やっぱり、そうだった
「転生じゃないわ。――転移、よ」
ルーナさんの本当の姿と、思ってもいなかった告白に、私たちは絶句した。
どう言葉を続けたらいいのかわからず、彼女の姿を見つめたまま動けずにいると、ルーナさんは少し口角を上げた。
「私に転生者かどうか聞いたということは――二人は……転生者、なのね」
「はい」
ルーナさんに質問したレオが間髪入れずに答えた。
私はルーナさんからレオへと視線を移す。
ルーナさんが転移者であるということは理解した。
何より、その容姿からそれが嘘ではないと確信したからだ。
けれど、そんな簡単に私たちの素性を明かしてしまっても問題ないのだろうか?
だって、彼女は――この本の作者なのだから。
もしかしたら、この世界に対して何らかの強制力を持っているかもしれないし、干渉する方法を知っているかもしれない。
今まで私がどんなに避けていても、主要人物たちが執拗に関わってきたのも、彼女が物語を元に戻そうとした結果だったのかもしれない。
でも――前の世界で最期に会った彼女も、そして今、目の前にいる彼女も、私たちに悪意を向けるような人にはみえない。
何より、前の世界の私が生涯かけて好きだった物語を紡ぎ出した人なのだから。
まあ、短い生涯ではあったのだけれど。
きっと、レオはすべてをわかったうえで、そう返事をしたのだろう。
レオの目はルーナさんへまっすぐ向けられていた。
「そして、この本の物語を知っているのね?」
「はい。あの、ルーナさん。この本は……どこで?」
レオの質問に、私も大きく頷いた。
あの時、私が抱きしめていたはずの本がこの世界のどこにあったのか、私も疑問に思った。
「理由はわからないけれど、この世界に私が転移したとき、この本だけを抱えていたの」
ルーナさんは小さく首を横に振った。
そして、飲みかけのカップを手に取ると、もうすでに冷めてしまった紅茶に口をつけた。
「その本、アイリちゃんのものよね?」
ルーナさんの動作につられるように、私も目の前に置かれたカップに手を伸ばしかけたところで、その手をピタリと止めた。
視覚誤認の魔法具を外したルーナさんとは違って、私の見た目は物語の主人公アイリーン・ロードナイト伯爵令嬢であり、今までも認識阻害の魔法具を使ってルーナさんに“アイリ”と名乗ってはいたけれど。
今の呼び方は、この世界での“アイリ”とは違うように感じた。
「私がその本に“アイリーンへ”って書いたんだもの。アイリちゃんにとても大切にしてもらっていたことが感じられて嬉しくて」
鼻の奥がツンと熱くなった。
「どうして……私があの時の“アイリ”だと?」
ルーナさんは優しく「ふふ」と笑う。
「そんなの、簡単よ。あなたのその本を見つめる瞳が、あの時の女の子と一緒だったから」
テーブルに置かれたままの本に目を落とす。
「大切なものを愛おしそうに見つめる瞳」
我慢しきれず、雫が頬を伝う。
隣に座るレオが胸元にあるポケットからハンカチを出し、そっと頬に当ててくれた。
一頻り泣き、落ち着きを取り戻したときには、目の前に入れたばかりのハーブティーが用意されていた。
冷めてしまった紅茶を淹れ直そうと腰を上げたルーナさんを制止して、レオが淹れてくれたようだ。
「さあ、冷めないうちにいただこうか」
レオの声に顔を上げ、カップに口を付けた。
カモミールの優しい香りが口いっぱいに広がり、鼻を通り抜ける。心がスッと落ち着きを取り戻していくのを感じた。
「これ、アイリちゃんに返すわね」
ルーナさんはテーブルに置かれていた本を手に取ると、私に差し出した。
「でも……」
この本はきっとルーナさんがこの世界でたった一つの拠り所としていた大切なものだろう。
それなら、もうこの本はルーナさんのものだ。
私がためらっていると、ルーナさんが拗ねたように頬を膨らませた。
「それとも、もうこんな本、いらないかしら?」
「そんなこと……!」
「だったら、ね、受け取って。これからも大切にしてくれると嬉しい」
私はルーナさんから本を受け取ると、ぎゅっと胸に抱きかかえた。
「ありがとう、ございます……!」
前の世界で大切にしていたものを再び手にすることができた喜びは計り知れない。
屋敷に戻ったら、もう一度、ゆっくり読み返すことができると胸がいっぱいになった。
「ところで」
突然、声色が変わったルーナさんに少々驚き、視線を向けた。
「二人が転生者で今ここにいるということは――物語の内容が変わってしまった、ということよね?」
最初に懸念していたことを思い出し、背筋がひやりとする。
「今まであったこと、私にも詳しく話してもらえるかしら?」




