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29/42

下見

◇◆◇◆


 ────アジトに帰ってきてから、早二週間。

私はほぼ(・・)以前の生活に戻っていた。


 タブレットで読書して、ご飯を食べて、魔法を練習して……時々やってくる神殿の者達を一瞥して。


 今まさに訪ねてきた白いローブの集団を前に、私は『また来たのか』と思案する。

『もはや、日常の風景となりつつあるな』と思う中、アランさんが玄関先で彼らを追い返した。


「はぁ……さすがにしつこ過ぎるだろ。いい加減、諦めろよ」


 心底ゲンナリした様子で吐き捨て、アランさんはこちらへ足を運ぶ。

おもむろにダイニングテーブルへ着く彼の前で、私は朝食の食パンを食べ切った。


「お疲れ様です」


「おう……」


「そして、ご馳走様でした」


「それは食事を作ったキースに言ってくれ」


 疲労した状態でもしっかりツッコミを入れて、アランさんは苦笑を漏らす。

『神殿の奴らを相手していたら腹減ったし、もう一回朝食にしようかな』なんてボヤく彼を前に、私は顔を上げた。


「あっ、そうだ。今日ちょっと出掛けたいんですけど、いいですか?」


「俺も同行していいなら、構わないぜ。ちなみにどこへ行くんだ?」


「あっちの裏通りにある空き家です」


「空き家?何でそんなところに?」


 不思議そうに頭を捻るアランさんに対し、私はこう答える。


「実はさっき、ジェシカさんから手紙が届いて『一緒に支店の下見をしてほしい』と頼まれたんです」


 ポケットから手紙を出し、私はヒラヒラと左右に振った。

と同時に、アランさんは目を瞬かせる。


「支店?そういやぁ、王都に出すとか噂になっていたな。こっちでも出すのか?」


「みたいですね。正直、エテルノの街には一店舗で充分だと思いますけど」


 それなりに栄えたところではあるものの、地方都市の域を出ない。

これ以上、投資する必要はないように思える。


「確かに長期的に見れば、複数店舗を展開するのは悪手ッスね」


 そう言って、キッチンから出てきたのはキースさんだった。

こちらの会話を聞いていたのか、彼はアランさん用の追加料理を持ってやってくる。


「でも、ここ一・二年は今の勢いが続く筈なんでその利益を最大限引き出すために一時的に店舗を増やすのはアリだと思うッスよ」


 『不動産や改装の費用にもよるけど、十分元は取れる筈ッス』と語り、キースさんはアランさんの前に料理を置いた。

『なるほど』と納得する私を前に、彼は向かい側の席へ腰を下ろす。


「ところで、いつ頃その空き家に行くんスか」


 『僕も護衛として、同行するッスよ』と述べるキースさんに、私は視線を向けた。


「昼頃です」


 ────と、答えた数時間後。

私はアランさんとキースさんに加え、セオドアさんも連れて例の空き家に向かった。

すると、そこにはもう何人か居て……


「本日はご足労いただき、ありがとうございます」


 見覚えのある女性が、代表して挨拶してきた。


 この人って、確かジェシカさんのお店の従業員だよね。

凄く華やかな人だから、覚えている。


 『自然と目を引くんだよね』と思いつつ、私は口を開く。


「いえ、こちらこそ声を掛けていただき、ありがとうございます。えっと……」


「カーラです」


「はい、カーラさん」


 『すみません、名前を知らなくて』と弁解しながら、私はふと周囲を見回す。


「それで、ジェシカさんはどちらに?」


 呼び出した当人の姿が見当たらず、私は小首を傾げた。

その刹那、カーラさんが頭を下げる。


「申し訳ございません。オーナーは急用のため、ここに来れなくなりまして。代わりに私が」


「そうなんですか。分かりました」


 お店のことで忙しいのは聞くまでもないため、私はすんなり納得した。

と同時に、カーラさんが姿勢を正す。


「下見の感想や結果については私の方からきちんとオーナーにお伝えしますので、ご安心ください。それでは、参りましょう」


 空き家の方に向き直り、カーラさんは他の男性二人に『お願いします』と声を掛けた。

それを合図に、彼らが扉の鍵を開けて中へ入っていく。

私達も、そのあとに続いた。


 なんか、セオドアさんの実家みたいな造りだな。

