芽生えた『愛』
ジュエライズ国王視点→フレデリック視点です。
ジュエライズ王国では、魅了、懐柔、傀儡など人を操る魔法や、それと同等の効力がある魔法具の使用は禁止されている。
万が一、その使用が判明した場合、最悪極刑もあり得る。
そんな禁忌の魔法具が、よりによって王城内にあるとは。
魔法石と魔法具の管理、販売を取り仕切る家門であるガーネット伯爵から、急ぎの謁見申請が出されたと報告された時点で、嫌な予感はしていた。
ガーネット伯爵は優秀で、今まで一度も急な謁見を求めたことはなかったからだ。
最近、やけに頭を悩ませる問題が立て続けに起こっているように感じる。
(まさか、ジュエライズ王家が狙われているのか?)
『人の心を操る、禁忌の魔法具でございます』
そう言った彼の神妙な面持ちに、今起きている事の重大さを痛感する。
優秀な彼の“探知”の力を持ってしても、見つけられない禁忌の魔法具が現在、城内にある。
これは大変由々しき事態だ。
「フレデリックを呼べ」
「畏まりました」
狙われるとしたら、私か息子だろう。
一刻も早く、フレデリックに注意を怠らないように、と忠告を入れることにした。
◇
「お呼びでしょうか、父上」
「まあ、そこに座れ」
父に呼ばれ、執務室へとやってきた。
促されて、ソファーに腰掛けると、向かいに座った父の顔色が冴えなかった。
「何か、あったのですか?」
「ああ」
父は何かを確認するかのように私を上から下まで、じっくりと見つめた。
「それはどうしたのだ」
「……それ、とは?」
父は私の耳元にあるピアスを見て、問いかけた。
「これは先日、母上がくれたものです」
右耳にそっと触れた。思わず顔が綻ぶ。
「エスメラルダが……?」
「はい。まるで、母上の瞳のような美しい宝石でしょう? そうは思いませんか、父上」
父は疑問に思っているのか、眉間に深く皺を寄せると、首を傾けた。
父が首を捻りたくなるもの、もっともだ。
母はここ数年、贈り物どころか、あんなふうに話をしたり、私に笑いかけてくれることなど、なかったのだから。
俄には信じがたいはず。
「そうだ、父上にご報告があります」
せっかく父と話す機会ができたのだ。
母が新しい婚約者を見つけてくれたことを報告しなければ。相手を知れば、きっと喜んでくださるはず。
「私はアイリーン・ロードナイト伯爵令嬢と婚約することに決めました」
父の顔から一瞬で色が消える。
「彼女には王城で妃教育を受けてもらいます」
父は急に立ち上がると、私の耳元にそっと触れた。
そして、次の瞬間――そのピアスを思い切り引きちぎった。
「!!」
あまりの痛みに声が出ない。
熱くなった右耳を抑えた手のひらから溢れ出た血が腕を伝い、肘の先端からボタボタと床に血溜まりを作っている。
「医師を呼ぶ。ここで待っていなさい」
父は執務室の扉を開くと、廊下に待機していた騎士に至急医師を呼んでくるよう指示を出した。
程なく、治癒魔法が使える医師が駆けつけ、裂けて出血していた耳朶を元に戻してくれた。
「気分はどうだ」
「良いと思われますか」
既視感のあるやり取り。
先ほどのアイリーンの気持ちがわかった気がする。
「これは――お前を操るための魔法具だ」
父は握りしめていた手を開き、その上にあるピアスを見つめた。
そんなはずはない。それは――ただのピアスだ。
「その証拠に――フレデリック。ピアスを外した今でも、お前はアイリーン嬢と婚約したいと思っているか?」
父の質問の意図がわからない。
「はい。もちろんです」
私が即答すると、父は目を見開き、自分の手のひらにあるピアスに再度視線を落とした。
そんな父の様子には構わず、私は先ほどまで一緒に食事をしていたアイリーンの姿を思い出す。
上機嫌で食事を頬張る姿を愛しいと感じた。
どんなことをしても彼女を手に入れたいと思った。
たとえ彼女に、他の想い人がいたとしても。




