感謝
◇◆◇◆
────セオドアさんのお兄さんが目を覚ましてから、数日。
彼は順調に回復しており、あと一週間もすれば元の生活に戻れるとのこと。
私の居た世界では数ヶ月も意識不明だと色んな弊害が出てくるものだけど、さすがは異世界。
たった一週間ちょっとで、全快とは。
『魔法のおかげだろうか』と思案しながら、私は客室のソファで寛ぐ。
────一人で。
「アランさん達は鍛錬場に居るんだよね」
お兄さんが目を覚ましたあと、彼らは改めてお礼を言うなり鍛錬場にこもるようになった。
理由は言わずもがな、カモの私を守るためである。
その気持ちは嬉しいが、正直ちょっと退屈だ。
「まあ、あと数日でアジトに帰るらしいし、それまでの辛抱……辛抱」
半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、私は手元へ視線を落とす。
一応暇潰し用の本はもらっているけど、セオドアさんの私物だからか魔法関連のものばかりで……飽きた。
『そろそろ、他のジャンルを読みたい』と願い、私は一つ息を吐いた。
タブレットを使えたら良かったんだけど、他所様の家でホイホイ出していいものじゃないし……。
『お兄さんの件のときは特別』と思いつつ、私はソファの背もたれに寄り掛かる。
そのまま何をするでもなくボーッとしていると、不意に部屋の扉をノックされた。
「ぁ……どうぞ」
我に返った私は、手に持っていた本をテーブルの上に置く。
おもむろに居住まいを正す私を他所に、扉が開いた。
「ミレイ殿、失礼する」
「突然、ごめんなさいね」
この部屋へ訪ねてきたのは、まさかのディランさんとララさんだった。
『えっ?どうして?』と疑問に思う中、二人は私のところまでやってくる。
「少し話がある」
「時間は長く取らないわ」
どことなく厳かな空気を放ち、ディランさんとララさんはこちらを見下ろした。
『ど、どうしよう?こっちも立った方がいいかな?』と悩む私を前に、二人はいきなり膝を折る。
「「────ミレイ殿、私達の息子を助けてくれて本当にありがとう」」
身分とか年齢とか関係なくお礼を言い、二人は深々と頭を下げた。
と同時に、私はピシッと固まる。
な、何で私が関わっていると確信して……?
お兄さんの病や回復方法については、『セオドアさん達が、昔とある依頼で立ち寄った隣国の村で知った』ということになっているのに……いや、待てよ?
表面上、私は作業する三人のサポートをしていたことになっているからそのことでお礼を言っているのかもしれない。
間接的にお兄さんの助けとなった、と言えなくもないので。
『うんうん、きっとそうだ』と考える私の前で、ディランさんとララさんは視線を上げた。
「ジークを回復させるための知恵を授けてくれたのは、貴殿だろう?」
「もし、あの子達に心当たりがあったなら容態を伝えた時点で言っていた筈だもの」
冷静にこちらのポジティブ思考を打ち砕く二人に、私は内心頬を引き攣らせる。
しっかり真相に気づかれているじゃん!と。
「……一体、何のことでしょう?私はお兄さんの件に関わっていませんが」
たとえあっちが確証を持っていたとしても認める訳にはいかないので、私はすっとぼけた。
『全てアランさん達の手柄ですよ』と断言する私の前で、ディランさんとララさんは目を細める。
「このことを詮索するつもりは、ない。もちろん、広めるつもりも」
「ただ、知っておいてほしかったの。私達がどれだけ感謝しているか、を」
それぞれの瞳に穏やかな光を宿し、二人は少しばかり身を乗り出した。
「ミレイ殿、我々ノワール大公家は貴殿より受けた恩を一生忘れない」
「もし、何か困ったことがあれば言ってちょうだい。力になるわ」
真っ直ぐこちらを見据え、ディランさんとララさんは言い切った。
『えっと、この場合なんて答えれば……』と悩む私を前に、二人は困っていることに気づいたのか────
「とにかく、言いたかったのはそれだけだ」
「それじゃあ、私達はこれで」
────早々に話を切り上げる。
思わずホッとしてしまう私の前で、ディランさんとララさんは客室を後にした。
