歪んだ『愛』
「お断りさせていただきます」
アクアマリンのような美しい瞳をまっすぐに見て、きっぱりと断った。
目の前の柔らかく優しい笑みが一瞬にして消える。
「王太子妃になるのは荷が重すぎますし、何より私は婚約者を心から愛しております」
「ガーネット伯爵令息、か」
「はい」
フレデリック殿下は何やら考え込むように右手を顎にかけた。
「…………っ!!」
彼の指に光る指輪を見て、私はハッと息を呑む。
私の視線の先に気がついた殿下は、満足そうに口角を上げると、その宝石にそっと唇を寄せた。
「気づいたか? 君の指輪と私の指輪は“対”になっているんだ」
私は不敬も構わず一気に顔を顰めると、全力で指輪を外そうと力を入れた。
その様子を見ていたフレデリック殿下は声を上げて笑い始めた。
「ハハッ、何をしても無駄だよ。その指輪は魔法具だ。私がつけたのだから、私にしか外せない」
「でしたら、外してください! 今すぐに!」
あまりの理不尽さに怒りが込み上げ、思い切り立ち上がり、右手を殿下の前に突き出した。
殿下はなおも笑い続け、顔の目前に出された私の手をそっと取ると、対の指輪に口付ける。
「断る」
にっこりと笑みを深めた殿下に、私の中にある黒い感情がボコリと音を立てて湧き上がった。
「君とガーネット伯爵令息の婚約は白紙に戻るよ」
「は……?」
もう不敬なんて関係ない。
あまりの横暴さに私は殿下を睨みつけた。
「そもそも彼はガーネット伯爵令息ではないからな」
殿下の一言に、怒りで沸き立っていた血がサーッと一気に引いていく。
「彼はクオーツ侯爵の一人息子、アラスターだ」
胸の鼓動が速くなる。気づかれてはダメだ。
「聡明な君なら私が何を言いたいか、もう理解できるだろう?」
「彼はクオーツ侯爵令息ではありません。先日の議会でもそう証明されたと父から伺っております」
「それは事実ではないな」
「どういうことですか」
殿下は私の手を握りしめたまま、立ち上がる。
「あの場で証明されたのは、ジルコニア元公爵令嬢が自分の能力の証明をできなかったということだけだ」
「え……?」
「ガーネット伯爵令息がクオーツ侯爵令息ではないということが証明されたわけではない」
「そんな……」
私は左手にギュッと力を込めた。
「クオーツ侯爵が爵位を剥奪され、幽閉された今、その令息の立場は?」
身体が氷のように冷たく硬直していく。
「アイリーン。君と私の身分差より問題があるかもしれないな」
ゆっくりと優しく、まるでわがままを言う子どもを諭すような柔らかい声色。
「君の新しい家族は、私の母――エスメラルダ王妃が用意した」
フレデリック殿下が左手を上げると、どこからともなく騎士たちが現れ、私の両側を取り囲む。
「アイリーン。君は今日からアルキオネ侯爵令嬢だ」
繋がれた右手の指輪が淡い赤色の光を放つ。
「そして――これからは私の婚約者として、王城で妃教育を受けてもらう」
愛する人の瞳とよく似た赤い宝石の光に吸い込まれるように、私の意識はゆっくりと失われていった。




