帝国騎士団《ヘンリー side》
「教皇サミュエル、大司教ヘンリー、諜報員ノーマン、その他ここに集まっている者全員────我々帝国騎士団の権限を以て、身柄を拘束する」
イーリス帝国の一番目の剣と呼ばれる騎士団長が、そう宣言した。
すると、他の騎士達が速やかに私達の背後に回り、手を縛る。
「こ、これは一体どういうことですか……!帝国の剣である騎士団が、我々に武力行使など……!」
『あまりに横暴だ!』と非難の声を上げ、私は
少し表情を険しくする。
────と、ここで騎士団長がこちらを向いた。
「隣国との密会だけであれば、我々も動きません。基本神殿のことには干渉しないというのが、国の方針ですから。ただ、軍事兵器の密輸となれば話は別です」
サミュエル教皇聖下より回収したと思われる書類を掲げ、騎士団長は凄む。
「これは明らかな越権行為……いくら神殿と言えど、見過ごすことは出来ません」
「っ……!」
強く奥歯を噛み締め、私は書類を睨みつける。
『そうだ、ちょうどサインを終えたところだった……!』と思い返しながら。
────その後、私達は帝国騎士団に皇城まで連行され、玉座の間でブレイン・アドルフ・イーリス皇帝陛下とご対面。
「では、これよりサミュエル教皇聖下らの裁判を執り行う」
声高らかに言い、ブレイン皇帝陛下は玉座の上からこちらを見下ろした。
なっ……!?裁判だと!?
あまりにも、展開が早すぎる……!
騎士団の現れたタイミングと言い、今回の密会を知った上で動いていたとしか思えない!
『一体、どこから情報が漏れたんだ!?』と目を白黒させ、私は心底動揺する。
その横で、サミュエル教皇聖下が身を乗り出した。
「お、お待ちください!」
黄色の瞳に焦りを滲ませ、サミュエル教皇聖下は強く手を握り締める。
「軍事兵器を密輸しようとしたのは、申し訳ございませんでした!ですが、私達は何も知らなかったのです!」
さすがに無理のある言い訳をして、サミュエル教皇聖下は『信じてください!』と叫んだ。
だが、当然そんなの受け入れられる訳がなく……周囲に白い目で見られるだけ。
そんな中、他の大司教達がサミュエル教皇聖下をサポートする。
「先程、帝国騎士団の方に指摘されて初めて気がつきまして……!」
「てっきり、普通の催眠ガスかと思っていました!」
「私達全員、ヘンリー大司教に騙されていたのです!」
「はい!?私に全ての罪を擦り付けるつもりですか!?」
反射的に言い返し、私は表情を険しくした。
これが、神殿のやり方だと……自分も過去にやってきたことだと分かっているものの、気に食わなくて。
私がこれまでどれだけ、神殿のために尽くしてきたと思っているんだ……!
その献身を、無下にする気か!?
『そんなのあまりにも不義理じゃないか!』と憤り、私は他の大司教達を睨みつけた。
その刹那、彼らは大きく頭を振る。
「罪を擦り付けるだなんて、とんでもない!我々はただ事実を言ったのみです!」
「実際問題、このことを提案したのは貴方なんですから!」
「そちらこそ、私達を巻き込まないでください!」
「なんだと……!?」
まるで被害者のように振る舞う彼らを前に、私は目を吊り上げた。
と同時に、ブレイン皇帝陛下が声を張り上げる。
「静粛に!」
その鶴の一声により、私達は口を噤んだ。
騒ぎ過ぎると、心象が悪くなるため。
『更に裁判で不利になる』と考える私達の前で、ブレイン皇帝陛下は表情を硬くする。
「経緯はどうあれ、隣国から軍事兵器を密輸しようとした時点で……それに関わった時点で、皆同罪。『知らなかった』『騙されていた』では、済まされない」
『誰か一人に全ての罪を押し付けようとしても、無駄だ』と主張し、ブレイン皇帝陛下は腕を組んだ。
毅然とした態度を見せる彼を前に、他の大司教達は少し怯む。
────と、ここでサミュエル教皇聖下が背筋を伸ばした。
「確かにブレイン皇帝陛下の仰る通りですね。我々としたことが、冷静さを失っていたようです。お許しください」
『申し訳ございません』と素直に謝罪し、サミュエル教皇聖下は頭を下げる。
が、それだけで終わる筈もなく────
「ですが、一点だけ申し上げたいことがあります」
────打って出た。
『ほう?』と眉を動かすブレイン皇帝陛下を前に、サミュエル教皇聖下は力説する。
「私達はあくまで、密輸しようとしただけです。つまるところ、未遂。もちろん、それでも罪は罪でしょうが。どうか、ここは一つ寛大な処分を」
『お願いします』と頼み込むサミュエル教皇聖下に、私と他の大司教達も続いた。
先程までの諍いは一旦忘れて心を一つにする中、ブレイン皇帝陛下は小さく息を吐く。
「すまないが、その要求には応じられない。何故なら────そなた達の罪が、それだけではないからだ」
「「「!」」」
ピクッと僅かに反応を示し、私達はそれぞれ目を見合わせた。
そして、無言のまま意思疎通を図り、『ただカマを掛けているだけでは?』という結論に至る。
「……『それだけでは、ない』とは、一体?こちらには、全く心当たりがありませんが。単なる言い掛かりだとしたら、少々おふざけが過ぎるかと」
サミュエル教皇聖下が代表して喋り、どうにかこの場を切り抜けようとした。
すると、ブレイン皇帝陛下がトントンと指先で玉座の肘掛けを突く。
「そうか。自白をする気はないのだな。せっかく、機会を与えてやったというのに……残念だ」
言動の端々に落胆を滲ませ、ブレイン皇帝陛下はスッと目を細めた。
「では、いくつか実例を挙げていくとしよう」
本当に何か掴んでいるのかそう申し出て、ブレイン皇帝陛下は表情を引き締める。
「まず、裏社会との癒着。怪しい組織とよく手を組んで、人身売買や麻薬密造をしていたようだな」
「「「!」」」
悪事の種類まで的確に言い当てられ、私達は息を呑んだ。
なるほど……強気な態度を取れるだけの根拠はある、という訳か。
それにしても、参ったな。
よりによって、この件を知られているとは。
人身売買や麻薬密造は神殿の主な資金源となっているから、今後なりを潜めることになればかなりの痛手を受ける。
『無事この場を切り抜けられても、厳しい状況が続く』と考え、私は悩ましげに眉を顰める。
と同時に、ブレイン皇帝陛下がスルリと自身の顎を撫でた。
「次に、貴族や商人への脅迫。相手の弱味を握り、人脈や労働力を搾取していたと報告が上がっている」
その案件まで把握しているのか……。
ということは、今後資金だけじゃなくコネや人員も制限されそうだ。
「更に、信徒への暴言・暴力……殺害。全く……救うべき者に対する行いとは、思えぬ」