すると、入れ替わるようにしてセオドアさん達がやってくる。
「今、父上達とすれ違ったが、ここに来たのか?」
セオドアさんは小さく頭を捻り、問い掛けてきた。
なので先程の出来事を話すと、彼は自身の顎に手を当てる。
「出来れば気づかれないままの方が良かったが、仕方ないな」
小さく肩を竦めて割り切るセオドアさんに、私はちょっと驚く。
もっと取り乱すかと思っていたため。
「まあ、あのお二人なら問題ないでしょう」
「少なくとも、恩を仇で返すような真似はしない筈だ」
キースさんとアランさんも、『大丈夫だろう』という見解を示した。
その傍で、私は少しホッとする。
また叱られたり、対応を考えたりせずに済みそうなので。
「なら、良かったです。ところで、皆さん今日は早かったですね」
昨日や一昨日は夜遅くまで鍛錬場に行っていたため、不思議に思う。
『さすがにこれ以上、動くのは限界ってことかな?』と考える私を前に、セオドアさんが一つ息を吐いた。
「────神殿の連中と面会するため、早めに切り上げてきたんだ」
「!」
ピクッと僅かに反応を示し、私は少しばかり目を見開く。
「それって、もしかして神獣の……?」
「ああ、私達から直接話を聞くためわざわざ大公家まで押し掛けてきたらしい」
「それも、今回が初めてじゃないようで。僕達がアジトを後にして、すぐ追い掛けてきたみたいなんス」
「これまでは旦那様や奥様の方で上手く追い払ってくれていたけど、アジトに帰ったらそうもいかないだろ?だから、大公家の目が光っているここで一度面会を受け入れておくことにしたんだ」
セオドアさん、キースさん、アランさんはやれやれという素振りを見せた。
『行きたくない』と思っているのが、丸分かりである。
「面倒だが、これが最善だ」
「今日会っておけば、帰宅以降にまた面会を申し込まれても『この前、話したから』と躱すことが出来るッスからね」
「一番いいのは、今回の面会で納得してもらうことだけど……こればっかりは、運だよなぁ。上手くいくことを願うしかない」
「そうですか。頑張ってください」
グッと親指を立て、私は『応援していますよ』と告げた。
その途端、彼らは何とも言えない顔になる。
「他人事のように言うが、お前も当事者だからな」
「『も』というか、『が』ッスけどね」
「こういう淡々としているところ、ミレイらしいな」
呆れたような……半ば感心したような表情を浮かべ、三人は小さく頭を振った。
かと思えば、おもむろに踵を返す。
「とにかく私達は行ってくるから、ミレイはしばらくこの部屋を出るな」
『それを言うために来たんだ』と本来の目的を明かし、セオドアさんは部屋から出ていった。
アランさんとキースさんも、それに続く。
パタンと閉まる扉を前に、私は軽く伸びをした。
「さてと、何をして時間を潰そうかな」
神殿との面会は気になるものの、アランさん達を信じて待つしかないため気持ちを切り替える。
そして、再び魔法関連の本を読んだりボーッとしたりしていると、彼らが戻ってきた。
「────結論から言うと、神殿の説得には失敗した」
開口一番にそう述べ、アランさんは倒れ込むようにして向かい側のソファへ腰を下ろす。
疲弊し切った顔を見せる彼の前で、キースさんとセオドアさんも着席した。
「やっぱり、神獣の背中に誰か乗っていた噂が気に掛かるみたいで……」
「いや、あれは『気に掛かる』というよりその噂を真実にしたいという様子だろう」
キースさんの言葉を遮り、セオドアさんはピシャリと言い放った。
『真実にしたい?』と疑問に思う私の前で、彼はソファの肘掛けに軽く寄り掛かる。
「事の真相なんて興味はなくて、ただこちらが『神獣の背中に誰か乗っていた』と証言することだけを望んでいる」
「一体、何故ですか?」
「そしたら、適当なやつを神獣の召喚に成功した人物として祭り上げて神殿の威光や影響力を増すことが出来るからだ」
権力強化という思惑を口にし、セオドアさんは小さく息を吐いた。
「年々神殿の力は衰えているため、焦っているのだと思う。ここら辺でしっかり存在感をアピールしなくては、と」




