記録のない魔法具
レオナルド視点です。
「管理記録に記載のない魔法具が出回っている、ということですか?」
学園を休ませてまで僕を帰宅させた理由はそれか。
ジュエライズ王国において“魔法具の管理”を担っている家門としては重要事項だ。
たった一つの誤差でさえ、許されない。
「そうだ。早急に見つけ出さなければならない」
「しかし、どのような魔法具かもわからないのに……どうやって――」
僕がそこまで言いかけて、父であるガーネット伯爵は続く言葉を遮った。
「本来であれば――レオナルド、お前に私の力を継承させるつもりだったのだよ」
「……!!」
少々タレ目の柔らかい顔が、さらに表情を崩した。
父のその顔を見た瞬間、僕はすべてを理解した。
父はきっとわかっていたのだ。
――僕が自分の本当の息子ではないことを。
もしかしたら、出会ったあの時、すでに気がついていたのかもしれない。
それでも、僕に愛を注ぎ、ここまで大切に育ててくれた。
ガーネット伯爵夫妻の深い愛情によって、僕はこの世界で生きることができたのだ。本来なら、その恩に報いるべきだろう。
でも――今の僕には、それができない。
アイリーンの神聖力によって癒やされた身体は、元の血筋による潜在的な力を最大限まで引き出してしまったから。
僕にはもう“浄化”の力がある。それも、王都を一度で浄化してしまうくらい強力な。
僕のその能力は先日、アイリーンパパによって国王陛下に申告しているし、もちろん、事前にガーネット伯爵夫妻にも報告しているから、承知している。
能力をまだ隠していた僕がロードナイト伯爵家に婿入りすることが決まった時も、二人は反対することもなく、息子の幸せを自分のことのように喜び、笑顔で承知してくれた。
それでも、どこか期待していたのかもしれない。
「私の能力は――“探知”。だから、ガーネット伯爵家は代々魔法石と魔法具の管理と販売を任されている」
「はい、承知しています」
いつか、僕に自分と同じ“探知”の能力が目醒めたら――ガーネット伯爵家に戻ってきてくれるのではないか。そして――
僕が本当のガーネット伯爵令息レオナルドだ、と。
クオーツ侯爵に誘拐、監禁され、目醒めた能力は、奇しくもクオーツ侯爵やジルコニア公爵の主張を立証してしまうものだった。
アイリーンパパによって、上手く報告されてはいるが、ガーネット伯爵夫妻にとっては絶望が確定したようなものだっただろう。
もう二度と、本当の息子には会えないのだ、と。
(あ、れ? “探知”? ちょっと、待って……それって、まさか……!!)
今度こそ、すべてに気がつき、僕は息を呑んだ。
浅く細かい呼吸が小刻みに回数を増やしていく。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
そんな状態の僕に気づき、ガーネット伯爵は小さく笑いながら、まるで泣いている幼子をあやすように、僕の頭を優しく撫でた。
「お前はとても優秀なのに……やっと気づいたのか」
ジッと見つめていた僕とよく似た色の瞳がみるみるうちに滲んでいく。
「最初から……初めて出会った、あの日から。ずっとわかっていたのですか?」
「ああ、そうだ」
「それなら、どうして……!!」
(本当の息子ではないと知っていながら、なぜ?)
苛立ち、怒り、屈辱、疑問――だけじゃない。
愛しさ、悲哀、幸せ、感謝。
いろんな感情がごちゃ混ぜになり、思いの外、語気が強くなってしまった。
「私の能力が“探知”であることを教えた時、お前にはすぐ気づかれると思っていたんだ。私も妻も」
「え……?」
「お前は賢かったから。でも、私の能力を知っても、何も言わなかった。最初は私たちに配慮しているのだろうと考えたよ」
「そんな……もしかしたら、贅沢な暮らしを手放したくなくて知らないフリをしているだけかもしれないとは思わなかったのですか」
ガーネット伯爵はニッコリと微笑むと「まったく」と言い切った。
「そんな子どもじゃなかったよ。今も、ね」
「…………」
僕のことをどれだけよく見ていてくれたんだろう。実の両親であるクオーツ侯爵夫妻は自分の息子の瞳の色すら見ていなかったというのに。
「わかっていたのだ。すでに“探知”していたからね。でも、認めたくなかった。諦められなかった。これは私たちの我儘だ。むしろ、お前をその我儘に付き合わせ巻き込んでしまったと思っている。今まで……本当にすまなかった」
深々と頭を垂れるガーネット伯爵に、「頭を上げてください」と懇願する。どんな理由があろうと、僕が彼らに救われたことは間違いない事実だ。
「あの……では、クオーツ侯爵家に監禁されていた時も……?」
僕の居場所を見つけてくれたのは、ガーネット伯爵だったのかもしれない。そう思って聞いてみると、柔らかかった表情が一瞬にして曇った。
「いや……それは違う。お前の居場所を突き止めたのはロードナイト伯爵だ」
「え……?」
「もちろん、“探知”の力を使ったが……レオナルド、お前の居場所を見つけることができなかった」
確かに目が覚めた後、ロードナイト伯爵家で療養中にアイリーンから魔法具から突き止めたと聞いていたし、アイリーンパパからはそれが“対”であることを隠してアイリーンに渡していたことがバレて延々と説教された。
ただ、魔法具から見つけたと聞いていたので、もしかしたら、と思ったのだが――見つけることができなかった、とはどういうことだろう。
「お前が今、付けているその魔法具も、その対であるアイリーン嬢の魔法具も、私には“探知”することができない」
「そんなことって……あり得るのですか?」
ガーネット伯爵は小さく首を横に振った。
「こんなことは今まで一度もなかった。だから、ロードナイト伯爵に協力を仰いだのだ」
「では、ロードナイト伯爵はどうやって……?」
「さあ。まったくわからない」
とにかく、ガーネット伯爵でも“探知”できない魔法具があるということがわかった。
「それで――先ほど仰っていた記録のない魔法具というのは?」
「対の指輪だ。一つの場所はわかっているのだが、もう一つが何度“探知”してみても見つけることができない」
目の前で再度“探知”してみるも、ガーネット伯爵は小さくため息を吐き、首を左右に振った。
「その魔法具にはどんな効力が?」
指輪というだけに、なんとなく想像はできるけど。
「一種の呪いに近いよ、アレは。はめた者が外さない限り、永遠に結び続ける。身も心もすべて」
「どうして、そんな禁忌に近い魔法具を? 一体、誰が?」
「私の管理下から逃れ、そんなことができるのは――」
「まさか……」
ガーネット伯爵は顔を顰めると、右手を握りしめ、こめかみにグリグリと当てた。
「ジュエライズ王家、だ」




