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次の作戦《ヘンリー side》

◇◆◇◆


 ────ミレイ殿の誘拐事件が幕を閉じてから、早数ヶ月。

私は……いや、我々神殿は次どのように不死鳥へプレッシャーを掛けるべきか考えていた。


「出来れば、またミレイ殿を利用したいところですね」


 誘拐事件の際に見た不死鳥の必死さを思い返し、私は会議室のテーブルに肘をつく。

そのまま両手を組む私の前で、サミュエル教皇聖下は自身の顎を撫でた。


「ええ。ですが、一筋縄では行かないでしょう。あちらは前回の失敗を踏まえて、警戒レベルを上げている筈ですから」


 『筈』というか、確実に用心深くなっている。

その証拠に、ミレイ殿はここ最近出歩いていない。

おまけに、アジトには常に不死鳥のうちの誰かが居る状態。


 監視役の部下から入ってきた情報を思い浮かべ、私は内心溜め息を零す。

が、悲観はしてなかった。

もう次の作戦は大体、考えてあるため。


「そこで一つ提案なのですが、催眠ガスを使うのはどうでしょうか?」


 作戦の一端を話すと、サミュエル教皇聖下や他の大司教達は怪訝そうな表情を浮かべる。


「催眠ガス?あんなもの役に立つのですか?」


「ある程度密閉された狭い空間でしか、使えないと聞きましたけど」


「それに即効性もあまりないようだし、不死鳥の者達にあっさり対処されそうですが」


 次々に懸念の声を上げる彼らに、私はスッと目を細めた。


「私の言っている催眠ガスは隣国で秘密裏に作られている非常に強力なもので、魔物すら強制的に眠らせられます。しかも、使用範囲も広い」


 彼らの懸念を払拭し、私は居住まいを正す。


「それさえ手に入れば、アジトに強行突入してミレイ殿を再び攫うことも可能かと」


 例に漏れず強引かつ手荒な方法だが、こちらもあまり余裕がある訳じゃないので仕方なかった。


「ほう……確かにそれほど優れた催眠ガスなら……」


「試してみる価値は、ありそうですね」


「それに、たとえ失敗してもまた他の者達に罪を被せればいいだけの話」


 サミュエル教皇聖下や他の大司教達は好意的な反応を示し、乗り気になる。

『早速手配を始めようじゃないか』と述べる彼らを前に、私は片手を上げた。


「ただ、この作戦には一つだけ問題がありまして────」


 一度言葉を切って、私は少しばかり表情を引き締める。


「────我々神殿が直接催眠ガスの取り引き(入手)をしなければ、なりません。なんせ、相手は国ですので。適当な仲介役を挟む訳には、いかないのです」


 こちらの正体を明かす程度の誠意は見せなければ、隣国は催眠ガスを譲ってくれないだろう。

あれは軍事兵器として、開発されているものだから。

『万が一にも、流出すれば大問題になるため警戒する筈』と考える私の前で、サミュエル教皇聖下は難しい顔をする。


「ふむ……気は進みませんが、リターンも充分あります。何より、我々には時間がありません」


 神獣の一件は……その話題性は、少しずつ薄れていっている。

もちろん、『神獣の背中に誰か乗っていた』と公表すれば再び注目は集まるだろうが、初期の比ではないだろう。

なので、早めに不死鳥を陥落させる必要があった。


「私はヘンリー大司教の案を支持します。皆さんは?」


 賛成か反対か問うサミュエル教皇聖下に対し、他の大司教達はこう答える。


「「「賛成です」」」


 他にいい案がないこともあり、満場一致で可決となった。

どこか覚悟を決めた様子の彼らを前に、私は席を立つ。


「では、早速隣国とコンタクトを取ります」


 ────と、告げた二週間後。

無事に隣国の上層部と連絡を取ることが出来た私は、待ち合わせ場所であるカジノに赴いた。

サミュエル教皇聖下や他の大司教達も一緒に。

本来であれば、これほどの大人数……それも幹部総出で対応などしないのだが、あちらの信頼を得るためには仕方なかった。


 手紙のやり取りでは取り引きに応じる姿勢こそ見せているけど、早急に催眠ガスを渡してくれるような雰囲気ではなかった。

まだ様子見をしたい、といった本音が据えて見える。


 『だから、ここで一気に信頼関係を築きたい』と思いつつ、私はカジノの個室に足を踏み入れる。


「失礼します。手紙の送り主であるヘンリーです」


 既に到着していた隣国の面々を見やり、私は頭を下げた。

すると、灰髪赤眼の男性があちらの代表として口を開く。


「主の代理として来ました、ノーマンです。失礼ですが、そちらの方々は?」


 私の背後に居るサミュエル教皇聖下達を手で示し、ノーマン殿は僅かに警戒心を見せた。

なので、私はすかさず彼らを紹介する。


「私の上司に当たるサミュエル様と同僚達です」


「「「!」」」


 少しばかり目を見開き、ノーマン殿達は後ろの者達を……特にサミュエル教皇聖下を見つめた。


「サミュエル……なるほど」


 非公式の場なので敢えて敬称は省いたものの、ちゃんと分かったらしくノーマン殿は少し態度を軟化させる。

こちらの誠意はしっかり伝わったようだ。


「ご紹介ありがとうございます。こちらのメンバーは私以外、護衛のため省略させていただいても?」


「構いません」


「助かります。では、軽くポーカーでもしながら話を詰めましょう」


 『せっかくだから』とカジノに興じるノーマン殿は、自らトランプをシャッフルする。

その傍で、私は内心ほくそ笑んだ。


 『話し合いましょう』ではなく、『話を詰めましょう』か。

これは取り引きに応じることを前提とした物言いだ。

つまり、一番の難関は突破出来たと言える。


 『あとは、条件のすり合わせだけ』と思案する中、私はどんどん詳細を決めていく。


(ツー)ペア────では、その内容で」


「フルハウス────承知しました」


 何とか話もまとまり、私とノーマン殿は互いに頷き合った。

『いい取り引きだった』と考える私を前に、彼は護衛から紙とペンを受け取る。


「では、念のため書類を作成しますのでサインをお願いします」


「畏まりました」


 ────全く……まだ保険を掛けるつもりか。


 とは言わずに、私はニッコリと微笑む。

『出来れば、証拠に残るようなものは避けたかったんだが』と思いながら、一歩後ろに下がった。

と同時に、サミュエル教皇聖下がノーマン殿の前へ躍り出る。

書類のサイン……もとい、最後の仕上げはトップがやるべきなので。


「では、内容を確認します」


 ノーマン殿から出来上がった書類をもらい、サミュエル教皇聖下はしっかり目を通した。

そして、署名欄にサインした瞬間────部屋の扉が、開け放たれる。


「「「!?」」」


 私達は反射的に扉の方を振り返り、とある集団を目にした。

『こ、この者達は……!』と衝撃を受ける私達の前で、彼らは部屋に押し入ってくる。


「教皇サミュエル、大司教ヘンリー、諜報員ノーマン、その他ここに集まっている者全員────我々帝国騎士団の権限を以て、身柄を拘束する」

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