過去の関係性《セオドア side》
「────アラン、キース。私は家を出て、冒険者になることにした」
ある日の昼下がり、私は執務室で唐突に宣言。
『えっ……?』と目を見開いて固まるキースとアランを前に、私は椅子から立ち上がる。
「両親からは、もう了承を得ている。来月にでも、ここを去るつもりだ」
「はい?ちょっ……と待ってください。どうして、いきなりそんな話に……」
「そりゃあ、いつかは家を出て自立しなきゃいけないが……だからって、何で危険の多い冒険者を……」
困惑を隠し切れない二人に対し、私はこう切り返す。
「魔法の研究に集中したいからだ」
「「?」」
ますます訳が分からないとでも言うように目を瞬かせ、キースとアランは頭を捻った。
「それなら、別に冒険者じゃなくてもいいのでは?」
「魔法関連であれば、宮廷魔導師団とか魔塔とかありますし」
更なる疑問を提示するキースとアランに、私はふと既視感を覚える。
つい先日、父と母に将来について話したときも同じことを言われたな。
それでしばらく言い合いになったが、最終的に『セオドアは言い出したら、聞かないから』と折れてくれた。
『こいつらとも、似たようなやり取りをしないといけないのか?』と思いつつ、私は腕を組んだ。
「宮廷魔導師団や魔塔は派閥問題やら複雑な人間関係やら厄介なことが多くて、面倒臭い」
研究に集中出来ないことを主張して、私は視線を上げる。
「その点、冒険者は実力が全てで分かりやすいし、パーティーにでも入らない限り他者との交流で縛られることだってない。それに、時間の融通も効く」
研究に集中出来る根拠を挙げ、私は『現状これが最善』と結論づけた。
が、キースとアランは納得いっていないようだ。
「セオドア様の仰ることは、よく分かりました。ですが、やはり危険です」
「私はそれなりに強い魔導師だ。滅多なことは、そうそう起きない」
「それでも、万が一ということが……」
「くどい。そんなことを言ったら、何も出来ないだろう」
決して冒険者という職業を甘く見ている訳ではないし、彼らの言うリスクもきちんと理解している。
だが、それを鑑みてもメリットの方が大きい。
先程挙げた利点に加え、研究資金を短時間で一気に稼げるから。
『他の職業だと、そうはいかない』と考える中、キースとアランは黙り込む。
それはこちらの話を聞いて閉口したというより、何かを思い悩んでいる様子だった。
「……セオドア様の言い分にも、一理ありますね。ただ、やはり賛成は出来ません」
キースは心配という感情を前面に出し、こちらに一歩近づく。
「なので────僕も連れて行ってもらえませんか」
「はっ?」
完全に予想外の展開だったので、私はつい呆気に取られてしまった。
────と、ここでアランが手を上げる。
「あっ!それなら、俺も!」
キースの提案に乗っかり、アランは『腕利きの護衛、いかがですか!』と押し売りしてきた。
その傍で、私は大きく息を吐く。
「お前達、その意味をよく分かっているのか?私についてくるということは、同じく大公家を出る……現在の環境・仕事・待遇を手放すのと同意義だぞ」
実家からすれば、自立した次男坊の世話なんてする必要はない。
なので、引き続き給金をもらいつつ立場も維持というのは到底不可能だ。
良くて休職、悪くて退職を勧められるだろう。
「言っておくが、私はお前達を雇うつもりはないからな」
最後のダメ押しとして完全無料奉仕活動になることを仄めかし、私は彼らの反応を窺う。
『さすがに積み上げてきたもの全てを投げ捨ててまで、同行はしないだろう』と高を括る私の前で、二人は
「なんだ、そんなことですか。全然構いませんよ。覚悟の上です」
「とはいえ、俺達も何か金を稼ぐ方法を考えないといけませんけど。それこそ、冒険者とか」
あっさりと了承した。
思わず絶句する私を前に、アランがポンッと手を叩く。
