敵か、味方か
いったい、どこからどこまで話していいのか。
私はチラリと視線をレオへ向けた。レオも私を見ていたようで、バッチリ目が合う。
「僕から説明してもいい?」
「うん、お願いします!」
その方がいいに決まってる。
レオはきっと私が考えていたことをお見通しだったのだろう。承諾を得たレオは「心配するな」と言わんばかりに小さく頷くと、これまでのことをルーナさんに話し始めた。
レオには幼い頃から前の世界の記憶があったこと。ジルコニア公爵令嬢も転生者であったこと。そして、彼女が断罪される未来を回避した結果、フレデリック殿下やディルク、カイルスのアイリーンに対する態度が悪い方向へと変化したこと。
「ジルコニア公爵令嬢だけではなく、僕も物語を変えました」
ずっと黙って聞いていたルーナさんは、一度、目を伏せると、悲しげな表情で口を開いた。
「ごめんね、あなたにも辛い物語だったと思うわ」
魔法具を外し、長く伸ばした前髪を上げている今のレオの姿は、本の中の挿絵にあった人物の一人だったわけで。
作者であるルーナさんが、彼の正体をわからないはずがない。レオがフレデリック殿下ではないと知ったと同時に、彼がクオーツ侯爵令息のアラスターだと気がついていたはずだ。
申し訳なさそうに頭を垂れるルーナさんに、レオは首を横に振った。
「いえ、そうでもないですよ」
レオはにっこり笑うと、私の腕の中にある本を見つめた。
「アイリがこの本を好きだったから、僕もこの物語を知っていましたし、色々と前もって準備をすることができました。それに――何よりも、こうしてまたこの世界でもアイリーンと出会うことができたので」
「レオ……」
いつの間にか、レオの瞳はまっすぐに私を見つめていた。互いに自然と顔が綻ぶ。
「そう……それなら、よかった」
ホッとしたように肩の力が抜けたルーナさんは目の前のティーカップを持ち、口をつけた。
カチャリと小さな食器音を立てて置く。
「でも――最近、ジルコニア公爵家とクオーツ侯爵家が爵位を剥奪されたわよね? ジルコニア公爵令嬢は、確かフレデリック殿下と近々婚約するのではないかって噂されていたけれど、それがなくなったのは――あなたたちが断罪したからなの?」
「ああ……」
貴族のあれやこれやは書物になったり、新聞のような記事になったりもする。王都に住んでいれば、広まる速度は早いし、ましてや、ここは書店なのだから、情報ならいくらでも入ってくるだろう。
レオは自分の身に起こった出来事を思い出し、眉間に深くシワを寄せた。
それはそうだ。レオは命を落としかけたのだから。思い出したくもないだろう。
私だって、もう二度とあんな思いはしたくない。
「僕が変えた物語をジルコニア公爵令嬢が元に戻そうとしたんです。それによって、僕は命を落としかけました」
「え……?」
「クオーツ侯爵に監禁され、死ぬ寸前でアイリーンに助けてもらったんです」
「じゃあ、アイリちゃんには聖女の力が……?」
レオの話に驚いたルーナさんが私の顔を見たので、私は小さく頷いた。
「断罪にしては時期が早すぎると思っていたのだけれど……そんなことがあったのね」
確かに物語の中のディアーナが今までの悪事を断罪され、婚約を破棄されるのは、フレデリック殿下たちが学園を卒業する日だった。
今は、物語でいえば、後半に差し掛かったあたり。
断罪されるには少々早いとは思うけれど、断罪されることを恐れるあまり、目の前で起こっていることをしっかり見極めずに行動してしまった結果、自分自身で時期を早めてしまったのだと思う。
「でも、それならば――アイリーンがフレデリックと結ばれる可能性も出てきた、ということよね?」
「「えっ?」」
耳に入ってきた柔らかいルーナさんの声が意味することを理解するのに時間がかかる。
「だって――主人公は王子様と結ばれる、という物語なんだもの」
目の前で微笑んでいる物語の作者を前に、私の身体から急速に血の気が引いていくのを感じていた。




