悪役の辿る未来
ディアーナ視点です。
結果的にこうなって良かったと思ってる。
――違うな。むしろ、最初からこうするべきだったんだ。
護衛もおらず、窓もない。まるで、荷馬車のような質素な馬車で王都を出た時は、この世界での私の人生も、もう終わったのだと思ってた。
物語の中の悪役令嬢ディアーナは断罪されて、処刑されたから。
その流れからすれば、私も断罪された後、死ぬのだと思ってた。
けれど何事もなく無事、この修道院に着いた時、私は生きていけるのかもしれないと淡い期待を抱いた。
修道院での生活が一ヶ月を過ぎたあたりで、物語の軌道から外れた悪役令嬢は生きていてもいいのかもしれないと思い始めた。
元々、ジルコニア公爵家を出て、修道院で暮らそうと思ってたわけだし。寄付してた王都近くの修道院ではないけど、結果的には私の望んだ通りになった。
規律や生活は少々厳しいが、このマラカイト修道院でも十分やっていける。
あの悪役令嬢ディアーナだったら、無理だっただろうけど。今、この世界のディアーナである私には普通の生活を送ってた前世の記憶があるから、なんてことない。
ただ問題なのは、この修道院で生活しているのが、没落した貴族や犯罪者、その家族であるということと――隣国のアンドロス王国との国境にあり、内戦のとばっちりを受けてることや強奪、暴漢などの多い治安が非常に悪い場所だということだ。
没落した貴族や犯罪者とその家族は文句ばかりで、全然役に立たないし、私のように追放された者も元の暮らしが忘れられず、この環境になかなか馴染めないでいる。
それに――この修道院には、修道院長も修道士すらいない、修道院とは名ばかりの監獄だった。
敷地内には至るところに監視員が配属されており、私たちを護るでもなく、ただ監視している。
強盗や暴漢に襲われていても、助けてはくれない。互いに見てみぬふりをする。自分の身は自分で護るしかない。最初にその光景を見た時、その異様さに恐怖を覚えた。今ではもう見慣れたけど。
ここでは基本的に与えられた農作業や織物業、酪農などで自給自足の生活をしている。
それだけは担当が決まっており、協力して作業している。そうでなければ、お互い生きていけないから。
そんな生活を送っていたある日。
修道院の入口がやけに騒がしくなり、突然、大勢の騎士たちが押し寄せてきた。
「いったい何があるの?」
私はこの修道院のリーダー的な存在である元貴族のゲオルドに話しかけた。
「ああ、あんたか。俺も詳しいことは知らないが王命が下っただかで、ここを騎士様方の拠点にするんだってよ」
「へえ……」
騎士の一団をぼんやり眺めていると、その中に一際目を引く、端麗な人物を見つけた。
美しい薄桃の髪に、赤に近い桃色の瞳。
物語の主人公であるアイリーンの父親ロードナイト伯爵。
私を断罪し、この修道院に追放した張本人。
その彼が今、私の目の前にいる。
彼は監視員たちに何やら指示を出しており、こちらを見てもいない。
私はゆっくりと彼に近づいた。
「この修道院を拠点とするにあたり、今、ここで生活している者たちを一時的に王都近くの修道院へと移動させることになった」
意図せず、会話が聞こえてくる。
(え、王都近くの修道院って……もしかして!)
私が密かに寄付してた、あの――
「ハウライト修道院へ、監視員全員で移動させろ」
「ハッ」
(やっぱり、そうだ! あの修道院に行くことができるの?)
視察や慈善事業で何度か行ってるし、修道院長とも顔なじみだ。何より、ここの環境より数百倍いい。
一気に私の未来が明るくなった。
ロードナイト伯爵から指示を受けた監視員たちがその場を離れたため、彼の周囲に人がいなくなった。
全身のシルエットが顕になる。容姿端麗とはこのことなのだと感じるくらい、さすが主人公の父親はすべてが完璧に整ってる。
「ロードナイト伯爵」
声をかけるつもりなんて、まったくなかったのに、思わず呼びかけてしまってた。
「ようこそ、マラカイト修道院へ」
振り向いた彼の濃桃色をした綺麗な瞳に私が映ってる。
私を断罪した張本人であるはずなのに。私が恨むべき人物であるはずなのに。
不思議なことになぜか自然と笑顔がこぼれていた。