「そうだ、良ければパーティーを組みませんか。一緒なら、護衛しやすいし」
「名案ですね。僕達の取り分は生活費のみで充分ですから、是非ご検討ください」
『僕達なら、対人関係のトラブルの心配もありませんよ』と語り、キースはこちらの懸念を先に潰した。
さっき話していたようなデメリットは発生しないから大丈夫、と。
「正気か、お前達……」
パーティー結成の弊害なんて、この際どうでもいい。
それより、アランとキースの覚悟と熱意だ。
正直、こんなに私のことを慕っているとは思ってなかった。
こいつらの忠誠心はあくまで大公家に対してで、私個人には向いていないと考えていたから。
もちろん、幼馴染みとしての情はあるだろうが。
「何故、そこまで私にこだわる?」
自分で言うのもなんだが、私は決していい主人ではない。
無茶を言って周囲を振り回すことはよくあるし、他者の指図も基本聞かない。
良く言えば我が道を行く、悪く言えば自己中心的なタイプだ。
『生涯を掛けて、仕えたい人間ではないと思うが』と思案する中、キースが口を開く。
「セオドア様のことを敬愛しているからです」
「それに、一緒に居て退屈しませんし」
『セオドア様の傍は温かくて、とても楽しい』と主張し、アランは自身の胸元に手を添えた。
「あと、自分の目で広い世界を見てみたくて」
『いい機会だな、と思いました』と言うアランに、私は小さく相槌を打つ。
なるほど。確かにウチで雇用されたままでは、広い世界など見れないか。
大公領と帝都くらいにしか行かないことを思い浮かべ、私は納得した。
と同時に、腹を決める。
「そういうことであれば、同行とパーティー結成を認めよう。ただし、報酬の取り分は等分。それから────」
そこで一度言葉を切り、私は真っ直ぐ前を見据えた。
「────今後、私に畏まった態度を取ることは禁じる」
「「!」」
「より正確に言うと、敬称や敬語をやめろ」
具体的に要求を口にすると、アランは即座に
「分かった、セオドア」
と、応じた。
対するキースはと言うと、困り果てた様子で狼狽えている。
「そ、それはちょっと……」
『従者の立場としては従えません』とやんわり拒絶し、キースはそっと眉尻を下げた。
大公家を出るのは構わないのに、これは躊躇うのか。
つくづく、真面目なやつだ。
「いきなり変わるのは難しいだろうが、慣れろ。これからはお互い一冒険者として、生きていくのだから。あまり丁寧に接していると、逆に目立つ」
「それで貴族出身だって知られたら、変な連中に目をつけられるかもしれないし」
アランも説得に加わり、『さっさと敬語や敬称を外せよ』と促す。
すると、キースは悩ましげに眉を顰めた。
「うっ……!セオドア様を危険に晒してしまうのは、困りますね……」
『足手纏いには、なりたくない……』と呟いて、キースは小さく深呼吸する。
まるで、覚悟を決めるみたいに。
「分かりました。もっと砕けた態度になるよう、頑張りま……る、よ?」
「これはなかなか骨が折れそうだな」
「キースは真面目だから、仕方ない」
まだまだ硬いキースに、私とアランは苦笑する。
────その後、試行錯誤を繰り返して『〜ッス』という敬語まがいの口調と『セオドアくん』という呼び方に落ち着いた。
そして、あっという間に家を出る日となり私達はまず冒険者ギルドへ。
「登録用の書類と、パーティーの申請書類になります」
受付嬢は前者を三枚、後者を一枚手渡してきた。
『記入が終わりましたら、お声掛けください』と述べる彼女を前に、私達は一先ず登録用の書類を仕上げる。
「さて、次はパーティーの申請書類か」
もう一方の書類を手に取り、私はふとアランとキースの方を向いた。
「リーダーだが、お前達のどちらかがやってくれ」
「「えっ?」」
当然私がやるものだと思っていたのか、アランとキースは目を剥く。




