違和感の正体
「何故だ」
心底信じられないというような表情で、殿下は私に問いかけた。
「王太子妃になることが私の幸せではないからです。殿下にお伺いしたいのですが――好きでもない人の隣で、やりたくもない作法や勉強をさせられることの、どこが幸せなのです?」
殿下は驚きのあまりポカンと口を半開きにしたまま固まっている。
「私は――たとえ身分がなくなって、貧しくなったとしても、大好きな人の隣で、その人と笑い合って生きたい」
私は持久戦を覚悟して、椅子に深く腰掛けた。
「ですから殿下のお気の済むまま、お好きなだけ調査でも何でもしてください。私をこの部屋に閉じ込めたままでも構いません。ただ――妃教育は受けませんが」
きっと。いや、必ず。
父や母、そして――レオが迎えに来てくれる。
私はここでできることをして、ジッと時が来るのを待っていればいいのだ。
しかし――私の中の違和感は消えない。
対面に腰掛けた美麗な王子様の顔は、憂いを帯びている。まるで、失恋をした後のように。
そんな美しい絵画のような光景に、私の美しいもの好きセンサーが警告を鳴らしている。
取り込まれてはいけないと、小さく首を横に振り、違和感の正体を探る。
(何だろう、この違和感……)
すっかり落ち込んでいるように見える殿下と、眉根を寄せ考え込む私の前に、朝食が運ばれてきた。
「さあ、いただくとしよう」
腹が減っては何とやら、と前の世界で言われていたし、とにかく今は腹ごしらえをしようと朝食に手を付けた。
念の為、発現したての力を使い、何か入っていないか調べる。
「そんな卑怯な真似はしない」
私が力を使ったのに気がついた殿下は少々ムスッとした表情を作った。
(こんな指輪を許可も得ず勝手にはめておいて、どの口が言う!)
私はすかさず右手を殿下の前に突き出した。
「では、この指輪を外してください」
「断る。それとこれとは別の話だ」
差し出していた右手を引き、フォークを持つと、私は黙々と食事を始めた。
(何か前にもこんなことあったような……そうだ!)
まだレオが玲音くんだとは知らなかった頃、新しい人脈作りをしようとお昼にカフェテリアを利用した、あの時のようだ。
無視してくれて構わない、と伝えたのに、「君のことが知りたい」と他の人を退けてまで無理やり同席してきた。
あの時は、楽しみにしていた昼食を味わうこともできず、黙々と流し込んで早々に席を立つことになり、本当に腹がたった。
食べ物の恨みは案外根が深いのだ。
そんな過去のやり取りを思い出していて、違和感の正体に気がつく。
初対面だった時からフレデリック殿下は私に冷たい態度を取っていた。それなのに、そんな急に変われるものだろうか。
現に今私は物語で憧れていた王子様に、物語と同じような甘い笑みを向けられたところで、最初に抱いた印象を変えることなどできずにいる。
私に対する態度が変化する前の殿下から、今の姿は想像すらできない。
今まで、変化するきっかけになるようなイベントや接点もなかったのに、急に変わるのはやっぱりおかしい。
物語の強制力と言ってしまえばそうなのかもしれないけれど、気持ちや態度が急に変わるなんてありえないような気がする。
何か、変化するきっかけがあったはず。
監禁に近い状態とはいえ、せっかく王城にいるのだ。この状況を利用しないなんて勿体ない。
父や母、レオが来てくれるまでの間にやれることが明確になると、思わず笑みがこぼれた。
突然、上機嫌になり、モリモリと食べ始めた私に、王子様は目を丸くし、首を傾げた。




