強制力か、思惑か
「透き通るような桜色の髪、そして、吸い込まれてしまいそうな薔薇色の瞳。君はいつも美しいな、アイリーン嬢」
「…………」
今、私の目の前には見目麗しい王子様が蕩けるような笑みを浮かべ、アクアマリンの如く輝く碧眼を甘く細めている。
そう、まるで愛おしいものを愛でるように。
(一体、これはどういうこと……?)
思えば、今日は早朝から何かがおかしかった。
夜も明けないうちに、父が王城に呼び出され、隣国アンドロスとの国境近くで問題が起こったと急遽出立した。
そして、昨夜、我が家に宿泊したレオと一緒に登校しようと準備している最中、彼の家から使いが来て、レオは学園を休み、ガーネット伯爵家へと戻ることになった。
『じゃあ、またあとで。ルーナさんの店の手伝いには行けるようにするから』
そういって私の額にちゅ、と唇を寄せたレオを真っ赤になった顔で送り出し、私も学園へ向かった。
学園に着き、馬車から降りると、なぜか彼が待っていたのだ。
金髪碧眼の見目麗しい、この物語の王子様が。
つい先日まで犬猿の仲といっても過言ではないくらいの関係だったはずだ。
ディアーナが追放されてからはさらにその関係は悪化していた。ディルクもカイルスもいなくなった今、彼は孤立し、むしろ私に恨みすら持っていると思っていたのだから。
(もしかして――新手の嫌がらせ?)
そうとも思ったが、彼の微笑みから嘘臭さは微塵も感じられない。
むしろ、主人公アイリーンを愛おしく想う気持ちを隠しきれず、自然と溢れ出てしまっているあの物語の挿絵のようだった。
(まさか……ね)
まさか――ここまできて物語の強制力が働いているなんてことはないだろうか。
経緯や詳細は違うけれど、悪役令嬢は追放されたわけだし、物語通りに戻ったといえば、そうだ。
フレデリック殿下が私をエスコートしようと差し出した手を、戸惑いからなかなか取れずにいると、彼はニッコリと笑みを深めた。
「さあ、手を」
ざわつき始めた周囲に気がつき、私は一呼吸する。そして、意を決して手を取った。
ここで拒否すれば、殿下の顔に泥を塗ってしまう。
彼にどんな思惑があろうと、後々面倒になるのは勘弁してほしい。
私が手を重ねたことで満面の笑みを浮かべた殿下に違和感を覚える。
「どういうおつもりですか、殿下」
校舎に向かって歩き出した殿下に、周囲に聞かれないよう小さな声で問いかけた。
本心を知るべく、ちらりと視線を彼の顔に移す。
「え……?」
殿下は目を丸くし、きょとんと首をかしげた。
その仕草に私は目を見開いた。
(何……? 何で、そんな表情を……)
私の質問の意図がまったく伝わっていないようだ。
「ああ、そうか。君を迎えに来た理由が知りたいのかな? 確かに突然のことで驚いただろう」
「ええ」
私が頷くと、殿下は足を止めた。
「アイリーン嬢。君に心から謝罪させてもらいたいと思ったからだ」
添えているだけだった私の手を、殿下の両手が優しく包み込む。
「ディア――いや、ジルコニア元公爵令嬢の言葉だけを鵜呑みにし、真偽も確かめず、君にひどい態度をとってしまったこと、本当に申し訳なかった」
包み込まれた手を引こうとするも、ぎゅうと握られ離してもらえない。
「その件でしたら、もうすでに謝罪いただいておりますのでお気になされませんよう……」
何度も謝ってもらうより、もうほっといてほしいのですが。
一刻も早く手を離してもらいたくて、早々に話を切り上げようとするが、殿下は握る手により一層、力を込めた。
「私が言うのもどうかと思うのだが……アイリーン嬢、君は優しすぎる」
「はい?」
今まで事あるごとに突っかかってきていた人と同一人物であるとは思えない言葉に驚愕して、つい変な声を出してしまった。
「証明できない能力に騙されていたとはいえ、私のしたことは簡単に許されるべきではない。とても浅慮な行動だった。しかし、君は私を断罪するでもなく、ただ許そうとしている」
(それはね、もう関わりたくないからだよ!!)
私の困惑をよそに、殿下は話を続ける。
「やはり、母上は正しかった」
「え……?」
私を見つめるフレデリック殿下の表情に、ゾワリと血の気が引いていく。
「美しく、優しく、それでいて、何事にも毅然と立ち向かえる――」
目の前の王子様がゆっくりと跪く。
「アイリーン嬢、あなたこそ私の妃にふさわしい」




