進展《セオドア side》
◇◆◇◆
────時は少し遡り、ミレイが攫われてから一週間くらいの頃。
二通の手紙が届いた。
実家とジェシカからだ。
何か分かったみたいだな。
配達員から受け取った手紙を開封しつつ、私はリビングのソファに腰掛ける。
そして、両方に目を通した結果────
「空き家の元々の持ち主と同業者のバックの貴族は、同一人物のようだな」
────ハドリー・ヒューゴ・ベネット男爵が、捜査線上に浮上した。
聞いたこともない家名だ。
恐らく、最近爵位を賜った弱小貴族だろう。
それぞれの手紙に書かれた名前を眺め、私は足を組む。
「とりあえず、探りを入れてみるか」
『実家はまだ神殿の調査中だろうし、キースにやらせよう』と考え、私は席を立つ。
────それから、数日ほどして簡単なプロフィールを手に入れた。
「ベネット男爵は半年前に爵位を買ったばかりで、まだどの派閥にも所属していないッス。というか、コネがなくて社交界デビューも出来てないみたいッスね。なんで、他の貴族が使い捨ての駒として使っている線は薄いッス」
キースは結果報告を行い、リビングのソファに腰を下ろす。
と同時に、私はソファの肘掛けをトントンと指先で叩いた。
「それは不幸中の幸いだ、後処理が楽だからな」
『最悪、綺麗に丸ごと消してしまっても無問題』と思案し、私はスルリと自身の顎を撫でる。
「少々手荒になるが、権力でベネット男爵を屈服させよう」
『今は手段を選んでいられない』と主張する私に対し、キースは小さく頷いた。
「それじゃあ、早速ベネット男爵にコンタクトを取りましょ」
「ああ。だが、その前に実家へ連絡する。大公家の名前を出すことになるだろうから、先に一報を入れておかないと後々面倒だ」
「あっ、そうッスね」
焦るあまりそのことが頭から抜けていたのか、キースはハッとしたような素振りを見せた。
『順序を間違えちゃいけない』と自制する彼を前に、私は実家宛ての手紙を書く。
────と、ここで玄関の扉を叩かれた。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
どことなく聞き覚えのある声が耳を掠め、私はキースの方を向く。
すると、あちらも私の方を見ていたようで目が合った。
どうやら、同じ人物を脳裏に思い浮かべたようだ。
「……キースは実家への連絡とベネット男爵のコンタクトを行え。あいつの相手は私がする」
少し声のトーンを落として指示し、私はさっさと手紙を書き上げる。
出来上がったソレをキースに手渡すと、彼は表情を引き締めた。
「分かったッス。ただし、くれぐれも気をつけて」
『まあ、セオドアくんなら心配いらないと思うッスけど』と肩を竦め、キースは立ち上がる。
素早くリビングの窓から出ていく彼を他所に、私は玄関へ向かった。
「何の用だ────ヘンリー大司教」
おもむろに扉を開け、私は茶髪碧眼の男を見つめる。
『やはり、神殿の関係者だったか』と思案する私を前に、ヘンリー大司教は一礼した。
「お久しぶりです、セオドア殿。本日はミレイ殿の件で、参りました」
「!」
少しばかり目を見開き、私は眉間に皺を寄せる。
神殿関係者の口からミレイの名前が出ると、嫌でも警戒してしまうため。
あと、単純に不快だ。
正直、今すぐ追い返したいところだが……
「とりあえず、中へ入れ」
これはあちらの動向を探るチャンスでもあるので、不満を呑み込む。
それに神殿が黒幕だった場合、下手に機嫌を損ねるとミレイへ危害を加えられるかもしれないから。
『ここは堪えろ』と自分に言い聞かせ、私はヘンリー大司教をダイニングテーブルまで案内した。
「適当なところに掛けろ」
「はい」
『失礼します』と一声掛けてから、ヘンリー大司教は椅子に腰を下ろす。
私はその向かい側の席へ座った。
「それで、用件はなんだ?」
早速本題に入るよう促すと、ヘンリー大司教はスッと目を細める。
「是非、神殿もミレイ殿の捜索に加わりたく思います」
まず結論から口にし、ヘンリー大司教は自身の胸元に手を添えた。
「我々は人々を救うのが役目ですから、攫われた少女を放っておけないのです」
少女って……あいつ、もう二十二歳なんだがな。
思わず変なところに反応してしまう私は、つい遠い目をしてしまう。
ミレイとの思い出を振り返ると、どうも気が抜けてしまって。
そんな中、ヘンリー大司教は『未来ある子供が』なんて綺麗事を並べ立てていった。
「とにかくミレイ殿のことが心配なので、微力ながらお手伝いを……」
「その見返りは?」
『対価として、何を求めている?』と質問する私に、ヘンリー大司教は小さく首を横に振る。
「何もいりません。これはあくまで、慈善活動の一環ですから。ただ、不死鳥の皆さんにちょっとしたお言葉をいただければ」
お言葉、か。
このやり取りだけ見れば『感謝の言葉』と捉えられるが、絶対にそうじゃない。
間違いなく、『神獣関連において、神殿に有利な言葉』を意味している。
要するに『あのとき、神獣の背中には誰か乗っていた』と発言しろ、ということだ。
チッ!と内心舌打ちしつつ、私は腕を組む。
「そうか。話は分かった。だが、返事は少し待て。私一人で判断していいことでは、ないからな」
「畏まりました。お心が決まりましたら、こちらまでご連絡ください」
住所の書かれた紙をテーブルの上に置き、ヘンリー大司教は席を立った。
『それでは』と言って踵を返す彼の前で、私は手を握り締める。
爪がくい込むほど、強く。
今回の訪問で、確信した。
神殿はミレイの件に噛んでいる。
そうでなければ、こんなに早く事件のことを嗅ぎつけられる訳がない。
何より、先程堂々と『神獣召喚を証言しなければ、ミレイは返さない』と宣言していたからな。
『隠すつもりはないということか』と眉を顰め、私はヘンリー大司教の背中を睨みつけた。
出来れば今すぐ問い詰めたいところだが、証拠も何もなく行動を起こすのは不味い。
かなりの影響力を失ったとはいえ、神殿は大きな組織だからな。
少なくとも、権力にものを言わせて解決とはいかない。
なので、とりあえず共犯のベネット男爵から情報を引っ張りたいところだ。
玄関の扉の向こうに消えたヘンリー大司教を一瞥し、私は窓の方を振り返る。
「頼んだぞ、キース」
今頃奔走しているであろう仲間を思い浮かべ、私はスッと目を細めた。




