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ドラゴンとミレイ《アラン side》

「前方から、何か……恐らく、さっきの魔物が来るッス!今すぐ戦闘準備を!」


 声を押し殺しながらも力強い口調で警告を促し、キースは短剣を手に取る。

と同時に、セオドアのことを背で庇った。

今、キースのすべきことは不死鳥のメインアタッカーである彼を守ることだから。


「もうここまで引き返してくるとは、亀のくせに早いな」


 『あんなナリして、案外俊足か』と茶化し、俺は一歩前に出る。

おもむろに剣を抜いて構える中、ドシンドシンと大きな足音と振動を感じた。

どうやら、早くも巨大亀のお出ましらしい。


「よし、行くぞ」


 ────と、意気込んでからおおよそ一ヶ月。

俺はセオドアやキースと知恵を絞り、力を合わせて戦ってきたが……未だに巨大亀を討伐出来ずに居た。

なんなら、有効的な攻撃手段も分かってない始末。

だから、地面を滑りやすくして機動力を奪ったり落とし穴に嵌らせたりなど……トリッキーな作戦で、足止めを行う日々。


「このままじゃ、ジリ貧だ」


 セオドアは苦々しい表情で吐き捨て、チッ!と舌打ちした。

全く進展がないことを悔しがる彼の前で、俺は山の方を見つめる。

先程、また吹っ飛ばされた巨大亀を思い浮かべながら。


「消耗していく俺達と違って、あっちはどんどん強くなっているしな」


「そろそろ、ここらで打って出るべきッスかね」


 『本格的に手に負えなくなる前に』と危機感を抱き、キースは草むらから前方の様子を窺った。

屈んだ状態から少し腰を浮かせる彼を前に、俺とセオドアは身構える。

多分、近くまで巨大亀が接近しているであろうことを察して。


「そうするしかないだろうな。本当は騎士団や他のハイランク冒険者からの応援を待ちたいところだが」


「後者はさておき、前者は無理だ。手続きの量が膨大な上、承認までかなりの時間を要する。それに、たとえ騎士を派遣されたとしても使える人材かどうかは賭けだ」


 『騎士という肩書きを持っているだけの腑抜けかもしれん』と指摘し、セオドアは腕を組んだ。


「言うまでもなく、私はお荷物なんて御免だからな」


「分かっているって」


 ヒラヒラと手を振り、俺は目視出来る距離まで来た巨大亀を見据える。


「とりあえず、キースの言う通り打って出よう」


 そう言うが早いか、俺は草むらから飛び出して巨大亀に向かっていった。

キンッと音を立てて、あちらの顔面に剣を突き立てる。

相変わらず無傷の巨大亀を前に、俺は足を踏ん張った。

これは切るための攻撃じゃなくて、相手の移動を止めるための攻撃だから。


「セオドア!」


 『今だ!』と合図すれば、彼は地面に手をつく。


「【火と土と風よ、ここに噴火をもたらしたまえ】」


 三つの気を合わせた魔法を展開し、セオドアは真っ直ぐにこちらを見据えた。

と同時に、巨大亀の足元から真っ赤な炎が噴き出す。

素早く後退する俺を他所に、奴は炎に押し上げられるまま宙を舞った。


「さすがにここまで強力なやつなら、効いて……いるよな?」


 『そうだと信じたい』と思いつつ、俺は地面を蹴って巨大亀に接近する。

すっかり勢いの収まった噴火を一瞥し、奴の片目に剣を突き刺そうとした。

が、瞼によって阻まれる。


「ったく、本当にどういう硬さをしているんだ」


 きっちり目を閉じている巨大亀を見つめ、俺は空いている方の手で奴の瞼を持ち上げる。


「お、も、す、ぎ、る、だ、ろ!」


 まるでゾウのような重量感に眉根を寄せながら、俺は剣を構え直した。

その刹那、巨大亀が口端から火の粉を溢す。


「離れろ、アラン!」


 半ば怒鳴るようにして離脱を命じるセオドアに、俺は即座に応じた。

巨大亀の顔面を蹴って距離を取る、という方法で。

でも、


「【風よ、彼の者を遠くにやりたまえ】」


 これだけでは心許なかったようで、セオドアが俺のことを吹き飛ばす。

山の方へ飛んでいく俺を前に、今度はキースが動きを見せた。

かと思えば、巨大亀の周囲に煙が。

『煙玉を投げて、視界を奪ったのか』と納得する中、天に向かって火が上がった。

それも、元々俺の居た位置あたりに。


「魔物が、火を吹いたか」


 『二人のサポートがなきゃ、今頃消し炭になっていたかもな』と肩を竦め、俺は剣を持ち直す。

────と、ここで巨大亀が着地した。

それに合わせて巻き起こる音や振動を他所に、俺も地面へ降り立つ。

と同時に、走り出して直ぐさまセオドアやキースと合流した。


「目潰し作戦、もう一回やるぞ」


 『炎攻撃は連発出来ないから、次こそは上手くいく筈だ』と告げ、俺は巨大亀に向かっていこうとする。

その瞬間、キースがハッとしたように後ろを振り返った。


「何か来るッス!それも、強大な何かが……!物凄い勢いで!」


「「!?」」


 『まさか、ここで新手か!?』と動揺し、俺とセオドアは少しばかり表情を強ばらせる。

巨大亀も、強者の気配を感じ取ったのか制止して俺達の後ろを見た。

その刹那────真っ白なドラゴンを目にする。


「「「!」」」


 予想の上を行く相手の正体に、俺達は言葉を失った。

ドラゴンと言えば、史上最強の生物の一つだから。

『あんなやつと戦わなきゃいけないのか』と内心頭を抱える中、キースが瞳を揺らす。


「ん……?えっ!?ミレイちゃん!?何でドラゴンの背に乗っているの……!?」


 思わずといった様子で大きな声を出し、キースは目を白黒させた。

その傍で、俺とセオドアは一瞬固まる。


「はっ!?なんだと!?」


「あいつは何をやっているんだ……!」


 ドラゴンの登場だけでも驚きなのにミレイまで現れて、俺達は混乱した。

が、何とか平静を取り戻して現状打開に動く。


「とりあえず、俺はミレイを保護しに行く!セオドアとキースは、巨大亀の牽制を頼む!」


 そう言うが早いか、俺はミレイの方へ駆け出した。

────と、ここでドラゴンが急停止。

その反動により、ミレイは落下。

でも、ドラゴンのおかげで助かった。


「敵……では、ないのか?」


 予想外の救助劇を見て、俺は少しばかり肩の力を抜く。

だが、しかし……再び落下したミレイを目にするなり、気を引き締めた。


「ミレイ……!」


 勢いよく地面を蹴って接近し、俺は空中で彼女をキャッチ。

そのまま、地面に着地した。


「大丈夫か!?」


 ミレイの顔を覗き込み、俺は不安と緊張で表情を硬くする。

そんな俺を、彼女はどこか呆然とした様子で見ていた。


「ぁ、アランさん……無事だったんですね」


 何故か胸を撫で下ろし、ミレイは黒い瞳に安堵を滲ませる。

『第一声がそれかよ!』と言いたくなる返答に、俺は怪訝な表情を浮かべた。


「いや、人の心配をしている場合か……!ミレイの方こそ、怪我は!?」


「あっ、はい。大丈夫です、おかげさまで」


 『助けていただき、ありがとうございます』と頭を下げるミレイに対し、俺は小さく頷く。


「そうか。なら、いいんだ」

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