさ、咲が今一緒にいなきゃいけないのは私じゃなくて翔平くんでしょ?違う?」
「分かってるっ。頭では分かってるんだけど、心が嫌って言ってるの……」
「まったく……二十歳の乙女か。咲は傷つきたくないだけなんだよ」
「分かったようなこと言ってっ!!!希美、親友でしょ。優しくないっ」
「今、優しくしたってその場しのぎにしかならないの。分かる?」
「分かった。帰ればいいんでしょ、帰ればっ!」
あぁー、もう腹が立つ。
私は急いで部屋に戻り、カバンを持つと玄関に向かった。
希美はリビングから出てこない。その代わりに徹さんが走ってきてくれた。
「咲ちゃん。ここにいていいんだよ」
「なんか私のせいで朝から変な雰囲気になってしまって……ごめんなさい」
そう言うと急いで靴を履き、徹さんの顔も見ないまま、その場から逃げるように走り去った。