正直、お店に向いているとは思えないけど。


 『ここから、大幅に改装するんだろうか?』と考える中、男性二人は建物内を案内してくれた。

恐らく、不動産屋の人間なのだろう。


「ここは厨房になりますが、必要なければ解体も出来ますのでご相談ください」


「その分、接客スペースを広げたり試着室に変えたりも出来ますし」


 物腰柔らかに営業トークを行い、男性二人は私の反応を窺う。

どうやら、先程の会話を聞いて私にアプローチを掛けるべきだと判断したらしい。

『これは下手なこと言えないな』と思案する私を前に、カーラさんはシンクへ近づいた。


「見たことない形状の蛇口ね」


 物珍しげにシンクを眺め、カーラさんは不意に手を伸ばす。

そして、レバー式の取っ手をそっと持ち上げた。


「!?」


 突如蛇口と管の部分から勢いよく水が吹き出し、顔や服を濡らす────私が。

一応カーラさんも水を浴びているものの、かなり少量だった。

ハンカチで軽く拭けば、済むくらい。

対する私は着替えないといけないレベルだった。


「も、申し訳ございません!まさか、こんなことになるなんて思わなくて!」


 カーラさんは慌てて蛇口を閉め、平謝り。

その傍で、不動産屋の男性二人も真っ青になった。


「すみません、水は止めてあった筈なのですが……!」


「もしかしたら、管の中にまだ水が残っていたのかもしれません……!」


 確認が不十分だったことを詫びて、不動産屋の男性二人は縮こまる。

『せっかくの大口契約が流れてしまう!』と危機感を覚える彼らの前で、アランさんが上着を脱いだ。


「とりあえず、これを着ておけ」


 私の肩に上着を掛け、アランさんはおもむろにセオドアさんの方を振り返る。


「魔法で服を乾かすことは、出来るか?」


「可能だ。だが、一旦脱いでもらった方がいい。着たままだと時間が掛かる上、均等に熱を与えることが出来ずところどころ生乾きになる」


「じゃあ、ミレイには隣室に行ってもらうか」


 『服の着脱と待機のために』と言って、アランさんは視線を上げた。


「えっと……カーラとか、言ったか?ミレイの服の運搬を頼みたいんだけど、いいか?」


 『さすがに俺達が隣室を行き来する訳には、いかないから』と述べるアランさんに対し、カーラさんは頷く。


「もちろんです!ミレイさん、行きましょう!」


 かなり責任を感じているようで、カーラさんは非常に協力的だった。

『あっ、はい』と返事する私を連れて隣室に行き、しっかり扉の鍵まで閉める。


 いや、そこまでしなくても大丈夫だと思うけど。

覗きなんて、有り得ないし。


 『誰も私の体なんて興味ないよ』と思いつつ、カーラさんに背中を向けた。


「それじゃあ、パパッと着替えるので少し待っていてください」


 そう声を掛けてから、私はアランさんの上着に手を掛ける。

────と、ここでカーラさんが私の背後に立った。

『もしかして、着替えを手伝おうとしてくれている?』なんて呑気に捉える中、彼女は


「────悪く思わないでくださいね」


 私の口元にハンカチを押し当てる。

スパイアニメのワンシーンみたいな展開を前に、私は変な匂いを吸い込んでしまった。

その途端、視界がボヤけて意識朦朧となる。


 えっ……?何……?どういうこと……?


 カーラさんに睡眠効果のある薬品を嗅がされて気絶寸前というのは分かるものの、何故このような目に遭っているのかが分からない。

『この人の恨みを買った覚えは、ないけど……』と戸惑う私を他所に、彼女は部屋の窓を開けた。

すると、黒いローブを羽織った人間が入ってくる。

それも、複数人。


 んん……?もしかして、組織ぐるみ……?なら、疑わしきは……。


 などと考えていると、黒いローブの人達が手際よく私を袋に入れた。

恐らく、このまま外に運び出すつもりだろう。


 声を……声を出さないと。

アランさん達にこの事態を知らせるために。

でも……眠気のせいか、体が言うことを聞かない。


 口を動かすことさえままならない状態に、私は焦りを覚える。

が、結局どうすることも出来ず意識を手放し────全く知らない場所で目覚めた。

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