旧友との再会
レオナルド視点です。
ルーナさんの額にジワジワと汗が滲む。
一見すると、ただジッと宝石を見つめているだけのようにも思えるが、実際は膨大な魔力を消費しているのだろう。
もしかしたら、この魔法具は思うよりずっととんでもない代物なのかもしれない。
ルーナさんがふうと肩の力を抜いた。
「こんな魔法具、一体どこで手に入れたの?」
ルーナさんは眉を顰めた。彼女のそんな顔、今まで一度も見たことがない。
「酷い魔法具なのですか?」
「ええ。酷いなんてものではないわ」
ため息を吐いて席を立つと、片足を引きずりながら戸棚の前まで行く。その棚の引き出しから手袋を取り出し、手にはめながら戻って来た。
「まず、これはアンドロス製ね。そして、傀儡魔法がかけられている」
そこまでは父の見解と同じだ。
専門の鑑定士でもないのに、そこまで見抜けた父を心から尊敬する。
僅かに緩みかけた頬に力を入れ、引き締めた。
「ただ、この魔法は後から付与されたもので、元々はただの鉱石だったみたい」
「では、アンドロスでは普通の装飾品だった、ということですか?」
「そうね」
手袋を付けた手でピアスを摘み、光にかざすように視線の高さに持ち上げた。
「それと――この血痕は王族のもの、なのではないかしら」
「そんなことまでわかるのですか?」
「ええ。大抵の場合、魔法具に付着したものの鑑定も必要になるから」
改めて、ルーナさんの鑑定力の高さに驚く。
この力をアルカディアの国家機関が放って置くはずがない。
「あの、ルーナさん」
僕の考えが間違っていなければ。
もしかしたら、ルーナさんは――
「アルカディアから逃げてきました?」
ルーナさんは上げていた手をゆっくりと下ろした。
「視覚誤認の魔法具を使っているのは、この国で生活しやすいように、だとばかり思っていたのですが……違いますよね。たぶん、ルーナさんはアルカディア王国では元の姿だった。この前、お母様の形見を魔法具に作り変えた、といっていましたね? そして、その魔法具も作り変えられたもの。そんなことができるのは――アンドロスでもジュエライズでもない」
ルーナさんが魔法具をそっと箱の中へ戻した。
「アルカディアが関わっている」
ルーナさんは手袋を外し、テーブルの隅に置いた。そして、冷めてしまったハーブティーを一口飲むと、口を開いた。
「レオくんの言った通り、この魔法具の製造にはアルカディアが関わっている。少なくとも傀儡魔法はアルカディアで組み込まれたものね」
ハーブティーをグビッと一気に飲み干すと、ルーナさんは新しいティーポットを用意するため、ゆっくりと立ち上がった。
「でもね。私はアルカディアから逃げてきたわけじゃないわ。それと、アルカディア王国を擁護するという意味ではないけど、とても健全な国家よ」
お湯を沸かしながら、僕に背を向けて話している。ルーナさんの表情が見えない。
「アルカディアで作り変えられたなら、それは個人だと思うわ」
湯が沸き、ティーポットに注がれると、アイリーンが一番気に入っている香りが漂ってくる。
目の前に用意された新しいカップに、蒸されて香りを増したカモミールティーが注がれた。
一口飲み、ほぅと気の抜けたアイリーンの顔が思い浮かぶ。
本当は今すぐアイリーンに会いたい。
そのために今、僕がすべきことは――
「ルーナさんに、もう一つ、お願いしたいことがあります」
「何かしら?」
視線を窓の外にやる。自分が乗ってきた馬の近くに馬車が止まるのが見えた。
ちょうどよいタイミングだ。
「足を怪我しているところ申し訳ないのですが、僕についてきていただけますか?」
◇
「おかえりなさいませ。坊ちゃま」
「ただいま、じいや」
慣れたやり取りを見て、ルーナさんは首を傾げた。
「ここは……レオくんのお家?」
「あ、いえ。違います」
ガーネット伯爵家を出る時、ロードナイト伯爵家に先触れを出しておいた。
僕は馬で来ていたし、足を怪我しているルーナさんに同乗してもらうわけにもいかない。
ロードナイト伯爵家の馬車が書店の前に止まったのを確認すると、それに乗ってもらい、一緒にここまで来てもらった。
予定通り迎えの馬車が来たことで、少し安堵した。ロードナイト伯爵家自体に何かがあったわけではなさそうだ。
老執事ジャスパーが正面玄関の扉を開くと、そこには瞳を潤ませたアイリーンママが待ち構えていた。
「久しぶり、ルーナ!」
「え……? マリー?」
ルーナさんの姿を見つけるやいなや、彼女に駆け寄り思い切り抱きついた。
それを抱きとめたルーナさんはあまりに突然の再会に、驚き固まっている。
「話したいことが、たくさんあるの!」
アイリーンママは抱きしめていた腕を緩め、ルーナさんと目を合わせる。
「それにしても……その髪も瞳も素敵な色ね! 私も視覚誤認の魔法具、使ってみたいわ! そうだ、レオくんのお家で買えるかしら? 今度、お店にお伺いしてもいい?」
「僕がこちらにお持ちします」
「本当? 楽しみだわ!」
旧友との再会に喜びが爆発していたアイリーンママから急に笑顔が消えた。
「近々、お世話になりそうだから。なるべく、早めにお願いできる?」
「明日にでも」
「ありがとう」
突然、変わった声色と表情に背筋が伸びる。
アイリーンママは絶対に怒らせてはいけない人だと全身で感じ取っていた。




